第293話 先輩らしいこと



「こんにちは〜」


「留美!?」


「なんでここに……」


 驚きをあらわにした二人は、私を盾にするように後ろに回ってくる。

 え、ちょ、そこまで? 気丈に振る舞ってはいたが、意外とギリギリだったのかもしれない。


「なんだよお前」


「関係ない奴は引っ込んでろ」


「お前にとってはそうかもしれんけど、私にとって関係あるから首突っ込んどんねん。ちょっと考えたらわかるやろ?」


「んだと!!」


 男が威圧するように、置いてある長方形の木材を殴り倒した。頭に血が昇ってる相手を前にすると、私もどんどんと血が沸き立っていくのを感じる。

 倒れた木材から男たちへ。冷笑を浮かべながら言う。


「うるさいなぁ。迷惑考えないとダメでしょ〜? くひひっ、ほんまに脳みそちっちゃいんやな」


「ちょっと煽ってどうするのよ」


 後ろからぐわんぐわん揺らされて、ちょっと反省する。

 売り言葉に買い言葉。私は冷静に対処するってことが苦手で、最終的にどうしても、言い負かすか、殴るか、誰かに止められるか。この三択になってしまう。


「前、前っ!」


 男が前から掴みかかってきた。『音聞き』と『空間』によって把握している私は、相手を見据えることもなく蹴り上げる。


「グアッ!?」


「や、やりやがったな!」


 武器を抜こうとした男に殺意を向ける。


「武器抜いたな? ……おいこら危ないやろうがッ」


 低く乱暴な声に、私を掴んでいたユウナが離れていく。


 その瞬間、『シャドウステップ』で武器を抜いた男に近づく。咄嗟に私に手を伸ばした男の腕を掴み、地面に投げる。痛そうな音がした。そして側にいた人間を蹴り飛ばし、殴りかかってきた拳を流して膝蹴りをする。


 転がった武器を蹴飛ばして、『シャドウステップ』で壁へ。地面に足をつけると、振り向く男を蹴り上げた。


「やっちゃたー……」


「やっちゃったけど、留美さんってすごいよね」


 帰りしに立ち上がりそうになった男の頭を蹴る。


「地面舐めとけや。クソが」


 遠くから足音が聞こえて、私は二人の方へ戻る。

 二人は少し引き攣った笑顔を浮かべていた。彼女らが、なぜそんな顔をしているのかわからなかったけど、気にする必要もないように感じる。

 抑圧される立場から、抑圧する立場に変わっていることに舞い上がっているのかもしれない。


「怖い怖い。留美さんってもしかして結構ヤンキー?」


「私のクラスのヤンキーはあんな攻撃的な子いなかった」


「確かに」


 知能低くて悪かったな。

 堂々と話す二人は身を寄せ合いながら、私を見ている。

 えー、留美はそんな攻撃的じゃないと思うんやけどな……。そう、留美のクラスには窓ガラス片っ端から割っていくような人も居たし。喧嘩で血だらけになってる人とか。せんせーいなくなったり、学級崩壊っぽいことになってたりしたけど。……今思ったら、ちょっとヘビーかも。

 うん、ちょっと攻撃的かもしれん。


 立ち上がった男たちが、足音に気づく。キリとユウナも後ろから来た男たちに気づいたようで、警戒心を露わにしながら睨みつけていた。

「おっと」と両手を上げ、自分は無害だと主張した看守さんが私と相手の間に入ってくる。


「なんだどうした? 女性が襲われてるって聞いてきたんだが、男の方がボロボロじゃねぇか」


 やってきた二人の看守はきっちりと制服を着ているが、その言動はどこか気怠そうだ。


「こいつがいきなり――」

「それ以上近づかないでください。これ以上二人に何かしたら、アザじゃ済ましませんよ!」

「ちがっ、この人は私たちを助けてくれたんです!」


 ユウナに抱きつかれて、反射的に背負い投げしそうになる。


「ふざけんなっ、ただ話してたらその女が暴力を振るってきたんだろうが!」

「貴方こそふざけないで!」


 今の会話で大体何があったかを察したようだ。看守さんは怠そうに顔を歪めると、双方を落ち着かせようと手を動かす。


「あー、わかったわかった。とりあえず黙れ。こんなことに呼ばれるこっちの身になれってんだ」


「お前ら散れ。ここで騒ぐならとっ捕まえんぞ」


 お互いに武器を持ち、双方が戦えることを確認すると、二人の看守さんは私たちと奴らを下がらせた。

 彼らはどちらの味方でもなく、仲裁させようともせず。ただ騒ぎを辞めさせることに力を注ぎたいらしい。

 そもそもこの世界は、法の裁きなど期待できない。



 睨み合うこと数秒、私が最初に歩き出す。


「行こう」


「べーだ! 二度と話しかけないでよね! しつこいったらありゃしないんだからっ」


 ユウナが煽る。男たちも何か言っていたが、私は雑音として処理した。

 間にいる看守は呆れ顔だ。

 きっと内心は止まったことに安堵していることだろう。武力行使されたら、二人じゃ絶対に人数足りないし。


「はぁ、もーーーっ、信じらんないっ。あれが警察だなんて!」


「警察じゃなくて看守」


「ああ言うの起こると、日本って、恵まれてたんだなって再確認しちゃう……。もーーーっ! お金があったらモテるとか思わないでよね!」


 ユウナが心底悔しそうに腕を振る。


「まぁ、お金も一つのステータスだから、ないよりあるに越したことはないけどね」


「そーだけど〜」


 二人の会話に入っていけない。これが女子高校生の会話。……おかしいなぁ。留美も女子高校生やのに。

 あれ、レゥーリどこ行った?

 コロコロ変わる思考で、看守を呼んでくれたであろうレゥーリを探す。人間の察知できない空間に入っているのか、ぱっと見いないようだ。


「留美さん、間に入ってくれてありがとう」


「ん? おう」


 感謝されるとは思ってなかったから、びっくりした。相手をごめんなさいさせれてないから、私は何も成し遂げれてないのに。

 ちょっと嬉しい。間に入ってよかったって思える。


「私も殴っとけばよかった〜!」


 ユウナ戦士やったよな。戦士が本気で殴ったら、相手の命が危ういぞ。


「そうや、ヒヨリは知ってるん?」


「知らないと思う」


 淡々と言うキリの横で、ユウナが髪をくるくるする。


「ヒヨリに迷惑かけられないでしょ」


 迷惑か。個人同士のいざこざならそうかもしれんけど、向こうはパーティーできてるからなぁ。

 それにホウレンソウ大事やって言うし、これから問題に発展する可能性も少なからずあるわけで。

 せめて人数では勝っときたいな。

 なんつーか、相手がお金持ってるなら、尚更知ってる人を増やしとくべきやと思う。好き嫌いなしにしても、お金で動く人って結構多いから。


「こう言うのはリーダーには言った方がいいと思うよ。ヒヨリなら問題が起こった時に解決するためのアドバイスくれるかもしれんし」


「確かに一理あるかも」


「そうかも……。実は今日が初めてじゃないの」


 それ、ツッコミ待ち? ……じゃないよな。

 何回も言い寄られてるなら、周囲に言った方がいいってそれ。訴えればワンチャン看守も動いてくれるし。


「留美さんは……あんまりアドバイスは期待できそうにないか」


「アドバイスはできんけど、困ったら言って。武力なら貸すよ」


「それはちょっと心強いかも」


「うん」


 留美もちょっとは先輩らしいこと出来たやろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る