第289話 人間というだけで無力なのだよ



 怒った様子のレゥーリが一歩前へ出る。

 メロウさんが続くも、オルガリーフさんはその場から動かない。

 レゥーリの怒りの矛先は私ではなく、悪魔の二人に向いている。その事実に密かに安心していた。


 風もないのに、髪と服が緩やかに舞い上がる。


「罰は俺ひとりで受ける。お前らを闇に葬った後でな」


 あ、レゥーリ悪魔の二人殺す気や。

 止めずに、このまま罰を受けてもらった方が留美としてはいい気がする。でもそれは、人としてどうなんやろう。

 助けに来てくれた(?)人が罰せられて喜ぶ留美。性根が腐っとるというかなんというか……。うーむ。

 あの契約書で消されるドロシーさんたちも可哀想な気もするし……。


 ひとりで考えていると、窓やら出口やらがビキビキ言い出す。


「まさか吸血鬼と繋がってたとはねぇ〜」


「俺たちが悪魔だって、本当に信じてたってことか」


「いや、それは……ちょっと前にも、悪魔に会ったので。結構いるのか、と思ったんです」


 ほぼ全裸で追いかけ回された記憶が蘇ってくる。

 あの時、看守長のお兄さんが来て来れなかったら、どうなってたか。

 あ、呂律が復活してきてる。


「悪魔が人間に正体をバラすわけないだろ」


 いや、二人もバルサたちみたいに自分から言ってたけど。


「おしゃべりはお終いだ。何か言い残すことはあるか?」


「へへ♪ さすがに部が悪いけど、主人公なお前がいれば大丈夫だよねぇ?」


「……死ぬなよ」


 バルサが真剣な表情をドロシーさんに向けた。次の瞬間にはその姿はなく、ドロシーさんがぽたりと汗を落とす。

 なんか、留美の感じ取れない次元で戦ってるらしい。やだやだ、留美いま動いて大丈夫?


「俺が殺るから殺すなよ」


「余裕だねぇ〜♪」


 ドロシーがさんがどこからか剣を取り、私にわかる宣戦攻撃を仕掛ける。

 金属音と共に火花が飛び散った瞬間、吸血鬼側のメロウさんとオルガリーフさんが消えた。


 なんでみんな消えんねん。……めっちゃかっこいい。

 くぅーっ! 留美の好きなやつ!


 レゥーリとドロシーさんが、私を巻き込まないためか、小手調べのようにお互い剣を合わせている。

 私がギリギリ肉眼で捉えることが出来ている今なら、止めることができるかもしれない。

 逆に言えば、今止めないと殺し合いに発展するわけだが、私はまだ迷っていた。止めるべきか、止めない方がいいのか。


 ガガッ!!


 私の座るすぐ横に亀裂が入る。なんで壁に傷がついたのか理解ができない。

 やば……。本気出されたら留美は余波で死ぬやつやん。

 剣が伸びた? んなわけあるかっ! ……いやでも、ないとは言えんのか。もはや次元が違うって言うか、いまも理解不能の戦いが繰り広げられてるもんな。


「あ、あー。あー。あーいーうーえーおー。んんっ」


「留美ってば、緊張感のかけらもないんだけどぉー!」


「黙ってやられろ」


 ドロシーさんが壁に激突して、建物が揺れる。

 台風の目は留美かもしれんけど、留美が人間であるだけで、場違い感半端ない。

 カシャン! パリンッ! 置いてあるものが倒れたり、落ちたりして割れていく。

 うわぁ。弁償代誰持ち?!



「レゥーリ、私、その人たちに何もされてな……(くはな)い。だから戦うのやめよー?」


 そういうと二人が距離を取った。

 ドロシーさんも戦いたくないのか、攻撃をせずにニヤニヤしながら数歩下がって構える。


「契約をさせられかけたんだろ」


「まぁ、そうなんやけど。契約内容を見てみてくれる?」


 レゥーリは剣を持ちながら、視線を外す。


「……どれだ?」


「その燃えた跡のある紙だよぉ〜」


「そう。燃えた跡のある紙」


 影が紙を拾い上げ、レゥーリが手に取る。


 私は立てるくらいまで回復した。

 留美がいないところでなら、存分に戦ってほしいところではあるが、今回は場所が場所だし。

 眉を顰め、紙を近づけたり遠ざけたり、内容になんかめちゃくちゃ疑いを抱いているレゥーリの隣にまで足を進める。


「何だこの何の実りもないような契約は? 本当に契約なのか? 契約書に書く意味すら謎だ」


「その言い草はひどいよぉ。俺たちはどんな約束でも契約書に書かないと落ち着かないんだぁ。……なんてのは建前で、ただ人間が怖がる姿を見たかっただけなんだけどぉ」



 レゥーリはそんな言葉にも苛立ちを隠さず、ドロシーさんを睨みつける。

 睨まれている本人は、軽い調子で肩をすくめるだけだ。


「まさか吸血鬼の手がかかっていたとはねぇ。しかも四大貴族のレゥーリ。アハハッ♪ 何の準備もなしに敵うわけないじゃんかぁ〜」


「そちらも8大悪魔と記憶しているが?」


「百を超えてすぐに四大貴族に入る才能には負けるよ。それに、もう一人四大貴族がいただろう? 俺だってそのくらいは覚えてるよぉ」


 そんな不利な状況なのに、なんでその態度続けられんのやろ。すごい。


「あの、レゥーリのほうが強いってことですか?」


「そうだよ。安心して、俺が助けてあげる」


 こっちくんな吸血鬼。

 少しデレたレゥーリを見て、ドロシーさんが目を丸めては無表情になる。


「ふんっ。元々吸血鬼には一対三くらいで仕掛けないとって言われてるのに、今は数でもこちらが不利だし…………あぁ!」


「どうしたんです?」


 近づいてくるレゥーリを手で制しながら、視線を向ける。それがまた気に入らなかったようだ。

 ドロシーさんからは見えないけれど、赤の瞳が何かを訴えるように、少し不機嫌そうにしていらっしゃる。


 でも留美に取って今一番大事なのは、状況把握やと思うねん。

 この敵か味方かわからん二人マジちょっと、どうもできんけど、どうにか抗いたいと言いますか……。


「ドロシーさん」


「……んえ? あぁ、何が起こったのか知りたいってことぉ〜?」


「そうです」


「ふふ、素直♪」


 悪魔特有だと言う、黄色の瞳が細められる。


「さっきバルサが捕まっちゃったみたいでねぇ♪ うひひっ、バルサが仲間連れてきてくれれば、まだやりようはあったのにぃ〜」


 楽しそうに空想する姿は、イカれてると言われても否定できないと思う。さすが悪魔族。


「当然の結果だ」


 私にのしかかってくるレゥーリは気分良さげだった。なんか楽しそうだから、ぽんぽんしてやる。

 もー、重いぃ。あと周りが見えへん。どいて、邪魔。退け。……とは流石に言いづらい。


「主人公補正かかっててもダメかぁ」


 茶化すような発言の刹那。


 空間に目のような入り口が開いて、悪魔のマルファスがぐったりとしたまま、吸血鬼のオルガリーフさんに運ばれてきた。

 メロウさんは服がところどころ破けてはいるが、すでに回復した後のようだ。

 にこやかに手を振りながら、歩いて来る。


 そんな彼らに対し、レゥーリは気まずそうに口を開く。


「あー、すまないメロウ。留美はそんなに危険な状態じゃなかった……」


「だから言っただろ? 状況を確認してからでも遅くはないだろって」


「レゥーリの不安に追い打ちをかけて乗ったのもメロウだったと記憶している」


「そうだっけ?」


 お前のせいかい。

 酷いなぁ、視野が狭くなってる時に追い打ちかけるような言動をするなんて。信用できん奴がやる手やん。

 レゥーリこの人が友達で大丈夫かいな?


 コンコンとドロシーさんが壊れている机を叩く。


「ちょっとぉー、いい加減、俺の仲間を離してくれるぅ?」


「これは失礼」


 吸血鬼のオルガリーフさんは、マルファスを投げつけた。

 ドロシーさんは当然のように、仲間を受け止めると、ゆっくりと地面に座らせる。

 確か、悪魔族って治癒能力低いんやったよな?

 マルファスがぐったりしてるのを、レゥーリの腕を下げさせて覗き見る。


「大丈夫ぅ?」


「しばらく休息が必要みたいだ」


「だよねぇ♪ こっ酷くやられちゃってまぁ」


 ドロシーさん楽しそう。


「……あいつら強すぎだろ。いや違うな。俺が弱いのか」


「落ち込むなってぇ。あいつらが強いのっ。年齢的にも、種族的にもさ。それに、俺が開けた穴が遠すぎたねぇ」


 ドロシーさんが不貞腐れているマルファスをよしよしと撫で始める。それを弾かれて笑ってるんだから、仲はいいんだと思う。

 やっぱり負けても主人公っぽい。


 こんなんマルファスにとって確実に負けイベントやん。落ち込みすぎはあかんと思う。くふふっ。おちょくりたい。

 うぎゃっ!?

 マルファスを見ていたからか、レゥーリがぎゅーぎゅーしてくる。これは締め殺しにかかってきてる??

 変なこと言ったら手加減間違われるかもしれん。……無言が一番やな。


 私を抱きしめている吸血鬼をタップする。

 ギブギブッ、骨が軋んでるっ。



「レゥーリ。人間は脆い、あまり力を入れると折れるぞ」


「あっ、ごめっ。すまない。大丈夫か?」


「だい、じょーぶ……」


 私はふらりと腕から抜け出すことに成功した。

 はぁ、オルガリーフさんありがとう。……まぁたぶん、レゥーリが契約違反にならんように言っただけやろうけど。


 ……はぁ。


 ため息が止まらん。

 私の周りでわたわたしているレゥーリが、メロウさんに引っ張られた。


「で? 危険な状況じゃなかったみたいだけど、どういう状況? 仕事を放り出してまで手伝いに来たんだけど」


「それは悪かった」


「助けてくれ、罰は俺が受けるから留美を助けるの手伝ってくれ〜って切羽詰まった顔で来たくせに」


「いや、だから……すまない。契約書を読んで見てくれ」


 レゥーリに渡された契約書をざっと見ると、メロウさんが嘲るように口角を上げた。

 オルガリーフさんもギョッとしたように、二度三度も読み返している。


「え、まさかこれが契約書なんて言わないよね?」


「…………」


「そのまさかだ」


 レゥーリが不愉快そうに悪魔の二人を睨む。

 まぁ、今回は不幸が重なったということで。……………え? 留美のせい?

 ノンノン、人外に囲まれてどうしろってのさ。

 留美は無力な人間なのだよ。




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