第306話 ボコられて終わった気分……。



「なんともまぁ、あっけない終わり方だな」


「ジア様!?」


 留美が気絶した直後。

 木の上から降りて来たのはローグ教官の一人であるジアは、驚き目を開いたカナにとても冷静な瞳を向ける。

 少し罰が悪そうに、カナは一歩下がっては澄ました顔をした。


「誰か殺り合ってんのかと思ったら。お前ら喧嘩でもしたのか?」


 ジアが留美のことを軽く小突く。


「いえ、ただの戯れです」


「物騒なもん使って……、どっちかが死んだらどうするつもりだったんだ?」


「そのようなことは決してな――」


「ないと言い切れるのか?」


 冷たい目にカナはゴクリと固唾を飲む。

 見られているとは思っていなかった、と言う表情だ。冷や汗が顔から垂れていく。

 カナは背筋を伸ばして気を引き締めた。

 挙動不審な態度をした自覚がある彼女は、なんとか反論しようとジアを見据える。しかし、カナが言葉を発する前に、ジアが被せるように追い討ちをかけた。


「訓練の範疇を超えていたとは思わないか」


「……申し訳ありません」


 ジアは留美がピクリと動いたのを見て、安堵する様に息を吐いて離れる。



 意識が浮上した私は少しじっとすることにする。

 カナさんが怒られている状況に、今起きたら私も怒られるかも。なんてことが頭によぎったからだ。


 気絶していたのはほんの数秒だが、戦闘であればもう命はなかっただろう。

 視野が狭くなりすぎていた。相手の行動を観察せなあかんのに頭に血が昇って、すぐ疎かになってた。スキルを使いすぎて集中が持たんかった。自分が限界に近づいてることに気づけんかった、反省すべき点が多い気がする……。


「で? 死んだらどうする気だったんだ?」


「……全力でなかったことにします」


「それでいい」


「よくないですよ!」


 流石にツッコミを入れずにはいられなかった。全力でなかったことにするってなんやねん! 死体を隠すな!

 二人して、なんて酷い人たちだ!


「お前起きてたのか」


「うぐっ!?」


 飛び起きた反動で血が巡り、身体の感覚が戻ったことで痛みが主張しだす。身体中が痛い……、打つけたおでこが痛い。……絶対たんこぶできてる。

 頭を摩りながら血が出てないことを確認しておく。

 ホッと息を吐いたカナさんがロングスカートを揺らして、私の額に触れれきた。


「気絶したのは演技ですか?」


「……イデッ、…………何するんですか、違いますよ。ジアさんが死んだらどうする気だったのか? って聞いてるあたりで目が覚めました」


「とどめを刺し損ねました」


「とどめする気やったん!?」


 こいつマジか!?

 微笑んだカナさんからズリズリ下がる。地面の土草を掴むと、ジアさんが微笑を浮かべながら木にもたれた。


「カナ」


「冗談です」


「……怖かったぁ」


 パンパンと手の砂を払っていく。

 でもほんま、ジアさんいつから居たん? 留美全然気づかんかった。

 木にぶつかるくらいやから、注意散漫やったわけやけど、人が来たのを見逃すくらいカナさんに全神経集中させてたやろうか。


 …………うーん、そうかも。ただただジアさん凄い人っていう可能性も……。留美がダメダメなだけ…………うんん。

 ジアさんが凄いって事にしとこ。留美も探知に関してだけはそれなりに自信あるし。自分を卑下するな。そのままを受け入れて改善していくしかないんや。

 私は座ったままジアさんを見上げる。


「ジアさんって、いつからここにいたんですか? 山に芝刈りに行ってるって聞いたんですけど」


「どこ情報だよソレ」


 呆れた雰囲気で返されてカナさんを見る。サッと顔を背けられた。

 この状況で言うのは可哀想か。冷ややかな表情でないだけマシと考えておく。


「……えっと、そう。いつからいたんですか?」


「さぁな」


 誤魔化すように口を開いたが、否定もされていないなと思った。マジで芝刈りに行ってたんやろうか。芝ってもしかしてこの山の芝?

 さわさわと草に触れる。

 言われてみれば、綺麗な草かも……。


 カナさんの方から緊張した空気を感じ取り、顔を上げる。ジアさんをじっと見つめていた。

 そういえば、憧れて〜って話聞いてたんやろうか。

 私もジアさんを見つめると、彼は細い枝を折って振る。


「俺がきたのは、カナがナイフ構えてて、留美がナイフを取り出したあたりだな」


「話聞いてたり……」


「してねぇーよ。やり合ってるなぁってのをこの木の上から見てただけだ」


 もしかして、ここって出入り口あそこだけちゃうん……?


「気づきませんでした」


「留美も」


 あっ。

 素が出てしまって慌てて口を塞ぐ。

 二人とも気にした様子はないけど、なんだかひとりでに気まずくなってくる。それを、まだ痛む額を叩くことで振り払う。


 刹那、袖がズリ落ちたことで、キラリと太陽に反射したブレスレットが光った。


 あら……。

 せっかく貰ったからつけているけど、積極的に見せたくはない。

 意識的に隠した様子を二人は見ていたようで、腕輪に視線が注がれていた。


「留美様、そのブレスレットどうしたんですか? まさか、盗ん――」


「違います」


 なんてことを言うんだ。

 全力で否定するように腕でバツを作って、カナさんを睨みつける。


「でも貴方自分の服にすら執着ないじゃないですか。おしゃれするため、なんて言い訳通りませんよ」


「酷くないですか。誰だっておしゃれしたい時くらいありますよ。……まぁでもこれはおしゃれしたいからってわけじゃなくて……。人から貰ったんです」


 腕輪のツヤツヤの肌心地に顔が緩んでいく。

 綺麗なんだよなぁ、ほんと。二人にも自慢するように見せると、興味ないと思っていたジアさんが値踏みでもするかのようにジッと見てくる。


「巧妙な作りだ。シロクモか?」


「いいえ?」


「………あんま貴族からもらうなよ」


 貴族……か。貴族やレゥーリ。人じゃないから例外……?

 首を捻ってから素直に頷いておく。


「そのつもりです」


「そのブレスレット私が貰ってあげてもいいですよ」


「あげません」


 そんなことしたら後が怖い。

 レゥーリって留美に危害加えるタイプかな? それとも、他人に危害を加えるタイプかな?

 ………危害加える前提になってるのは、留美が物騒なもの見過ぎやからかな。



「面白いもん見れたし、俺は寝る」


 歩き出したその背中を見て、私も立ち上がる。


「面白いもの見れたなら、何かしてくださいよ」


「お前、そんなこと言ってると、ろくな大人にならねーぞ」


「ジアさんみたいにですか?」


「そうかもな」


「そこは否定してくださいよ」


 ジアさんが手を振り上げて去っていく。きっと山の仕事? で疲れているんだと思う。

 でもやっぱりなんか。……何やってたんか、めっちゃ気になるねんけど。


 パンパンと服の砂を払っていく。一回転がったから髪にも土が入ってる……。


 ジアさん、もしもどっちかが死んだら、とか言ったいたけど。そうなる前に止めるつもりやったよな。

 留美が気絶する前に、ナイフ持ってこっち見てんの留美は見たぞ。

 あれで間に合うのかは疑問やけど……。


 カナさんが背中をパンパンと払ってくれる。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。……少し休憩しましょうか」


 …………え、まだ続けんの?

 サクサクと草を踏みつけ、カナさんが歩いていく。それを私は追いかけた。



 草原に風が走る。私たちの黒髪が宙を泳いだ。歩く足取りは軽く、カナさんに留美の攻撃って全然効いてないんだなーってよくわかる。


「ジア様に怒られてしまいましたね。……私としてはもっと一方的にやりたかったですが、仕方ありません」


 いやいや、十分一方的でしたやん。

 あれ以上一方的って、本当に手も足も出ないっていう状況やぞ。


「……あの。なんでナイフ抜いたんですか?」


「留美様は殺気がある方が、というより、命を削る戦いの方が好きでいらっしゃるようですので」


「いやいやいやっ! 絶対違いますっ! 頑固否定します! カナさんの勘違いです!」


「そう、ですかね?」


 勘弁してくれ。命削る戦いはそりゃ……楽しいけど。あぁれ、留美楽しんでるわ……。

 おかしいな。いつの間に戦闘狂に一歩足を踏み入れてたんやろう。そんなつもりはなかったのに。

 逃避をするように、青い空を見上げてふっと笑う。

 すると、前から足音が聞こえた。



「あんた達、なにやってんの?」


「シーファ様、おかえりなさいませ」


 あれ、シーファさんもどっか行ってたん? ……カナさんと喧嘩した後に、気分転換しに出て行ったんかも。

 もしかしてカナさん、カナさんなりの善意で留美のことをボコってた?

 …………善意でボコるってなんやねん。


 自分にツッコミを入れていると、歩いてきた魅力的な女性であるローグ教官のシーファさんが髪を払う。


「そんな事務的な挨拶いらないわよ」


「挨拶は大事だと教わったもので」


 バチッ。どことなく二人の言葉が刺々しい。

 留美を挟んで喧嘩される前に退散しようかな。




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