第295話 これは恋心……?



「じゃぁさ、これとこれとこれとこれも受け取ってもらうっていうのは?」


 指輪、ネックレス、腕輪、イヤリングと、アクセサリーと名の付きそうな物をジャラジャラと出してきた。

 なんでそんなものが入っているのかと、カバンの方に目がいってしまう。

 私たちが持っているポーチとはまた違ったカバンのデザインで、ちょっといいなぁと思ったり。


「えっと、なしで……」


 私の口から出て来たのはそんな困惑に近い言葉だった。プレゼントは嬉しいけれど、一度にたくさんもらうと困る。

 私はおしゃれに気を使う性分ではないから、ポーチの肥やしになってしまいかねない。それじゃぁ作った人も浮かばれないだろう。


 咄嗟の言葉だったとしても、私は拒絶したはずだ。なのに、レゥーリはめげる様子もなく笑う。彼の心のうちが理解できない。


「知り合いに作ってもらったんだ。サイズもちゃんとあってるはずだよ」


 いやなんでサイズ知ってんの。

 自分自身ですら、指周りとか腕周りのサイズ知らんのに。


「嬉しいけど、気持ちだけで十分。あとルゥーリ場所考えて。こんな所で渡されたら、留美襲われるわ」


「……あ。そこまで考えが及ばなかった……ごめん」


「うんん、喜ばそうとしてくれたんやろ? そこはありがとう」


 私は受け取ろうとはせずに、手をがっちり握って拒絶の意を示す。

 私、面倒臭いでしょ。離れて良いよ。面倒だなって思って良いよ。私はきっと、あまり普通じゃない人間だから。人より劣っているから。好いてくれても、何も返せない。


 レゥーリは私の手を握ったまま、なんとか私の感情を汲み取ろうと、目を覗き込んでくる。

 ……目を逸らしたら負けなきがする。

 変な意地を張って、見返していると、レゥーリが口を開いた。


「どんな行動までは許可していただけますか」


 !? ちょっと意味わからない。


「さぁ、気分かな」


「……一つだけでも貰ってくれないか?」


 貰ってくれないかって……そんな言葉初めて言われたわ。

 なんでこの人、留美から離れていかへんのやろう。変なの。……変だ、変っ!

 いや。まともじゃないのは最初からか。そもそも、まともである必要もないのかもしれない。

 いや待て。そもそもの前に、変だって思うのは主観やから、Aが変やって思っても、Bは素敵って思うかもしれん。

 ……じゃなくて! 受け取るか受け取らないか! ぐぬぬ…………。


「一つなら……欲しいかも」


 はっきり言って、根負けした言葉だった。それでもレゥーリは、嬉しそうに笑う。


「じゃぁこれ」


 カバンにしまって行く中で、一つ残ったのはブレスレットだった。


 意外。

 なにがなんでも指輪を渡してくるつもりかと思ったのに。

 可愛いのか、格好良いのか。……くっそ、嬉しくなってきたやんけっ。


 強い束縛の意味が込められていそうだけど。そんなに感じないからまぁ良いとする。

 レゥーリのつけるままに腕に通した。

 重いかと思ったけど、意外と軽い。慣れればつけてるのが当たり前になってきそうだ。


 月明かりに照らす。

 プレゼント、またもらってしもうた。…………う、嬉しい。


 なんだか。この腕輪を見るたびに、今日のことを思い出すかもしれない。

 眺めている私を見て、レゥーリが嬉しそうに頬をかく。


「ネックレスか指輪を送ろうかと思ったんだけど、ネックレスはたまにつけてるだろう? 指輪はさっき拒否されたし、しつこいのもどうかと思ってさ。それにつけてくれなかったら悲しい」


 指輪だったらポーチにしまっておく気やったんバレてる。

 ネックレスつけてたんは、アギスやろうな。…………なんで知ってんの?


「留美?」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 って見惚れてる場合やない、時間!


 くっ、他人との買い物……、かっこデードかっこ閉じるを結構楽しんでしまった。

 やばい怖い。自分から心を開いてる事実がものすごい怖い。留美かなり素に戻ってた。だからこそ離れて行かんのが疑問に思うし、離れて行かん事実に嬉しさが込み上げてくる。


 だから違うーーー! 何やってんだ。心を許すなっ。

 こんな高そうな腕輪とか、ガラス細工とか貰ったからって。……嬉しいけども! ……留美は、一生吸血鬼には、……仲間になるつもりはないのに。


 考え込んでぼーっとしていると、レゥーリと手が絡んでいた。


「欲望に順次して殺そうとして。追い込んだ自覚はある。その状態から契約を迫った俺も悪いけれど、前代未聞なほど最大限譲歩した。これは褒めていいと思う。だから、俺の欲を刺激する、君も悪いと思うんだ」


 素直で直球な物言いやめてくれん?


「えっと……?」


 私がいつレゥーリの欲望を刺激したのかと首をひねる。


「突き放すなら、もっと冷たくしてほしい。どうして素で話してくれるの。どうして笑顔を見せるの? 君は、誘惑している自覚がなさすぎる……」


 素で話すと、みんなが留美のことを見下して居なくなるから、レゥーリも消えると思った。

 笑うことは……笑うくらいあるやろ。でも。対応を統一できんくて、ごめんな。

 私は表情を曇らせる。


「次からは冷たく接するように頑張る」


「が、頑張らなくても良いよ?」


 なんやねん。


「じゃぁ、帰るな」


「わかった。……安心して。ゴミは俺が処分しておくよ」


「……え? うん」


 ゴミ?

 なんのことか分からないけど、とりあえず頷いておく。手にゴミを持ってる風でもないし、私もゴミは持っていない。

 ポーチがあれば持って帰ったり、ゴミ箱に捨てるし。

 何かを比喩ひゆしている? なんやろう……?


「今日は楽しかった」


「あぁうん。留美も楽しかった、またな」


「ああ。……また会いにくる」



 私はレゥーリに手を振ると、帰りがあんまり遅くなると家族に心配かけそうやと、一旦家に帰ることにした。

 冷たくすると言った言葉が蘇ってきて、ぺちっと額を叩く。


 無意識に心を許していた自分をおかしいと。これは異常事態だと認識する。

 ドクドクとうるさい鼓動も、熱を持ったように感じる腕輪も。すべて異常だ。

 …………こんなの知らない。


 まったく、恋愛感情なんて抱く事はないと思ってたのに、それが芽生えてきたなんて思うのは、アニメの見過ぎやろうか。


  ただの友情って可能性もあるよな……? 友人、親友、どうなんやろう? それでも良いんやけど、留美はこれを恋ではないかと定義つけてみる。

 友情も愛情もそんな変わらん気がするし。



 …………でも。やっぱり。


 ネガティブな気持ちも、楽しい時間も。

 このまま覚えていると、私の中で何かが壊れてしまいそう。何かが、変わってしまいそう。

 冷たくしなきゃ。冷たく。そのためには、今日のことは忘れてしまおう。

 心の中で、鍵のついた箱にしまう。しっかりと施錠して、一生、よみがえらないように。


 物をもらった事実だけあればいい。

 それ以外は、いらない。



 *



 展開した自らの空間に立ち、空の上から見下ろす。

 人間の街並みは夜になっても、とても活気があった。商店街の方はきっとその場にいるだけで楽しいだろう。

 時間を忘れてしまうほどに。惹かれる人と共になら、いつまでだって歩いていられる。

 いや、それは少し気遣いが足りない行為だな。


 留美が「腕輪綺麗」と見ながら歩いていることが嬉しくてたまらない。俺が見ているとは思っていないのだろう。

 自然と嬉しい気持ちが込み上げてきて、笑みが浮かぶ。


 悪魔族と会っていたのは苛立たしいが。あれは悪魔族が悪い。でもそのおかげでこうしてデートできたと思えば、大目に見てやっても良いかもしれないな。

 どこまで報告するか……は、後で考えるとして。


 俺は楽しかった思い出を頭の中に蘇らせる。


「留美……」


 そう遠くない内に。いや、いつになったとしても、必ず手に入れる。

 …………こういう手に入れるという表現は良くないのか? 振り向かせる、とかだろうか。……まぁ、留美はだから。

 やりたいことは尊重しよう。


 でも、俺のものだ。絶対逃さない。



 案の定ゴミが……、留美の後ろをつける人間達がいた。

 つけられていることに気づき、警戒している風の顔が可愛いと少し眺めてから、俺は生ごみを領域に呼び込む。


「なっ、なんだここはッ!?」

「あの髪と目はきゅうけっアグッ!?」


 奴らが狼狽える様などどうでも良い。

 その全員を気絶させ、ゴブリンの森へ捨てて行く。

 俺たちは人間を殺すことはあまり出来ないが、死ぬ手伝いをすることは可能だ。

 泡を吹いている人間どもを見下ろし、ゴブリンを起こすように指笛を鳴らす。


「……下郎共が、俺の番いに手を出そうとした償いは命でしろ」


 冷酷な赤い瞳は、一切の情けがなかった。

 吸血鬼は夜の森の闇へと消えていく。




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