第294話 自称番いの吸血鬼とデート(?)
二人と別れてキョロキョロしていると、いきなり横にレゥーリが現れた。最近はスキルが常に動いてるから、背後を取られた!? っていう事象なかったのに。
なんか悔しい。悔しいから言わないけど、やっぱり悔しい。
そのうち出て来た瞬間に殴ったんねん。俺の背後ろに立つな……キリッってな。ちょっと演技チックかな。でもそれも良い!
うんうんと頷いていると、レゥーリが何か言っていた。
「ごめんなに? 聞いてなかった」
「……怪我してない? 心配した」
もっと長かったと思うけど、文章ぎゅってなったな。
私は心配してくれたらしい彼に笑いかける。
「見てたやろ? ないよ」
ほんま心配性なんやから。ちょっと嬉しい。
歩くこと数分。ガラス細工の店に入っていく。
「綺麗……」そう呟いただけなのに。
レゥーリに「どれが欲しい?」と店に引っ張っていかれたのだった。
キラキラは好きだ。
綺麗なものは長く見ていたい。
ただの丸いガラス玉だったとしても。すべすべの灰石だとしても、私はそれを綺麗だと思う。
偽物のガラスの花。動物を模したもの。人が想像したもの。
使えるものならまだしも、置物なんて割れてしまえばただのゴミなのに。…………どうして欲しくなってしまうんだろう。
「気に入ったものはあったか?」
うん、いっぱい。あれもこれも欲しい。眺めていたい。でもきっとすぐに飽きてしまうって分かってる。
目が痛くなってくるほどキラキラしている店内を眺め、少し歩く。
無言で手に取ったのは、鬼灯。
とても綺麗な、偽物。
一見、両手ほど大きいのに。中は片手で持てるくらい小さいんだ。
中が電球ならばランプになったのにと、少し残念に思いながら。……だとしても綺麗であることに変わりはない。
これはただの置物だ。けれど、そんなものに私は惹かれる。
きっと埃をかぶって放置してしまうし、部屋を圧迫する。ただの置物だもの。
でも、私の目を楽しませてくれる。気分を上げてくれる。ただの置物だけれど。
…………たぶん。私はこれが欲しい。
少し埃かぶっている実を撫でると、レゥーリが顔を寄せた。
「綺麗だな」
「……うん」
ぼーっと魅了されるように見ていると、レゥーリが動いた。
「店主、買いたいものがある」
「…………え? ちょっと待って! これのこと言ってない!?」
「壊さないようにな」
「うん…………、じゃなくてっ」
呼ばれてきた店主は結構な歳をいっている男性だった。曲がった重い腰に手を添え、ググッと伸びる。
そんなおじいさんに優しそうに微笑まれ、私は口をつぐんだ。
売ってる人の前でいらんとか言えんやろ……。
「お嬢さんにプレゼントですか?」
「ああ」
「金貨二枚です。袋に……お詰めしなくても良さそうですね。とても綺麗な鬼灯でしょう? 大切にしてあげてくださいね」
くっ……。
レゥーリが代金を支払うと、おじいさんはにっこり笑う。
「留美。受け取ってくるか?」
「……ありがとう」
自分の手にあるガラス細工を見下ろす。
綺麗なんだよなぁ。てか、自分でも買えるのに……。……でも。プレゼントってこんなに嬉しいんや。
えへへ。
うれしい……。
ガラス細工の確かな重みが、ここにあると私に感じさせる。
求めるのは、心の平安。
私にあるのは、偽りと欺瞞。
似合うような、似合わないような。まぁ、花言葉なんか気にしてもしょうがない。
綺麗。それでいいやん。
気持ちが最高潮に達したその時、ふと思った。
それは夢から覚めるかのような感覚。
今買ってもらった鬼灯、今この場所で壊したら、レゥーリどんな顔するかな。
怒るかな? 悲しむかな? 興味と恐怖が混在する。よくわからない衝動が、胸の中で渦巻いた。
全部綺麗。全部壊したくなる。
ダメだダメだ。それはしてはいけないこと。消えろ。消えろ。
花は愛でてなんぼや。綺麗なものも愛でてなんぼや。
「大丈夫か?」
「……うん。次行こう」
留美の鬼灯の置物をポーチへしまう。
「ああ」
見送ってくれるおじいさんに手を降り、私は隣にいる吸血鬼と共に歩く。
純粋に楽しんでいるレゥーリにエスコートされると、また私も純粋に楽しくなってきた。
また露天を巡りだす。
また温かい夢へと、ぬるま湯に浸かるかのような感覚に浸りだす。
楽しい。
嬉しい。
ずっとこうしていたい。
それは、一種の現実逃避。
辛い現実に戻りたくない。怖いめにあいたくない。痛いことされたくない。
当たり前のこと。
当たり前に嫌なことが、この世界では頻繁に起こる。それも命に関わる危険なものが。
レゥーリが与えてくれる安心感は、今の私にとっての甘い甘い毒だと思う。
生きるのが怖い。一言そう口にして仕舞えば、この命は潰えてしまうかもしれない。弱音を吐くのが怖い。そんなことを言って失望されたら。見捨てられたらって。
この思考は、楽しい露天巡りに似合わないな。
初めて行く場所にときめき。
スキップでもするように、石畳を一個飛ばしてぴょこぴょこする。
その先で見つけた静かな場所。私の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「うわぁ……。見て見て! すごい夕日綺麗やで!」
「本当だ。良い場所を見つけたね」
「ふふっ♪」
静かな場所で眺める夕日はとっても綺麗。
綺麗だけど。沈んでいく夕日を見ていると、少しだけ寂しい気持ちになる。
そんな心地すらも、どこか心地いい。
もう一度あの中に戻ろうか。
ひっきりなしに人が行き交う道を眺める。
あそこはみんな元気やからいいよなぁ。元気のない人は…………やめよう。元気元気、私は元気。
笑顔を浮かべ、レゥーリの手を引く。
私はどうして罪悪感を感じているんだろう。楽しい時に楽しむ、それで良いやんな。
でも。
こんな楽しい時間は続かない。
そろそろ。……ぁぁ楽しい。
そろそろ終わり。楽しいな。
きっとすぐに。楽しい。
もうすぐ。楽しい……。
もう離さないと。楽しいのに。
離れないと。楽しいけど。
時計の針が時間を進めてしまう。
……少し疲れちゃったのかな。楽しいのに、こんな気持ちになるなんて。変だよ。
本当に楽しかった。ここに来て他人と過ごした中で、一番楽しかったかもしれないって思うくらい。
静かに目を閉じて、足を止め。私の手を引くレゥーリを止める。
「……ルゥーリ、そろそろ」
もう、終わりだ。
手を離して、残念そうに微笑む。
「もうこんな時間か……。楽しい時間は過ぎるのが早すぎるな」
「そうやね」
露店周りは楽しかった。
だからこそ、日常に戻るのが数倍怖く感じる。人は息抜きに遊ぶというけれど、どうしてそんなに元気なの? 意味がわからない。
人気の少ない暗闇の多い路地で、私たちを照らす夜空の星を見上げる。
帰り道はこっちかな。
私があたりをつけていると、レゥーリから何か言いたそうな視線が送られてくる。
「なに?」
「……留美。これを貰ってくれないか」
真剣な表情で指輪を持っていた。
なんで指輪? 今日は鬼灯もらったし、何個か食べ物も奢ってもらったからなぁ。
反応に困っている私の手をレゥーリが掴む。
刹那、私の頭に変な映像が掠め、まさかとは思うがその後の展開にゾッとする。そして、即急に手を引くことで拒否を示した。
「……嫌」
完全なる拒否。
ジト目でがっちりと両手を守る私を見て、レゥーリは少し悲しそうに地面を見る。
「ごめん。急ぎすぎたね……」
謝るってことは、やっぱりそういうことか!
この人いま留美の手に嵌めようとしたよな!? プロポーズ成功した時にやる行為やろそれ!
ゴーンゴーンって鐘の音と純白の感じが走っていったわ。
そういうつもり? そういうつもりなんか!? そんなもん受け取ってたまるかっ。
番いかなんか知らんけど、留美はそんなもの感じてないっ! ……たぶん。いやどうやろう? ……癪なことに、好意を抱いてるのは確かや。優しいし、気遣いしてくれるし。守ってくれるし。…………あぁれ?
そう、そうや、レゥーリは留美を殺そうとしてきた。この人と一緒に行く=留美の家族との生活が終わる。たぶん、人間じゃいられない。
なんでどっちもっていう選択がないんやろう……。
…………どっちもっていう選択をほしいと思ってるのか留美は。
ずっと響き続けていた無意識下の声を、今になって自覚する。
いやでも。この人の側にいたら、留美これ以上にダメな人間にならん? それは嫌だ。
心が冷えていく。
これ以上ダメな人間になりたくない。……でも留美よりダメな人間っていっぱいいる気がする。じゃぁ、そんなにダメなわけでもないのかな。…………人と比べてる時点で察しろってな。
あははははっ!
去り際くらい、楽しかったよって。笑わないと。レゥーリに失礼や。
笑って笑って。
なにか言っていたレゥーリを見上げると、言葉を詰まらせるように彼は口をつぐんだ。
私も自分ごとに没頭しすぎて話を聞いていなかったから、ちょっと気まずい。
――――――沈黙が続く。
……あれ、言ってたこと終わり? じゃぁこれ、帰って良いってことかな?
私は表情のコントロールが出来ずに、寂しげな微笑を浮かべる。
「…………それじゃ。またな」
「待った!」
止められると思ってなかった私は全ての思考が停止する。
振り返った私を見て、レゥーリは躊躇いがちにカバンに手を突っ込んだ。
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