第305話 ボコられて終わってたまるか!



 痛む足で踏ん張ると、言い表しようのない痛みでバランスを崩す。でもきっと拳を食う方がもっと痛いからと、一瞬涙目になりながら、必死に足を動かした。


「いい加減死になさい」


 死になさい!?


 バサッと広がったスカートから繰り出される蹴り。

 風の抵抗も、スカートが捲れ上がることも気にせずに、もはや鈍器と言ってもいいそれが側を掠めていく。


 あのアーマーの靴で蹴られたら、確実に骨が折れる。一撃で沈むかもしれん。

 顔に冷や汗が流れた。


 それを拭う暇もなく、靴を追っていた視線を正面へ。

 すぐ側にカナさんが来ていた。焦った顔と澄ました顔の視線が間近で見つめ合う。


 キンッ! とナイフが甲高い金属音を響かせる。そして、合わさったナイフがギギギッと嫌な音を鳴らした。


「ちょっと、殺す気で、来てません……? 教官が生徒を殺していいんですかぁ?」


「あなたなら問題なさそうです」


「ぅ、わぁー、ひどいぃ」


 話をしている間にも、力負けしている私の方へナイフがじりじりと近づいて来る。

 もう腕プルプルしてる。限界っ。


 カナさんはもしかしたら、技術とかはあんまし気にしない、純粋に力で戦う人なのかもしれない。


 スキルも私が知っているものくらいしか、今のところ見てないし。

 ……なんてね。見習いとはいえ、教える立場であろう人が、覚えてないわけがない。

 手加減? そうやんな。本気でやるわけないよな。くそったれが。留美はそんなに弱いか!



 シャーッ! と私はカナさんのナイフを流し、すぐさま飛び退く。


 危なかった。

 ……ちょっとヤバい。カナさんが敵に見えて来た。

 いざとなったら、なりふり構わずポーチの中ぶちまけるか。……うんん、それはなんか違う。


 シュンッ。 キンッ!!


『シャドウステップ』で近づき、ナイフを振るう。



「まだ手加減するのですか?」


「…………私ですか!? してるつもりはないんですけどっ!?」


 この滅茶苦茶必死なの伝わらない? 何言うてんのこの人!?


 今度は私から仕掛ける。『シャドウステップ』で後ろに回り込んだ。カナさんはしっかりと目で追って来るが、身体まではまだ動いていない。

 視野が狭まり、チャンス。そう思いかけたが、危険だと『勘』が知らせて来たから即座にその場を離れる。


「おや、どうしました? 今のはチャンスですよ?」


「……白々しい」


 振り返ってニッコリ笑うカナさんの下。私がいた場所には何度かエグられた跡が刻まれていた。

 あのままあの場所で攻撃に移っていたら、切り刻まれていたはずだ。

 …………死ぬって。ほんま死ぬって。


「カナさん……、本当にローグですか?」


「ええ、ローグですよ」


 へぇ、ローグにもあんな攻撃技があるんか。次覚えるのは攻撃系やな。今知れてよかったってことにしとこ。

 ……いやでも、訓練とは言え、食らったら死ぬて。


 ふわりとスカートが風に舞い上げられる。それを砂埃でも払うかの様に大人しくさせると、カナさんがぽつりと言った。


「一つ種明かしをすると、私は戦士のスキルも持っています」


 え、戦士? それって。


「力が強いはずですね……。あの後ろを向きながら地面をエグれたのはなんでですか?」


「おそらく留美様が思っている通りです。タネが分かれば、単純明確ですよ」


 カナさんは持っていたナイフを振るう。すると、地面がまた抉れた。

 すっご……。

 ふふと笑ったカナさんの下、綺麗な芝生たちが『ぎゃーっ』て悲鳴あげてる気がした。

 なんか、ここ整備してる人に申し訳ないな……。


「戦士のスキルを使いながら、ただ腕を後ろへ持って行っただけです」


「戦士のスキル……」


 雷も似た様なスキルを持っていたような……。確か。スキルは有用やけど、強制的な身体の動きってものがあった気がする。

 うんん、あったとして、そこをつけるほど留美はスキルの事わかってない。無理やな。

 …………ひとつ分かった事といえば、適性を隠すことは重要やってこと。


 私は手汗を服で拭いて、ナイフをしっかりと握る。



「あの、元戦士の方がなんでローグの教官に?」


「それはですね……。ジア様がかっこよかったんです」


「…………そう、ですか」


「そうですとも。私はジア様に憧れたんです」


 思ってもみなかった言葉にどぎまぎしてしまう。

 ……なんていうか、すごい行動力やな。どう反応するのが正解なんやろう?


「えっと……でも、全然戦い方とか違いますよね? むしろ真逆? ジアさんの本気見たことないですけど、力任せに戦う人じゃないって思うのは、私の勝手な想像ですかね?」


「いいえ、今の私はジア様の戦い方には程遠い、……そうですね。ええ、そうですとも。そろそろ死にますか?」


「……えっとぉ」


「死にますか?」


「ボコボコにする、から、死にますか。はちょっと飛びすぎじゃないですか? なんで怒ってるんです?」


 なんか地雷踏んだかな? いや、元からこんな感じか。……仲良くなったってことでいいんかな?

 …………留美の考え、ズレてる?


「ちょっ」


 カナさんがいきなり話しを止めて跳んで来る。横だ。

 私も慌てて『シャドウステップ』で跳んで避ける。しかし、主導権は完全にカナさんが持っていた。


 すぐに間合いを詰められ、予期せぬタイミングでナイフを振られた。

 それを防ぎに行ったナイフがまともにかち合い、私のナイフだけが上へと飛んでいく。


「やべっ」


「ヤバいですね」


 向かってくるナイフが私の肩を掠めた。

 ナイフを飛ばされた右手はビリリと痺れる。あんなにナイフが綺麗に飛んでいったのは初めてだ。痛いという感覚と、面白いという感情が、頭の中で入り乱れて。よくわからないけど楽しいことになっていた。


「あははっ!」


 私の笑い声にびっくりしたのか、カナさんが警戒した面持ちで飛び退いた。

 助かったと安堵するのも束の間で。


「ったく、容赦ないなぁ」


 私はすぐさまナイフを取りに行く。

『シャドウステップ』で跳ぶも、すぐ追いつかれ。もう一方のナイフで防ぐも、カナさんに飛ばされてしまった。

 こんなことなら、と思考を巡らせる前に。


 両手の痛みを感じながらも、私のナイフを飛ばしたカナさんに隙ができていることに気が付く。

 それは完全に勝った表情だった。だからこそ、ナイフを持っていた時に起こり得なかった隙が出来る。


 容赦のない蹴りを上へ、カナさんの顎に向かって打ち込む。


「くっ」


 後ろに跳ばれたけど、ダメージは入った様に見える。


 反射神経、化け物かよっ!

 よし、これで一撃入ったということで。逃げよう。今回の留美は満足。あとはカナさんをどう落ち着かせるかやな。


 ふらっとよろけているカナさんと目が合い、急いでナイフを回収し終える。

 そして、森を見た。


 オーバーヒート寸前の熱くなった頭で、カナさんだけでなく森へ探知系のスキルを広げていく。

 闇雲に森に入ると、茂みとかに突っ込まなあかんくなる。それは痛いから嫌だ。



「待ちなさい!」


 ナイフが留美の脚を掠めて、地面に落ちる。

 ひえぇっ。振り返ると、カナさんは怒ったように顔を歪めていた。


 私は慌てて走り――


「ぶへっ」


 ――走り……だそうとしたところ。太い木の枝に頭を打ち付けて、身体が勝手に倒れ込んでいく。

 視界が回ったそこで。木から見下ろしている、ナイフを持ったジアさんの姿があることに、今初めて気がついた。




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