第5話

 ヨシローの家で楽しく(?)春休みを過ごした三月みつきだったが、新学期が始まってもまだ屋敷にいた。


 学区は違うが、中学は深川の屋敷から自転車で通えなくもない距離。三月みつきは3月末には、ここから通うことを決めていた。


 そして本日は登校日。

 公道で自転車にまたがった三月がふと振り返ると、門からチラッと銀髪がはみ出しているのが見えた。


「あれ、おにーちゃん? どしたの?」

「あー。三月に頼みたいことがあってなー」


 ポケットに手を突っ込んだまま門の外まで出てくるヨシローは、どこかばつが悪そうである。


「帰りに、晩飯の買い物してきてくれない?」

「うん、いいよ」

「白菜と鶏もも肉、豆腐と」

「ちょっ、待って、メモ取るっ」


 三月は慌てて前カゴに入れていた通学バッグから、メモできそうなノートを引っ張り出す。


「しめじ、長ネギ、ピース1カートン」

「しめじと長ネギと、ピース……えっ、タバコ?」

「じゃっ、よろしきゅー」

「よろしきゅじゃない! あたし未成年だよ!」

「いてー! ナイスコントロールっ!」


 三月が投げたボールペンがヨシローの後頭部にヒット。涙目の銀髪だ。


「それに、おにーちゃん今日も家にいるよね? 暇だよね??」

「やぁだ! 俺、お外出たくないの。面倒くさいの!」

「だめ、運動しなさーいっ!!」


 構ってられないとばかりにノートを乱暴に前カゴに突っ込み、三月は自転車を走らせた。

 風になびくセーラー服を見送る彼のスウェットは、最近はきれいなグレーだ。



 学校が始まった三月は部活も再開し、家で過ごす時間も大きく減った。


 だが、三月が家に帰れば必ずヨシローは玄関まで迎えに出てくるし、夕食は必ず一緒に過ごした。

 食事は三月が来てからはヨシローの仕事だ。三月がたまには作ると言っても、これだけは決して譲らなかった。


 なんでもない日常はのんびりと続いていく。


「三月、これできる?」


 ある夜、テレビを眺めていた三月の前に、六面体のキューブが転がってきた。

 一面には九つの正方形が刻まれ、不規則な色がついている。


「なにこれ?」

「見てろよ、こうやんのさ」


 机からキューブを手に取ると、ヨシローはかちゃかちゃと胸の前で小さな正方形を回し始めた。そして1分も経たないうちに、一面が同じ色で揃う。


「うわっすごい、手品!?」

「ほっほっほ。これ、コツがあるのよん。ちょっとやってみ」

「やりたいやりたい!」


 それは彼女にとって、初めて与えられたおもちゃだった。

 キューブを手に取る三月の目は、キラキラと輝いていた。


 それから二人は、夕飯の後によくルービックキューブで遊ぶようになった。

 ヨシローは揃えるのがかなり早いので、これで生計を立てているのかとも思われたが、全くそんなことはない。きちんとニートだった。



 夏が過ぎ、庭の木が朱に色づき、落ち葉で焼き芋を焼いていたとき、ふと三月は、ヨシローがしばらくギャンブルに出かけていないことに気づいた。

 今日だって縁側で、熱心に雑誌を読んでいる。

 それに彼が愛してやまないタバコも、夏くらいから見ていない。


 適当でクズで友人もいない、謎の男。


 だけどひとつだけ確信できるのは、ヨシローは三月に優しいということだ。



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