第288話 悪魔との契約



 おっと、完全に出口が塞がれてしまった。

 気の棒の金銭を要求されたらどうしよう、なんて考えながら。私は諦めにも似た気持ちで口を開く。


「外に出たいんですけど」


「契約してくれたらいいよ」


 にっこりと笑った悪魔は序列八位以内の大悪魔らしい。やることが子供やねんっ。どうしよう……。

 出口も、窓も漆黒に包まれている。実は夜になっていた、という線はない。さっき木の棒バリバリ空間が食ってたもの。


 頭を回すも、妙案は思い浮かばない。……本当に拒否権はなさそうだ。


 私は店内をうろうろする。



 なんで力ある人はみんなこう、力で脅してくるんだろ。ムカつくよね。

 こういう人がいるから、留美も影響されて、弱い人に強く当たっちゃうんだ。きっとそう。

 留美はもっと優しい性格やったもん。……たぶん。いやどうやろう。そんなに優しくはなかったかも。

 うんん。いくら、余裕がなくても、ここまで周りを敵視してなかった……違うな。前は興味がないっていうか、興味を持つことが許されんかったんや。

 …………あいつらがこの世界来たら殺せるのにッ。


 コホン。

 じゃなくて。どうしよう。

 流されていい感じのやつかな。レゥーリに助けを求めるべきかな? でも悪魔二人いるし、足手まといの留美もいるし、町中で暴れられたら嫌やしなぁ。


 あ、でも前に吸血鬼と悪魔は何か取り決めをしている風なこと言ってたっけ。

 私は売り物のカスタネットを叩く。


「えっと、契約できない事情があるって言ったら、信じてくれます?」


「信じないかなぁ」


 嘘は見抜けるんだよね? 今こそ発揮すべき時。バルサー!

 バルサは黙ったまま見ているだけだった。


 うーん、なにも思い浮かばない。裏口も窓も黒く覆われている。蟻一匹だって出入りできないだろう。この謎空間を脱出する能力が留美に備わってればな……。何か方法は。……………………………………ダメだ。なにも思い浮かばない。

 カスタネットを置いて、観念するようにカウンターの方へ戻っていく。



「契約書…………あったあった」


 ドロシーさんが一枚の紙を箱から取り出した。


 どうしよう。

 レゥーリとの契約に、誰かと契約するにはレゥーリの許可がいるとか言ってた気がする。

 契約破ったらどうなるんやろ。死なんとは思うけど、楽観視できるものでもないような。

 そもそも契約相手が悪魔族ってのも嫌よね……。

 罠に嵌めてきそう。偏見かもしれんけど、どうもね。


 私は四葉の印のある場所に触れる。

 ……てへっ、忘れてた〜。な、ていでやってみる?

 死ぬことはないと思うし。たぶん。

 …………契約破った、で死なんよな? うわこわっ。うふふっ、ドキドキしてきたっ。もう留美ちょっと、悪魔との契約に興味湧いてきちゃってるよ。


 二人が契約書だと取り出した紙に文章を書いている。覗き込もうとしたら、ドロシーさんが紙を私の前に「じゃーん」と見せてきた。


「これに血をたらせば、契約完了だよぉ〜」


「あ、結構適当なやつだ」


 書かれている文章は二行だけ。本当に今パッと書いた感じだ。

 そばで筆を走らせているバルサの方は、なんか結構文字が書いてある。まだ完成していないようだ。


「だからそう言っているだろぉ。ほらここ、血液垂らしてぇ〜」


 血を垂らす必要がある契約書って嫌やな。でもなんか悪魔っぽい。いいね。

 わざわざ契約書を探してたってことは、特殊な性質を持ってるってことよな? 血液に含まれるDNAでとか判別してんのやろうか。それとももっとファンタジー?


「定期的っていうのは、何日くらいですか?」


「三十日くらいに一度来てくれたらいいかなぁ。誤差百くらいね。そこも曖昧にしとくよぉ。きっちり決めるなんて面倒だしぃ〜」


 誤差の方が大きい。


「そんなんでいいんですか」


「いいよぉ〜」


 構えていたよりずっと受け穴がある契約だ。

 話をする。とだけあるってことは、いまいち面白くなくても構わないと言うこと。

 少しだけ気持ちが楽になる。


「あったことを話してくれれば、俺たちは満足なんだぁ。それをネタに勝手に話を盛り上げて行くからさぁ」


「でも三十日ですか。意外と短いですよね。本当に日常であったことで大丈夫なんですか?」


「うん、いいよぉ」


「お前は一体どんな内容を想像していたんだ?」


 契約書が二枚目に突入していたバルサが顔を上げた。


「あはは……。バルサが今ぎっしり書いてるようなものかな」


「うわぁ。相変わらず細かいっ。気をつけてぇ、バルサってばすっごい嫌なやつだから」


「おい」


 そこはバルサ反論できんと思う。

 まだ書くのか……。


「俺の読み上げようかぁ? ……内容は、十年間定期的にこの店に来て話をすること。例外として、動けなくなったら俺たちが行く。俺たちはその度、何か留美の頼みを聞くこと。以上」


 本当に穴がありまくりな契約。

 きっと他の人にも、こうやって契約して、楽しんでるんやろなぁ。


「俺はもう垂らしてあるから、君が一滴垂らしてくれるだけで完了するよぉ」


「はいはい」


 ナイフを持って手に持っていく。

 …………あ、無理怖い。自分を自分で刺すって、こんなに怖いことやったっけ。

 精神が正常な時って、留美は正常なんやな。



「……あの、自分でやるのなんか怖いので、お願いしていいですか?」


「目でも瞑ってなぁ」


 それはそれで怖い。

 ドロシーさんの爪が伸びたと思ったら、ふっと息を吹き付けて撫でていた。

 それを不思議そうに見ていると、手に痛みが走る。いつの間にか小指の端を切られていたらしい。


 マジか。全然気づかんかった。目でも瞑ってなって、瞬きの合間にやられたんかな? うわうわ、すごっ! すごっ、すっごーい!!


 ナイフよりも鋭い爪に、肌も数秒経ってから切られた事に気づいたよう。

 ぷくりと血が滲み出す。そして赤い雫が一滴――。


「んっ!?」


 血が契約書に垂れた瞬間、ビリっと私の身体に電気が通ったように痛みが走った。身体が思うように動かず、そのまま力が抜けて倒れこんでいく。

 さっとバルサに腹へ腕を通され、顔から行くことはなかった。


 手に持っていたナイフは、ビリッとした時に地面に刺さるように落ちていた。もし頭からぶっ倒れていても、自分に刺さる、なんて事にならずにすんだと思う……。

 何はともあれ、バルサありがとう。



「ありが……とう。これ、なに? ……ふくさ…………よう?」


 バルサが私を地面に下ろす。


「そんなもの……うわっ! 契約書が燃えた!?」


「どうした? なんだ!?」


 私が垂らした血から火が出て、契約書を燃やしていっているようだった。

 ドロシーさんが燃えている紙に手をつける。


「飲み込め……。あぁ、留美の血が垂れたところ完全に消えちゃったぁ」


 契約書の白紙の部分がほとんど焼失してしまったようだ。でもまぁ、あの契約書、二行しか書いてないからな。やろうと思えばすぐに書けるやろ。契約書の紙が勿体無い、の方かな?


 見上げていた眼球が痛くなってきたから、私は下を向く。


 ふぅ。やっぱりあんな適当そうな契約書でもあかんのか。そーかそーか。まぁ次からは許可取らなあかんってことがわかったから、実りはあったな。


 で、なんで体に力入らへんねん! 契約書を燃やすだけで良くない?! っていう文句をいますぐレゥーリに言いたい。このまま身体が動かんかったらどうしよう。あ、いや、待って。怖くならないで、パニックにならないで、大丈夫だからっ。だ、だい、だいじょ。

 …………わぁー、この木目、すっごい綺麗だなー。


 私はいま寝転びながら休憩しているんだと、ゆっくりと呼吸する。


 パキッ! バリバリバリッ!!

 なんかヤバい音がしてる……。木を切り倒す時の、倒れるぞ〜、って時のバリバリや。


 もはや手に負えないと、私は流れに身を任せることにする。

 そんな留美の側で、狼狽えるドロシーさんの姿があった。


「俺の領域が……飲み込まれていってる?」


「ドロシー、これはもしかしなくても、……ヤバいよな?」


「そうだねぇ。この侵食スピードはちょっと。……それに、バルサの妨害を気にもとめてないみたいだし」


「こいつやっぱり吸血鬼なんじゃ……」


「えー」


 ほんと、一体なにが起こってるのかね〜。たぶん、十中八九なんかしてんのは、レゥーリかオルガリーフさん辺りなんやろうけど。

 ドロシーさんが木で出来たの地面を凹ます。


「……ったく。俺たちの行動に関与して来るなんて、ふふっ。一体誰だろぉねぇ〜♪」


「楽しむ余裕が羨ましいよ」


バルサマルファスだって――」


 パリンッ!


 力が入らないから、出口の方を向けないが、窓を見る限りドロシーさんの領域が壊れたようだ。

 黒の代わりに、赤と白のマーブル模様のようになっていた。



「留美!」


 この声は……。やっぱりか。


 駆け寄って来たのは吸血鬼で自称運命の相手であるレゥーリ。

 赤い髪と、黄色い瞳のせいで、一瞬誰かわからなかった。これが人間仕様のレゥーリか。


 出入り口の方で足音がした。

 レゥーリと共に入って来たのは、仕事をしているからあまり相手になれないと言っていたメロウさんだ。人間の名はオボロさんだっけか。

 姿は澄ました顔をしている少年くらいの背丈、黒い灰色の髪、暗い紫色の瞳をしている。


 そして、何かと苦労人のオルガリーフさん。人間の名はトアさんだったかな。最後に入ってきた彼は、何か言いたげに冷え冷えとした目を向けてくる。

 問題起こしすぎだって文句言われそう。

 オルガリーフさんは、前回のとき同様、赤い髪に茶色い目をしている。


 抱き抱えられている私はあたりを見渡し終わり、一度深呼吸をした。


 ふむ。なんか言った方がいいよな。

 私は痺れる体を動かして、無難な質問をする。


「るぅー、り? 何で、ここに?」


 呂律が回らん。

 死にはせえへんかったけど、もうちょっと優しい阻止の仕方があるやろう。って文句言ってもいいかな? いま言ったら空気読めてへん人になっちゃうかな。人は留美だけやから、問題なし? ……黙っとこ。


 レゥーリは私の質問には答えず、地面に落ちたナイフを鞘に収めた。そして私をお姫様抱っこしては壁際へ下ろす。

 私は身動きひとつせずに、全身で感じる鳥肌を意識でなぞっていく。……現実逃避ともいう。


「でぇ? 君たちなにぃ〜?」


「人の家に土足で入ってくるとはなんのようだ?」


 笑っている悪魔と、ちょっとキレそうな吸血鬼が顔を突き合わせている。


「よくも我がに手を出してくれたな」


 レゥーリの言葉で三人の髪は金髪へ、瞳は血のように真っ赤に染まっていた。

 合わせたように変わったのが個人的に好き。さすが中二病種族。


「誤解だよぉ」


「久しぶりの戦闘、楽しみだね」


 少年姿のメロウさんがパキッと手を鳴らし、笑みを浮かべている。

 あの人、悪魔と同じく楽しんでない?

 種族固有色があらわになり、バルサがレゥーリたちの色の変化に目を見開いた。


「吸血鬼だと?」


「ふははっ♪ 不可侵契約はどうしたのさぁ」


 本気モードなのか、笑顔を浮かべている悪魔たちも自分の色を変え始めた。


 ドロシーさんは黒い肌、黄色の瞳。髪は白っぽい色。染めているのか地毛かは不明だが、違う色のメッシュが入っている。そしてツノあり悪魔だ。彼は留美よりは背が高いが、比較的小柄な印象はそのままである。


 マルファスは、黒い肌に黒い髪、そして紫色の瞳をしていた。ドロシーさんのような、ツノはないみたいだ。


 彼らが彼らであるだけで、私にとっては息苦しい空間となっていた。

 勘弁してくれ。両種族がいま敵対していると、一眼で分かる距離。


 一触即発の空気がビリビリ肌に伝わってくる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る