第290話 一件落着ってことでいいよね



 メロウさんがてきとうな契約書を放り投げてクククッと笑う。


「まぁいいや。レゥーリの慌てる顔見られたし」


 メロウさんって悪魔族になれそうやな。そんなことを考えていると、オルガリーフさんに睨まれた。

 何を言いたいのかは大体察しがつく。


「お前は何かと巻き込まれるな。気をつけろ」


 はい。


「留美に命令するな」


 流れるように庇われて、一瞬惚けてしまう。

 オルガリーフさんを威嚇するそぶりを見せているレゥーリを見上げた。嬉しいとか思ってる留美、ちょろすぎる……。

 マジでっ!


 バンッと壊れた机を叩く。

 この、のぼせ上がるようなクラクラする感覚を一刻も早く消化しなくては。その一心での行動だった。


「る、留美? 結構強く叩いてたけど大丈夫? 怪我してない?」


 打ちつけた手を包み込まれて、さらに体温が上がっていくのを感じる。


「は、離してー。大丈夫やからっ。……なんともないって!」


「いやでも、赤くなってるじゃないか」


「レゥーリお前……。恋は盲目というが、度を越すと歴史書の馬鹿者編に載っていた奴らみたいに破滅するぞ」


「読んでない。まぁ……用心はしておこう」


 心当たりがあるのかもしれない。諭してくれる仲間って貴重よねぇ。

 引いてダメなら押してみろ。「掴む手が痛い」と、なんとかレゥーリを引き剥がすことに成功した。


「さて。もう用はないな?」


「ああ」


「こっちもないよぉ」


 ひらりと手を振ったドロシーさんに、メロウさんがニッと笑う。


「少しだけど、楽しめたよ悪魔くん」


「そりゃどうも、吸血鬼くん」


 舌打ちしそうなマルファスバルサが皮肉を返すも、メロウさんには小鳥のさえずりと変わらない様子。

 吸血鬼の二人は赤と白のマーブル模様の出口に迷いなく入って行った。


 そして私は、一向に動かないレゥーリを見て不思議に思う。


「……ルゥーリは帰らんの?」


「ちょっと冷たくないか?」


 ただの疑問として声に出したのだが、レゥーリを傷つけたのが表情でわかった。

 そんなつもりじゃなかったんやけど……。でも、可能性を見せるよりはずっといい……はず。本当に? ……傷つけることが? …………。


 私たちのやりとりを見ていたドロシーさんが、地面のものを拾いながら楽しそうな笑顔で言う。


「留美の照れ隠しだったりしてぇ」


「……そうなのか?」


「違う」


 即否定するも、レゥーリはだらしのない顔をする。


「そうかぁ。照れ隠しか」


 だから違うって言ってるやろうに。

 噛み締めている目の前にいる男をジト目で見る。悪魔たちですら呆れ気味だ。


 留美は経験したことないから分からんけど、レゥーリ見てると愛は盲目なんやなぁって思う。


 それでひとつ思うんが、ちょいヤンデレっぽい感じが、これ以上強くなったらヤバいよなってこと。知らんうちに狂気に満ちてたら泣くよ?

 留美も人のこと言えんから、なんも言わんけどな。

 留美に被害がない限りはって言う条件付きやけど。


 うーん、好意を向けられるんは初めてやから嬉しいんやけどなぁ。嬉しいんやけど、ちょっと過保護で敵には容赦のなさすぎるって言うか。もうちょっと平和的に優しさを……。いやでも、助けてくれてるんやから文句言えへんよな。


 私の髪を撫でながらニコニコしているレゥーリがちょっと格好良く見えてきた。


 ……うわぁあ、留美ちょろいっ。絆されんなよ。こいつとの付き合いは成り行きと殺されないためや! 心を許していい相手ちゃう。


「あ、そうやルゥーリ」


「ん?」


「あの棚にな。吸血鬼の血が入ってる瓶があったよ」


「…………ほう?」


 レゥーリの目が鋭くなった。私の頭をポンと触れたあと、止めようとする悪魔を押し退け歩いて行く。

 後ろを向いているから表情は見えないが、店内の温度が何度が下がった気がする。


「いや、その、誤解だよぉ」


 ドロシーさんが焦りながら、レゥーリより先に血の入った瓶を手に取る。


「条約を無視して、俺たちの血を売っていたと?」


「俺じゃないよぉ。俺は買った側だから! 会った時にでも渡そうと思ってたんだよぉ。ほらどうぞっ、持って行ってくれていいよぉ」


 だらだらと冷や汗が流れてそうな雰囲気だ。レゥーリは鼻を鳴らすと、血液入りの瓶を受け取った。


「そういうことにしておこう。それで、誰から買った?」


 ドロシーさんって悪気のありなし関係なく、面白そうだから、で色々しそうなタイプやから怖いんよな。

 悪魔は挙動不審だった。ドロシーさんの視線があちこちに向いては、「あー、えーぇぇ」と意味のない言葉を続けて、考える時間を稼いでいる。


「五、四……」


「待った! 怪しい人間に見えたけどぉ、実際のところはわからなかった。これは誓って言えるよぉ」


「……そうか」


「はぁ」


 ドロシーさんは、一気に疲れが押し寄せて来たというふうに、棚に体重を預ける。対するレゥーリは疲れは微塵も感じていない、という風に優雅に立ち振る舞っているままだ。

 ドロシーさんの領域を奪ったり、駆けて来てくれたり、疲れてないはずないのに。…………振る舞いプロやん、凄すぎるっ!


 レゥーリは血入りの瓶をどこかに消すと、手を振った。


「領域を返す。今回の事はなかったことにしろ。俺も血のことは言わん」


「いいよぉ。先に手を出したのはこっちみたいなものだからねぇ。ちなみに、留美って人間だよねぇ?」


「ああ」


「ったく、四つ葉の契約は見える場所につけろよな」


 マルファスの悪態に、レゥーリは何を寝ぼけたことを呆れた声で言う。


「留美の迷惑になる場所につけられるわけないだろう」


「さっさと吸血鬼化させろよ」


「そうそれ。なんで留美は人間のままなの? あれでしょ? 番い。見つけたら即行ぶっ殺すんじゃなかったっけ?」


 返答を期待してか、悪魔の二人がワクワクしてるように見える。堪える義理はないとだんまりを決め込むレゥーリを覗き込み、ドロシーさんの視線が私に向いた。


「さっさと殺しちゃいなよぉ。なんなら手伝ってあげようかぁ?」


 ドロシーさんの言葉に触発され、レゥーリの肌にビキっと青筋が立った。

 せっかく平和になったのに、レゥーリは今にも悪魔のドロシーさんに殴りかかりそうだ。

 古代種族ってみんな仲悪かったりするんかな。


「留美に手を出してみろ。貴様等を八つ裂きにして虚無の滝に捨ててやる」


「虚無の滝? 滝ってまさか、あの終わりの滝のことぉ?」


「また厨二名を」


 クスリと悪魔たちが笑った。

 虚無の滝……、留美は素晴らしい命名やと思う。あと、終わりの滝もなかなかに厨二チックな気がする。

 平和ボケしている留美から少し離れた位置で、殺伐とした空気が流れていた。


「いまの俺になら、負傷者と8大悪魔の一人くらい、相手にできよう。……やってみるか?」


 レゥーリの本気度が見て取れたからか、ドロシーさんは両手をあげる。


「冗談、やらないよぉ。ごめんちょっと戯れが過ぎたねぇ。あー……留美。たまにでいいから遊びに来てねぇ。怖い吸血鬼さんはご遠慮願いたいけどぉ」


「言われなくとも」


「私も気が向いたら来ますね」


 真っ黒な出入り口を見ると、いつの間にかそばに来ていたレゥーリに腕を掴まれた。


「留美今日は俺とデートしてくれ」


「でーと? デート?」


 まずい。少し声がうわずってしまった……。

 レゥーリには気づかれてないみたいだけど、ドロシーさんとかマルファスには気づかれてるっぽい。

 恋沙汰に不慣れすぎて、正しい反応がわからない。


「デートって、何するん?」


「街を回るでもいいし、広場に座って話すでもいい。少しでも一緒にいたいんだ」


「……え。………………えっと。ご、五時に約束があるんやけど……、それまでならいいよ」


「ありがとうっ。早速行こう」


 キラキラ笑顔を食らって私は顔を覆い隠す。

 これは反則では。


「あ、ちょっと待って」


「どうした?」


 触れていた手を離さすと、レゥーリは少し不機嫌になる。

 ごめんて。私も仲良くなった(?)人のことを放っては置けなかった。今回のことは、私のせいでもあるわけだし。


 ポーチから欠損ポーションを取り出して、マルファスに差し出す。


「どうぞ飲んでください。きっと良くなります。あ、でも他の人には内緒ですよ」


 笑った口元に指を当ててしーっとする。



「これはぁ?」


「回復魔法は効かないということなので、傷を治すポーションです」


「俺たちにポーションの類が効くとでも思っているのか? 無駄なことはやめておけ。高いんだろ」


「大丈夫です。休養していた悪魔さんからのお墨付きですよ」


「何が大丈夫なんだよ……」


 沈黙していたドロシーさんがレゥーリの顔色を伺う。

 受け取らない方が怒りそうだと感じたのか、マルファスを促し始める。


「くれるっていうんなら、飲んじゃいなよぉ」


「毒じゃないだろうな……」


 また毒疑われてる……。留美ってそんな毒持ってそう?

 こんなに穏やかで、優しそうな顔してるのに。




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