第7話

 木造の屋敷は音がよく響く。

 深夜、一階からの物音で三月は目を覚ました。


「ん……。おにーちゃん、起きてるのかな?」


 時計を見ると夜中の1時。いつもはヨシローも寝ている時間だ。

 泥棒かもしれない。

 足音を立てないように静かに部屋を出て階段を降りると、居間の灯りが廊下に漏れていた。


「――おまえの勝手に巻き込むな」


 ヨシローの声だ。

 いつものようにふにゃけていない、大人の声音。

 誰かと電話をしているらしい。三月はそっと耳をすませた。


「それで、いつ迎えに来るんだ。こんなのあんまりだ」


 心臓が跳ねた。

 自分のことを話しているのだと、三月は悟った。


「俺の身が持たないから電話したんだよ。いい加減にしてくれ」


 相手は三月の母親か。


 三月はそっと、階段を引き返す。

 今までよくしてくれていたのは、曲がりなりにもヨシローの愛情なのだと思って浮かれていた。

 けれど。


――俺を巻き込むな。


――俺の身が持たない。


 はっきりと聞こえてしまった。


 本当は迷惑してたのだ。


 布団に潜りこむ。

 心臓がどくどくと音を立てて、目頭が熱い。

 聞かなかったことにしよう。


「違う。おにーちゃんは、陰口を言うような男じゃない」


 これは悪い夢。

 きっとなにかの間違いだ。


 どうか、今まで積み上げてきたものが壊れませんように。

 三月は体を丸めて耳を塞いだ。




 

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