第4話

 屋敷に来て二日目の朝。

 部屋に差し込む朝日で、三月みつきは自然に目覚めた。

 眠い目をこすりながら教わった場所で顔を洗い、タオルを洗濯機に入れてから居間へ行く。

 彼女が掃除をした居間は静謐せいひつで、テレビでアナウンサーが淡々と原稿を読みあげている声がよく通った。


 意外にも彼は起きていた。

 それは朝の習慣なのだろうか。

 庭にある大きな石の上に腰を掛け、足を組んでタバコをふかしながら、桜の木を見上げていた。

 朝日できらめく整った横顔と後ろに束ねた美しい銀髪に、三月が思わず見惚みとれてしまったほどだ。


「おはよー」

「ん? おはよう三月」


 タバコの火を石に押し付けてから、ヨシローが顔を向ける。

 縁側からサンダルを引っ掛けて庭へ出た三月は、ヨシローの隣で同じように木を見上げた。

 五分咲きの桜。

 3月は春だというグーグルの答えは、あながち嘘じゃないかもしれない、悔しいけれど。


「眠れたかい」

「うん」


 どこかぼんやりとした生返事だったが、ヨシローは別段気にする様子もなく、


「まあ、自分の家だと思ってゆっくり過ごせばいい。どうせ出資者はおまえのとーちゃんだ」

「……」

「そのジト目やめて? なんか言って!? あとほら、風邪ひくから羽織っとけ」


 ヨシローは着ていたカーディガンを、三月の薄いパジャマの肩にかけた。

 一瞬驚いた三月だったが、ニットについた大人のにおいはどこか安心する気がした。


「おにーちゃんは今日、何するの?」


 緊張が解けたのか、今度は三月の方から声をかけていた。


「俺はやることねーから、おまえに合わせるぜ」

「あたしは掃除の続きをしようかな」

「あの、俺に気を使わなくていいからな?」

「違う」


 三月の目に強い光が宿った。

 小学生のころは一方的にお世話をしてもらっていた。

 けれどもう違う。家事もできるし、ヨシローには大人として扱ってもらいたい。

 そんな14歳少女の、複雑な乙女心が燃え上がる。


「普通に汚屋敷すぎて無理」

「はい、すみません」


 掃除が苦手なヨシローは素直にハンズアップした。


「まあいいか、好きにしろ」

「で、おにーちゃんは?」


 タバコに火をつけて、再びふかすヨシローの横顔に三月はもう一度尋ねる。


「家にいても暇だし、パチ金策かな」

「おにーちゃんって、みんなに怠け者って言われてるよ」


 まあな。と、ヨシローは目を細めて笑った。


すねをかじれるうちは全力でかじってやんよ。これが俺の生き様だ! おまえは真似すんなよ?」

「しないし、あたしもおにーちゃんのこと普通に最低と思ってる」

「そうなの!?」

「預金はあるの?」

「ふ。宵越しの金は持たないと決めているっ」


 それは大層キリッと。

 決め台詞のごとくドヤッと。

 そんなクズ発言、普通ここまで堂々と宣言するだろうか。


「もしかして、何もしてないのは、具合が悪いとか?」


 だからこそ、ノリの軽い銀髪だが、もしかしたら事情があるのかもしれない。

 そんな三月の気遣いに、ヨシローは純粋な瞳で首を傾げた。


「は? そしたらヤニカスなわーけw」

「そうだよね、うん。じゃああたしがこの家にいる間は、なるべくおにーちゃんがまともに過ごせるように見張るね?」

「三月? そんな怖い顔で笑わないで?」


 尋ねるまでもなかった。

 体調が悪い人が、タバコ吸ったりパチンコに出かけたりするはずがない。

 三月はやりとりがおかしくて、思わず笑みをこぼす。


 寒い春の朝。

 けれどとても晴れた朝。

 紫煙が立ちのぼる先から太陽が差し込み、冷えた二人の肌をゆっくりと温めた。



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