友情の育み方
第296話 バチーン。
私は何事もなく、家の扉を開ける。
「ただいまー」
「おかえり。ちょっと心配してたんよ?」
家族三人が勢揃いしていた。机に座りながら、何をするでもなく座っている。私はそんな三人にキョトンとする顔を向けて歩き出す。
何してんのやろ?
「ごめーん。知り合いと遊んでた。そんで今から友達とご飯食べてくるねーって事を、伝えに帰ってきた」
「あぁそうなん? 気をつけや」
雷とハイタッチをして、踵を返す。
「行ってきまーす!」
私が手を上げて家を出て行くと、家の中から待っていた家族の会話が聞こえてくる。
「あたしらどうする?」
「ラーメン食べに行こう!」
「ラーメンか。うどんの方がいいな」
ご飯を待ってくれていたと思うと、申し訳なさと嬉しさが込み上げてくる。
もう時間あれやったし、行かんとこっかな……。やっぱり戻ってご飯食べてから…………いや、これは友達のヒヨリとの約束や。遅れるとしても、すっぽかすのはあかんよな。
それは人として、良くない行為や。信用問題に関わってくる。連絡もできん世界では特にそうやろ……。
ずっと待たされる辛さはわかってる。……行くか。
…………てか留美いつも通りやったよな!? ちゃんと明るくいつも通りに振る舞えてたよな!?
チラッと腕を見て、月明かりに輝く腕輪を撫でる。
なぜか熱く、赤くなってそうな頬っぺたに手を当て、夜の月を見上げる。
今日は気温高いんかな……。
えっと。これからの予定はヒヨリをセルジオさんたちに合わせること。
「急げ!」
パンッと気合を入れて走り出す。
実は家に帰った時には、もう五時半を回っていた。
ヒヨリ怒ってたらどうしよう。行きたくないなぁ、という思いを沈めながら、約束だからともう考えないようにしてギルドへ向かう。
ギルド。
「いらっしゃい」
「こんにちは。ヒヨリいますか!?」
「ええ。奥にいるわ」
指さされた方を見ると、一人椅子に腰掛けているヒヨリの姿が目に入った。
うわぁ、イライラ、ソワソワしてる。行きたくない。でも行かんかったらもっと後悔するやつーっ。
「あ!」
気づかれた。逃げ……たりしないよ。
コホンと咳払いをして歩き出す。ヒヨリも立ち上がっては走ってくる。
「ヒヨリ、遅くなってごめん」
私は素直に謝罪する。すると、怒ったようなヒヨリの表情が変化した。しかし、手を動かしながら、我慢できない叫びがギルドに響く。
「ほんとにほんとにっ。留美ってばもうっ! 来ないかと思ったじゃない〜!」
「ちょっと怖い人たちに絡まれて……って言い訳はあかんな。ごめん」
約束破りは重罪。煮るなり焼くなり好きにせい!
罰が悪そうに見上げると、眉の下がった笑顔があった。
「……いいよ。ちゃんと来てくれたし。案内、してくれるんでしょ?」
「え? いいの?」
青緑色の瞳が細められる。
「すっぽかさなかったんだし、留美にも事情があったんでしょ? 私も怒鳴ってごめんね」
「いえ。えっと、……じゃぁ。行きましょうか」
「ええ」
え? いいの? 許されるの? お咎めなしで? 遅れたのに? ……変なの。
月が雲に隠れ、闇夜を二人で歩く。
ふと隣に視線を動かすと、見るからにヒヨリの顔は強張っていた。
緊張して先ほどから水を何度も飲んでいるのを見る。チカチカしている街灯が、不安を煽っていそうだ。
昔の仲間に会うのはそんなに緊張するものだろうか。
留美が監獄に入った時と似た気持ち?
…………何か気が紛れるようなこと言えたらいいんやけど。うーん。今日の星も綺麗やね。街灯チカチカしてるの怖いよなー。……なしなし。コミュニケーションむっず。
二度しか来たことしかないので少し曖昧だが、間違いはないと思う。
セルジオさん達の、家の前に到着した。
家には明かりが灯っている。
全員いるかどうかは知らないが、少なくとも一人はいるはずだ。
「じゃぁ、ノックするよ?」
「ちょ、ちょっと待って。緊張してきたぁ」
実は私も緊張していたりする。
人の家にノックするなんて初めてだ。ピンポーンってやるのよりも、ノックって難易度高いと思うんだ。
やめてくれ。間をあけられると、間違ってたとき恥ずかしすぎて泣く。
「こういう時は勢いとノリと思い切りが大事ですよ」
むしろ、自分に言い聞かせる言葉だった。
「そんなこと言ったって……どんな顔で会えばいいのか……」
うじうじしだすヒヨリを気にかけず、私は扉をノックをした。
コンコンコンッ、という音に気づいて肩を持たれてぐわんぐわん揺らされる。
「待ってってば〜」
そして、ヒヨリはスッと私の後ろに隠れた。そんなに構えんくても大丈夫やと思うけど。
いつも通り会って、元気にしてるって言えばいいだけやろ? ……なんて、他人事だから思えること。
カチャッ。
「誰?」
「あ、ルルフェさん。こんばんは。留美です」
出てきたのは魔術師のルルフェさんだった。背は小さいが、頭の良さはおそらくパーティー内で一番だ。
いつもながらの着物姿。素敵……。
一番出てくる可能性が低いと思ってた人が出て来て驚きはしたが、クレリックの一番病みかけているユリアさんでなかったことに安心した。
「何の用?」
「セルジオさんに用事です。ユリアさんには知られないようにしてください」
「……逢い引き?」
「違います」
ユリアさんに聞かれたらどうする気ですか。私を殺す気ですか。ルルフェさん冗談きついっすよ。
魔女帽子を掴んで笑った彼女は、チラッと私の後ろに隠れるヒヨリを確認してから頷く。
「ちょっと待ってて」
ドアが閉まると、ヒヨリがツンツンと背中を突いてくる。振り向くと、ムッとした表情のヒヨリがいた。
きっと、自分の代わりの魔術師に会って、なんとも言えない感情になっているのだろう。
「もうちょっと心の準備させてくれても良くない?」
「…………勢い大事」
さっと目を逸らす。
「ねぇ、ユリアには知られないようにってなんで?」
「……ユリアさんが一番心にきてる感じやったから」
「だったら尚更会うべ――」
カチャッ。
ドアが開く音に気づいたヒヨリが縮こまるようにして、私に前を向かせた。やはり姿を隠すようだ。
確かに顔は隠れてるかもしれんけど、誰かいるのは丸分かりやで。
顔を出したセルジオさんが、ちょっとだけ警戒するように辺りを見る。
「俺に何か用か?」
「逢い引きじゃないですよ」
「……は?」
「いえ、なんでもないです」
顔に熱が上るのを感じる。冷や汗が滲んで、会話できる心の余裕がガリガリ削られた。
ルルフェさんが変なこと言うから……。
私はコホンと咳払いをする。そして、もう何も考えずに笑った。
「会ってもらいたい人? がいるんです」
「その、後ろに隠れてるやつか?」
私が横にずれると、背中にしがみついているヒヨリも一緒にずれる。そして小声で「無理無理ちょっと待って」とボソボソと言い出すものだから、私はちょっとイラッとした。
考えても、後回しにしても、意味がない。
「早く出てくださいよ。ほーらっ」
ヒヨリを前に出すために、服をつかんでいる手を払って前へ押し出す。
おっとっとっ。そう、よろけたヒヨリがセルジオさんにぶつかる。
「おっと……」
「あ、すみま――」
「ご、ごめん!!」
ヒヨリはセルジオさんから離れると、耳を真っ赤にして彼の顔を見た。次の瞬間には、気まずそうにはにかんで見せる。
「……ひ、久しぶり。セルジオ」
セルジオはヒヨリを見た瞬間、狐につままれたような表情をして、そのまま固まって動かなくなった。
声も届いているのか微妙なところだ。
たっぷりと間を置いて、セルジオさんがぽつりと言う。
「偽物?」
悪気はないのだろう。しかし、呟かれた言葉はヒヨリが怒るには十分だった様子。
私は前から感じる怒りの雰囲気を感じ、一歩引いて火の粉がかからないように移動する。
「誰が偽物ですって? こっちは朝から緊張して、食事もままならなかったっていうのに! なんでそんなこと言うの? 私は……私はっ! ほんと最っ低! デリカシーないんだから! ばーか!」
怒りに火がついたはいいが、話したいことが多すぎて、逆に何も喋れなくなる、みたいな現象かな?
お互い死んだって思ってたんやし、感動のハグとかせえへんの?
思い起こす出来事のせいか、ヒヨリの頬に涙が伝っていた。挙動不審になったセルジオさんが辺りをキョロキョロと見渡す。
「ゆ、幽霊か!?」
パチンッ。
「こんなにバッチリ触れれる幽霊がいるとでも? セルジオってば冗談を覚えたのね〜? うふふっ」
笑っているのか怒っているのか。斜めからだとよく見えないけど。頬を思い切り叩いたヒヨリは袖で顔を拭って、鼻をすすっている。
こう言う時って間に入った方がいいんやろうか……。
私が悩んでいるその時、家の中から足音が聞こえた。そーっと私は場所を移動する。
カチャッ。
「なんかすごい音聞こえたけど大丈夫か?」
出てきたのはローグのクロノさんだった。セルジオさんが叩かれた音を聞いて、気になったのだろう。
そして、セルジオさん同様、カチンッっと固まって動かなくなる。
ヒヨリもセルジオさんから視線を外して、クロノさんを見た。涙を浮かべながらであるが、はにかんだ笑みを浮かべる。
「クロノも……その…………久しぶり」
「あ、あぁ。久しぶり…………幽霊か?」
まさかの同じ反応……。
ヒヨリはにっこり笑うと、クロノさんに強力なビンタをお見舞いした。
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