第291話 悪魔の友達……、未満で。
マルファスが意を決するように、小さな瓶の液体を口の中に垂らしこむ。
中身は欠損ポーションだ。彼らが疑っているような毒ではない。
「グッ……」
マルファスが苦しむように体を縮める。
「やっぱ毒なのかぁ〜」
「ちょっと失礼なこと言わないでくださいよ」
「こんなに苦しんでるのにぃ!?」
確かに苦しんではいるけど。超回復中なんやから……そう、筋肉痛やと思ってよ。
マルファスに睨まれたから口はつぐんでおく。
楽しそうに笑っているドロシーさんがつんつんとマルファスを突いた。
「ねぇ大丈夫ぅ〜?」
「あ、ああ」
気づけは傷は塞がっている。
先ほど私を睨んだマルファスが、目を丸くしては私の方を見てきた。
「わぁ〜、傷が消えてんじゃん」
たぶん悪魔はポーションは効かんわけじゃなくて、効力が弱いんやと思う。
普通に売ってるポーションはめっちゃ薄めてあるからな。質の低いポーション飲んでもHPはあんまり回復せえへん。
質のいいポーション飲めばHPが満タンかグンッと回復する。ゲームと同じような事がこの世界でもあるってことやろ。
「傷は自己回復でどうにかするしかないって聞いてたし、あらかた試したと思ってたんだけどぉ。……チッ、人間に作れるなら、六位以上のジジイ共、絶対隠してんじゃんねぇ〜」
ドロシーさんが笑いながら怒っている。
「何で治ったんだ? 俺に何を飲ませた?」
「ぽ……ぅわっ」
レゥーリに引き寄せられて、重心が傾く。
「留美は渡さんぞ」
レゥーリも悪魔たち同様に驚いているようだった。けれど牽制でもするかのように、冷え冷えとした瞳が悪魔たちを見ている。
私を抱える腕に力がこもった。
ドロシーさんとマルファスは、欠損ポーションのことを聞きたそうにしている。しかしレゥーリの存在に尻込みしているのか、ピンと糸が張り詰めるように、お互いに緊張状態にあるような雰囲気だった。
何を揉めかけているのだろうと、私は一人キョトンとして周りをキョロキョロする。
「これ、どこに売ってるのか聞いていいか?」
沈黙を破ったマルファスからは、言葉を選ぶような慎重さが伺える。
あっ、そうか。ドロシーさんたちはポーションが欲しいんや。レゥーリは留美が作ってることを知ってる……のかな? だから横から掻っ攫われへんか、危機感を抱いてると。
私のために争わないで〜♪ な場面ちゅうことや。
私は少し考えるそぶりを見せた後、マルファスを見返して質問に答えてやる。
「ギルドです。ほとんど売りに出されないですけどね」
「ギルド?」
「何ギルドぉ?」
何ギルド? ギルドはギルドでしかないっていうか、あそこの正式名称ってなんなんやろう?
「なんでしょう? ……人間以外を殺した時にお金をくれるギルドです」
「そ、そんな所あるの?」
なにその顔、留美たちの貴重な収入源やぞ。もしなかったらどうやってお金稼ぐんや。
てかこの人たちがギルドに行ったら即行留美が作ってるってことがバレるよな。本当のことを言わせる能力ってめっちゃずるい。
どうせバレるなら、レゥーリがいる時にバラして釘刺してもらう方がいいかも。
頭が回っているのか回っていないのか。私はすぐに行動する。
「あ、作ってるの私です」
自分を指差して言う。
「冗談はいい。俺たちの生命維持に関わってくるんだ」
「……お願いされても、もうあげませんからね」
責められた気がして、私は拒絶の姿勢に入った。すると、マルファスが一瞬レゥーリを見て、口を噛み締める。
いまレゥーリがいなかったら、何かしようとしてなかった?
「マルファス」
ドロシーさんから声がかかって、彼は後ろに下がっていく。
今の短い間に何を通じ合ったのか気になる。これが空気を読むってことか。すごーい。
私がそんなことを思いながら空気読みに失敗していると、ドロシーさんが
「ねぇ留美、いくつか持っているなら、一つだけでも置いていってくれないかなぁ?」
人の話聞いてた?
留美はその下がった眉をつつきたい!
「お断りします」
「お願いぃ〜」
「下がれ」
レゥーリの低い声にドロシーさんが一歩引いた。
どうどう。落ち着くんや。
背後から、レゥーリのイライラが伝わってくる。早めに終わらせないとまた殺し合い始めるんじゃ……。
「んーじゃぁ。友人になら……。次来る時にはもう一つくらいなら用意してもいいですよ。いいもの仕入れといてくださいね」
「おっけぇー。なら次を待ってるよぉ」
変わり身はっや。
くるりと後ろを向いたドロシーさんにマルファスが意外そうな目を向ける。
「いいのか? 貴重な回復薬だぞ?」
「引き際は弁えないとね。急ぎすぎてそこの吸血鬼を怒らせでもしてみてよぉ。怖いことになるのは目に見えてるじゃないか」
ドロシーさんはレゥーリに微笑みかける。そこに恐怖はないように見えた。戦う理由がないのか一つ、その他にも理由がありそう。
飄々としている彼の心のうちなどわかるはずもなく、私は時計を見上げた。
「次に来る時はくれるっていうんだ。ゆっくり待とうじゃない♪」
マルファスは無言だったが、見るからに不満そうな雰囲気だ。
「俺たちの種族にとって回復薬がとれだけ大事かはわかってるよぉ。あまりに偏りすぎているパラメーターのせいで、同族を何人殺してしまったか……」
パラメーターって言った。
「まだ留美にとって俺たちは信用するに足りないんだ。急ぎすぎると機を逃すよ」
マルファスがククッと笑う。
「信用度で言うなら、マイナスにまで落ちてそうだな」
本当にね。
出会ってから、脅されて、契約させられそうになって。……でもお店を見て回るんは楽しかったし、最終手段の自爆アイテムも手に入れたし、パパの魔法石も激安で売ってくれたし……、この辺は価値観の違いかな。
ドロシーさんが壊れた机に腰掛ける。
「ねぇーねぇー。吸血鬼ってせっこいよねぇ! 硬いしぃ、回復力ハンパないしぃ、攻撃力だってそこそこあるじゃん〜。数少ないからって贔屓もいいところだ」
よし、もういいな。
出口の方へ意識をやると、レゥーリが先に動き出した。
「留美、行こうか」
「はーい」
先回りされた。
私は武器や装備品がちゃんとあることを確認してから、レゥーリの後ろをトコトコとついていく。
木製の建物の外は、ちらほらと歩く人、人間の住む建物、そして青い空と白い雲が広がっていた。
意識的に外を見るようにするも、世界の色は薄く、全てが鈍い心地がする。
世界が遠い。
なかなか回復しない感覚に、頭が不安を覚える。
ゆっくりと呼吸をするも、乾き切った空気の匂いをうまく感じ取れなくて。
引っ掻いた痛みすらも鈍く、喉を潤す水は異物感がある。
開放感という風が、胸の中に広がるのに、どこか苦しい感じがするのも嫌だ。
ほんと、世界は理不尽で満ちている。
人が生きるって苦行すぎないか。
私が言ったのか、誰かが言ったのか。言葉になったりならなかったりする感情が、頭の中に渦巻いていた。
うるさい。うるさい。うるさいっ!
「行こう」
笑いかけてくる吸血鬼を見て、少し惚ける。その差し出される手を見て、嬉しい気持ちになった。
自らの手を伸ばしかけて、レゥーリの隣に行く。
「レゥーリまだ帰らんのやな」
留美はニヤリと笑って後ろで腕を組む。
「もう少しくらいいいだろ?」
「ふふっ」
なんだか現実味がない。
実は留美がNPCやったりして。
ここがゲームの中で、留美が迷い人っていう戦える人間NPC。そういう設定。
他の吸血鬼とか、悪魔とか、竜人とかがプレイヤーで。いま留美は仲間候補として、攻略されてる途中とか?
そうやったらこの性格にした運営恨むわ。なんでこんなに辛い性格にしたのって。
………………なんてね。
*
去って行く
「あれさぁ。高確率で両思いだよねぇ。吸血鬼の方はもろだけど、留美の方は恋心に気づいてないっていうのかなぁ。でも、かなり無防備だったしぃ。そのうち気づくかなぁ?」
「気づかない方が面白い。こじれて
ククと笑ったマルファスに、ドロシーも笑いながら答える。
「マルファス、残虐性引っ込めなよぉ」
「どうせお前以外誰も聞いてない」
「ま、そぉだねぇ〜。怒るのも仕方ない。ボッコボコにされちゃったもんね」
「……ドロシーなら。あいつら一人なら、勝てるか?」
自分は戦わない前提の話に、ドロシーは水を噴き出す。「本当いい趣味してるよねぇ」と呟きながら、さっきまでいた三人の吸血鬼を思い出し始める。
バキッと壊れた椅子が、もっと壊れる。
「一番弱そうので五分五分かなぁ。……嘘、少し盛った。七、三で俺が不利。吸血鬼に単独で挑もうなんてバカもいいとこだよぉ〜。生きてる年数が違うって」
ドロシーは手を振って、むーりむーり〜っと物が落ちた机に身体を乗せる。
「あの吸血鬼もバカだよねぇ、さっさと殺して同じにしちゃえばいいのに……。じゃないと、横からかっさらわれちゃうかもねぇ〜」
「お前が掻っ攫うのか?」
「冗談よしてよ。俺はまだ生きたいの。でもぉ〜、隙あらばって感じぃ〜?」
くひひっと笑ったドロシーの隣で、マルファスが楽しそうに落ちたゲーム機を拾い上げる。
「同感だ。惚れた弱みに付け込んで条件でも出したに違いない。そんなんだから、取り逃す」
「あれの結末がどうなるのか。見てるだけでも楽しそうだねぇ♪」
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