第304話 ボコられてたまるか!



 強い相手と戦うのは好きだ。スポーツでも、勉強でも、ゲームでも、命の取り合いでも。

 人より出来るようになるから、取り組む過程が好きだ。

 勝てなかった相手に、勝った時が好きだ。

 笑っている相手を、笑えなくするのが好きだ。


 ああでも。負けても笑ってる奴は好きじゃない。

 何が相手してくれてありがとうだ。何が楽しかったよだ。

 だってそんなの、愉悦感に浸れないし。逆に、こっちが負けた気分になる。


 私は勝者になりたい。


 勝てなければ過程など無意味。




 相手が何を狙っているのかをよく見て、反撃をする。基本的なことを忘れちゃいけない。

 前から迫り、顔の横を振り抜かれた拳。懐へ入った私の繰り出す拳。お互いに攻撃を避けた後、カナさんの膝蹴りが触れて、撃たれる前に距離を取る。

 あっぶね。


 一瞬の攻防だったし、まだ始まったばかりだけど。すでに留美の気持ちは最高付近まで昂ぶっていた。

 カナさんしか見えないくらい集中しているのがわかる。一撃を食らった腹の痛みが心地いいくらいだ!

 私は決してMではない。


 ただ強者との闘争が、楽しくて。いつか勝つために全力でぶつかることが楽しくて堪らない。


 自然と笑みが浮かんでいた。

 ギラギラと相手を狙う猛獣のように、はたまたは、好奇心に触れて目を輝かせる子供のように。


「ははっ! 楽しいなぁー!!」


「それは良かったです」


 カナさんは一瞬キョトンとして、笑みを浮かべる。

 今度こそ一撃入れる。相手をよく見て、考えていることを受け取って。目線、身体の動き。スキルがあれば出来るはずや。



「休憩しているなら、こちらから行きますよ」


 おそらくシャドウステップで跳んで来たカナさんが、目の前に現れた。


 これは……、瞬間移動したみたいに見えるかも。

 そんなことを考えている間にもカナさんの拳が迫って来ている。


 私は拳を流して、反撃の機会を窺う。しかし相手は格上だ。知っていたけど、やっぱり相手をしてから分かる。この戦い慣れの差、とでも言おうか。私が反撃する隙を一切与えてくれない。

 はたから見たら可哀想になるくらいの、防戦一方になってしまっている。


 痛い痛いっ。距離取りたいのにっ。


「どうしましたか? 顔が歪んでますよ」


「つっ」


 打撃が強い。一回でも間違ったら痛いやつ。


 隙という隙はなかったが、攻撃を受ける覚悟で、攻撃を仕掛けることにした。

 カナさんの間合いから半歩外に出て、一歩詰めさす時に、斜めに攻撃を避けてから、蹴りをぶつける。


 パンッ。

 あ、あらら。食らわんかったけど、ちゃっかり防がれるという。

 何より、カナさんの余裕の笑みを崩せないのが悔しい。


「打撃が軽い。もう少し筋力を鍛えた方が良さそうですね」


 後ろにステップを踏んで、カナさんから距離を取る。

 なんで攻撃してこっちの方が痛いねん。おかしいやろ。


 しっかりと土を踏み締め、踏み込んだ先にカナさんの拳があった。私は掴むかどうかを考え、防ぐ構えをとる。

 いやフェイントーっ!?


 目視でわかっていても、身体は一旦防御の体勢にはいったまま、次の動作に動いてくれない。


「ハッイッ!? たい……クッソ」


「あら、怖い。口汚くなっても強くなったりしませんよ」


 すぐさま蹴りがそばを通り過ぎる。

 あの鉄アーマーに蹴られたら、骨が折れるって。脳が揺れるって。絶対嫌や!


 パシッと骨に響く打撃を流す。

 …………やっぱり差を感じる。同じ女性同士やのに、力の乗り方が全然違う。

 攻撃流してるはずやのに、腕がジンジンするぅーー……もうッ!


 これって、上手く流しきれてないってことやんな。相手の体勢も崩れる気しやんし。

 どうすれば、攻撃に転じれる?

 格上に対して、留美はどう戦えばいい?

 あ、魔法。でも反則? うんん、……使っちゃダメとは言われてない。


「攻撃が雑になってますよ」


 ふざけんな、留美攻撃できてへんやろ!

 でも敵に言われるとか……。落ち着け留美、相手をちゃんと見るんや。罠仕掛けられてハマってるようじゃ、一撃入れられへんぞ。


「防がないでくれますか? ボコれないじゃないですか」


「ポコられたくないんですよ」


「またまたぁ〜」


「なんで冗談だって思ったんです?」


 大ぶりの蹴りでカナさんが一歩引く、それに合わせて『シャドウワープ』で距離を取った。


「ルムブト・ラングザーム・アディッカ」


『物理0.5秒阻止』を唱える。『先読み視』

 場所を見て意識して――


「カース・フルーフ・アンダーレ」



 カナさんは勘で何か感じたのか、その場からスキルで飛び退いた。

 私も『弱体化』のスキルは最初から当たるとは思っていなかったし構わない。それよりも、カナさんのスキルを使った移動は明らかに隙だった。

 私は畳み掛けようと踏み出すも、殺気を感じて後退する。


 さっきまでいた場所を見ているカナさんは無表情だった。ピタッと止まり、おもむろに私の方を向くと、服からナイフを取り出す。


 それは偽物なんかではなく、よく砥いであるナイフであることがわかる。


「え」


 カナさんから殺気を出すほど、怒っている理由が留美にはわからなかった。

 魔法使ったことがそんなに嫌やったん? 素手は素手やし、攻撃じゃなくてデバフやからいいかなって思ったんやけどな。


 こりゃヤバいと、私はナイフを構える。

 とりあえず部屋か森に逃亡するべきかも、と視線を巡らせる。それか、逃げると見せかけて、カナさんをぶっ倒すか。


「負けじと踏ん張る姿。いいですね」


 ニコリともせずに出た言葉は、留美の鼓動をを早まらせた。

 気圧されたら瞬殺される。勝つ気でやるんや、と自分を鼓舞しながら口を開く。


「ナイフしまおうよ。危ない」


 凶器を持った女性が笑顔で歩いてくる。



「さぁ、参りますよ」


 留美の言うことなど聞く気はないらしく、速攻を仕掛けてくる。

 先ほどと同じように近くに来るのかと思いきや、太陽が陰る。シャドウステップで上から蹴りを食らわせに来たようだ。


 ナイフで来ると思っていた留美は、慌てて転がるように回避する。

 カナさんも足を地面につけると同時に、また移動スキルを発動していた。視線は言うまでもなく私を見ている。


「いやぁーーー」


 棒読みで言いながら、しっかりと『シャドウステップ』で避ける。私が避けると同時に、カナさんが針を一本投げた。


 跳んだ先で、スキル『音聞き』で迫って来る針を捉えており、私はギリギリで避ける。

 弾いたり、受け止めたりなんてとんでもない。留美には無理だ。

 冷静な留美がいたならば、避けれる時点でどうなの? というツッコミが入っていたかもしれない。


 タタッと後ろに下がりつつ、鋭い光を見せるナイフを捌く。

 しっかりと踏み込んで、私もナイフを向ける。最短距離で振るったそれは簡単にいなされ、身体を掠めるナイフが通り過ぎて行った。


 ちょっと近いかなっ!


 距離を取らせようと上げた足。ナイフですねを打たれて身体にビビッと痛みが走る。




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