第292話 冷やかし周り
歩く足から、地面に触れる感触が伝わってくる。
私は横を歩くレゥーリを見上げた。美しい金色から、艶やかな赤色へ。瞳の色も血のような赤から、黄色へ変わっていた。
いつの間に変わったんやろう。……留美がぼーっとしすぎか。
「ルゥーリ、元の色もかっこいいけど、今の色もいいな」
吸血鬼やし、血を飲んでその美を維持してる、とか?
そんなことを考えているとはつゆ知らず、レゥーリは照れるように頬を掻く。
「そ、そうか? ……ありがとぅ」
嬉しそうに頬を染める姿はもう乙女だ。
なんて凄まじい破壊力を持つ笑顔。
二次元にしか興味ないはずなのに……。三次元の男に……いや、三次元でもない気がして来た。言うなれば、この人は二.七(2.7)次元くらいの人やな。
自分でもどんな次元やねんそれって思うけど、現実味がなぁ。種族人間ちゃうし。
「留美」
「うん?」
「前々から思ってたんだけど、俺はレゥーリだ」
「ルゥーリやろ?」
「”ルゥ”ではなく”レゥ”だ」
ん? わざとやけど?
私がキョトンとしていると、レゥーリが前を向いた。
「よし。女王様に名前を変えてもらうよう、頼んでみるよ」
正気か?
「じゃぁどこへ行こうか?」
「え、流すん? 自分の名前やろ!?」
「留美に呼んでもらえない名前なんて、必要ない」
「そんなこと言わず。……せっかくつけて貰ったんやし。……そぉのうち名前呼べるように、練習するからさ」
慌てる私の言葉に、レゥーリが嬉しそうに微笑んだ。
なんで留美がフォローしてんのやろ。
「まぁ、気長に待つよ。留美は行きたい場所ある? 俺は君と一緒にいられるなら、どこでもいいよ」
ドキッ。
……あー、うん。なんでもいいや。
かっこいいのは目の保養になるから。うん、ときめくのも仕方ない。人間じゃないってのがポイント高いよな。
んで、どこに向かうか。
「じゃぁギルド向いながら、露店でも歩くか」
「いいよ」
*
人がそこそこ多い道。
私はレゥーリの後ろを歩きつつ、なんだか居心地が良いと感じていた。
ふと前で揺れる手に目が行き、イヤイヤと頭を振る。
手を繋ぐのはない。
そう思って、彼の服を摘む。
「どうした?」
止まって振り返ったレゥーリを見上げる。
「ん? 逸れんように」
なんで顔赤くすんのさ。
服伸びるからやめろって怒ってる?
そう思った私は手を離す。すると、レゥーリはぎこちなく私の手を握って、照れた様子で歩き出す。
……変なの。…………あ、レゥーリに手を握られてしまった! 不覚っ……。
「あ、少し待っててもらっていい?」
「いいよ」
私から離れて行ったレゥーリは、何か買っていた。露店列の雰囲気だけだと、食べ物のようだけれど……花?
「お待たせ。これ美味しいってオルガから聞いたんだ」
嬉しそうに手渡してきたのは、串に刺さった花だった。
なにこれ。
美味しそうに食べているレゥーリを見ると、興味が湧いた。
一体どんな味がするんやろう。わくわく。
はむっ。
「甘い……」
美味しい。なにこれ! 和菓子? そういうファンタジーな花? うわ美味しいー!!
私は甘いものに飢えていた。
お菓子が嫌いな人は少ないと思う。私はお菓子大好きだ。
みんなの分も買って帰ろう!
「ルゥーリ、これいくらやった?」
十分味わって食べた花がついていた串を、ゴミ箱に捨てる。
「一つ銀貨三枚。今日は後ろの人で売り切れだって」
「えっ。ざんねん……」
もっと味わって食べればよかった。あと家族の分も買って帰りたかったのに……。
残念そうに口をすぼめて、他でも売ってないかななんて露天を見る。すると、レゥーリが笑顔で言った。
「持って来させようか?」
「できるの?」
「店主を脅せば、もう十や二十出てくると思うよ」
「いや待った。大丈夫。全然明日でもいいから」
なに平然と脅そうとしてんのさ。怖いわ!
レゥーリに脅されそうになった店主は、なにも知らずに呑気に隣と雑談していた。
「いいのか?」
「いいの。ほら次レッツゴー」
レゥーリの手を引いて、その場を離れて行く。まさかレゥーリに『脅して買う』が手段の一つに入ってるとは驚きだ。
露店をめぐって、たわいない話をする。
自然と嬉しくなって、笑顔が溢れる。
この時間が、すごく楽しいと感じる。
「これなんか似合うんじゃない?」
「可愛い。でもこっちも可愛いし、これもいいなぁ」
「お目が高いねお嬢さん。どれも職人が丹精込めて作った一品ものだよ」
値段は銀貨三十枚か。うーん、毎日使うかと聞かれればそうでもない。これを銀貨三十枚、ご飯十日くらい抜いてでも欲しいかと問えば、そうでもない。
…………惹かれる。可愛いし、欲しいけど、…………いらないかな。
うーんと悩む私を見て、レゥーリが袋を取り出した。
「買おうか?」
「うんん、大丈夫。欲しくなったら自分で買うわ」
レゥーリの手から奪った袋を、彼のポケットへ入れる。
なんか思い出になりそうなもの買ったら帰ってくれるかな。
私が立ち上がると、レゥーリは残念そうにして品物を返した。彼は何かを買いたくて仕方がないらしい。
貰える物はもらいたいけど、欲は切りのないものだから。ちょっと不自由くらいがちょうどいいのだ。
私は自分の事を、けっこう欲深い人間だと思う。
欲しい物はたくさんあるし、手に入れたくもなる。でもそれはダメなことだから、興味を持ってはいけない。欲しいものを欲しいと言ってはいけない。
どうせ手に入らないから。そんなマインドセットが根本にあるせいで、何でもかんでも買おうかなんて言われると、自分の中の欲が溢れ出しそうで、遠慮してしまう。
それに、本当に欲しいものってなかなかない。
本当に欲しいものってなんなんだろう。よく考えると分からなくなってくる。
次は向こうに行ってみよう。
レゥーリとの露天の冷やかし中に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ちょっとごめんやで」
レゥーリに一声かけてから小走りする。
なんだか揉めてるようなんだよね。
「ばっかじゃないの!」
いた。
キリとユウナが男四人組に絡まれてる。あわわっ。どうしよう、困ってるよな。でも留美に出来ることってなんやろう。もしかしたら、キリとユウナの方が悪いかもしれんし。いや、多勢に無勢の感じ見たら、男が悪そう。
「知り合いか?」
「うん。後輩……」
そう、後輩なんや。いっときやとしても、留美の後輩……。
急に殺気立つと、レゥーリは驚いた顔をした。
「ルゥーリ、看守の人呼んできてくれる?」
「……わかった」
歩いて消えたレゥーリを思考の外へ。私は彼らの元へ歩いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます