第287話 悪魔のお店



 カウンターに腰掛けてニコニコしている悪魔が口を開いた。


「俺の名前ねぇ〜、ドロシーっていうんだぁ」


 なんで名乗るんや。

 私は飄々ひょうひょうとしている悪魔を訝しむ。

 でも自己紹介されたら、こっちも名乗らんとあかんような……。仲良くなりましょうの合図を蹴るなら、名乗らん方がいいのかな?


「おーい、聞こえてるぅ〜?」


「聞こえてます。……ドロシーさんですね。貴方はバルサでいいですよね?」


「おい待て、なんで俺は呼び捨てなんだ」


 めちゃくちゃ嫌そう。

 バルサさんって言いにくいねんもん。マルファスの方なら、さん付けするのに。ドロシーさんにそう呼ばれてないからなぁ。

 ……なんでこの人本名使ってんの? やっぱ変人? ……悪魔やし。

 私は心の中で、謎の納得をした。


 文句を言った悪魔を見上げたまま固まった私を、バルサが小突こづこうとしてくる。反射的に手を避けると、バルサは眉を顰めていた。


「さっきからフリーズするのなんなんだ」


「……あぁ、えぇお気になさらず。私はたまにフリーズします。…………呼び捨てにする理由でしたよね」


 ふと見たドロシーさんはニコニコしながらこっちを見ていた。

 なんも面白いことないよ。


「こほん、だってバルサは年もあまり離れていなさそうですし、さん付けは似合わないなぁーっと」


「はぁ!?」


 急にでかい声を出されて、ビクッと肩が震える。


「こいつだってさん付け似合わないだろ! 怪しいだろ? ……な!?」


「本人前にしていうことじゃないと思いますけど、怪しいからこそですよ。なんとなく危ない大人だと思うので」


 バルサが天を仰いだ。

 え、そんなに嫌?


「同じ年だ!」


「同じ年??」


 私は二人を見比べながら困惑する。

 同じ年だからなんだ、と言い返したい。年齢は、さん付けする理由にはなり得ない気がする。

 そもそもなんでこの人が怒ってるのかがわからない。


「……お前なぁ」


 呆れられ、私はポンと手を叩く。


「なるほど! 二人は幼馴染ってこ――」


「そうじゃない!」


 ……じゃぁ何よ。


「あハハッ! あーおもしろ。……まぁまぁ、大人の余裕を見せてあげなよバルサぁ」


「ドロシーの方が大人だと見られてる事が気に入らないだけだ」


 腕を組み不貞腐れた悪魔バルサを見て、ドロシーさんが微笑を浮かべる。

 私が出口の方を一瞥してる間に、なにか期待をするような目でドロシーさんが私を見ていた。


「俺たちこれでも一応二百二十六歳なんだぁ」


 二百二十六歳……。

 きっとほんまの年齢や。いっぱい生きてる。

 留美は信じると言ったんやから、その設定に乗るように言葉を返すべき。


「二百二十六歳ですか。私から見たらおじいちゃんですね。とりあえず二をとって二十六歳にしといていいですか?」


「なんで二を取った」


 なんとなく。


「……悪魔ってどれくらい生きてるんですか?」


「これでも俺たちって、悪魔の中では新参者なんだよぉ。でもぉ。俺、力はジジイどもには負けてないから。そこだけは注意してよねぇ」


 注意してって言われてもなぁ。人間の留美はバルサにも負けると思うけど……。


「ドロシーさん強いんですか?」


「もぅ、ちょー強いよぉ! なんたって俺8大悪魔だしぃ〜」


 嬉しそうに楽しそうに両手を上げ、ジタバタするドロシーさんがケラケラと笑う。

 大悪魔ってことは、かなり上位の人ってこと? そんでもって、ランク八位までに入るってこと? すごっ!

 え、待って、じゃぁバルサも!?


 よく分からないけどすごい気がして、私のテンションが上がっていく。


「うわぁ! すごいですねっ! 8大悪魔って悪魔の中で八番目以内ってことですよね! すごい!」


「それほどでもぉ〜、あるかなぁ〜♪」


「バルサはどのくらいの位置なんですか?」


「……俺もすぐに8大悪魔になってやるさ」


 なんか元気ない。

 同い年や言ってたし、これはあれか。王道的なあれなのか?


「あー、優秀な幼なじみを持った人って辛いですよね。嫉妬するならお前も頑張れーとかいわれるけど、ムカつきますよねぇ」


「お前にもわかるか! この気持ち」


「微妙にわかります!」


 不思議な友情ができた気がしたので、手を握り合う。

 でもこういう人って、普段いるグループの平均値が高い強いせいで、自分が劣って見える、だけな場合もあるよな。

 うん、外から見たら十二分に実力者である、って可能性も残ってたわ。

 確認のため、ドロシーさんを見やる。


「実際のところ、バルサは悪魔の中で強いんですか?」


「うーん、上の下ってところじゃないかなぁ? だから全然弱くないよぉ。モテモテな割に鈍感なせいで、嫉妬されまくって。クククッ、あ〜、あと少し運が悪いかな」


「この裏切り者! 全然弱くないじゃないですか!」


 手を離して足を踏もうとして避けられる。


「いや、俺は8大悪魔になりたいんだ!」


「知らんわ! 簡単にランク十位以内に入れると思うなよ! どうせ、あと三十年くらい経たないうちになったりするんでしょ! しかもちょっと強いドロシーさんというライバルもいて、しかもしかもっ! 向上心に溢れてて、しかもしかもしかもっ! モテモテで鈍感野郎とか、……どこの主人公ですか? はぁ〜、やってらんねぇ〜」


「俺はドロシーの隣に堂々と立てるような大悪魔になりたいんだよ!」


「だからその発言がもう正統派主人公なんですよ!」


 バルサなんで悪魔になったんやお前!

 楽しそうにしているドロシーさんが「もっと言ってやれぇー」と煽ってくる。

 私が口を開こうとしたその時、バルサの方が先に言った。



「弱いくせに、つけ上がるなって。くそっ」


 バキッとカウンターにヒビが入った。

 軽く叩いたように見えて、びっくりするほど力が入っていたようだ。


 私はちょっと揶揄い過ぎたかなと反省して、バルサを伺う。

 あの力で殴られたら、頭が飛んじゃうよ。

 トントンとドロシーさんがひび割れたカウンターに指を打ちつける。


「それってさぁ。序列百位代のプライドだけ高いビビリどもじゃない?」


 悪魔って序列あんのか。


「あんな負け犬の遠吠えとか、嫉妬の言葉、真に受けてるわけじゃないよねぇ?あいつらよりはマルファスの方が強うよぉ」


 本名出てる……。


「俺は嫉妬されるほど頭も力もない。今はな! いつか並んで、追い抜いていってやる」


「もうヤダこの主人公。どう思うぅ?」


 どう思うったって……。こっちにフラれても困るし。主人公……。はっ!


「本当に主人公っぽいなって。このままいったら8大悪魔になったあと、世界を巻き込むようなことしそうです」


「しないから!」


「フリですか?」


「お前一旦黙れ」


「…………」


 お口チャック。

 パーカーのチャックを閉めるような仕草を口元でする。

 遊びの手加減分からなくてごめんね……。私は揶揄いすぎたと少し反省する。

 でも急にドスの利いた声で言わなくてもいいのに。



「はぁ……」


 バルサから深いため息が漏れる。


「楽しぃねぇ〜。俺マルファスが何しでかしてくれるのか、今からとっても楽しみになってきちゃったぁ〜♪」


「ドロシー、お前も一旦黙ってくれ」


「やだね。俺に命令するなら俺より強くなりなよ」


「はぁ……」


 また深いため息。

 この二人の力関係は、見たまんまなのね。


「君、普通に話してたけど、いい感じの中二病だねぇ。こっちの話についてこれるようで、おじいちゃんは嬉しいよ」


 おじいちゃん……。


「なんでお前、俺たちの話に驚きもなく加われるんだよ」


 二人からの視線を受け止め、私はバルサの方を見てパクパクとする。バルサは片眉を上げると、すぐにパクパクお魚さんが何を示しているか察した様子。


「もう喋っていい」


 この人。最初の印象と全然違う。

 友達になれそうな感覚を、この二人は危険人物だと必死に否定する。


「あの、気になってたんですけど。バルサの本名って、バルサ、マルファスなんですか?」


「……あー! 俺言っちゃってたよ!」


「バルサが人間の時に使う名前で、マルファスが悪魔の時に使う名だ」


 そう来るか。


「ナイス厨二病ですね」


「ちゅう…………ああ。そうかもな」


 厨二病って言われるのは嫌なんや?


「ねーねー。俺と契約しないぃ?」


「しません」


「久しぶりに面白かったから、定期的にここに通う代わりに、俺が君を助けてあげるぅ。どう? 悪い話じゃないでしょう?」


 私はふざけた態度で返すことにした。いかにも厨二病なポーズで言う。


「私は孤高の吸血鬼。つるむつもりはない」


「あはははっ! あはははははっ!」


「クククッ」


 悪魔二人にドンドンと叩かれたカウンターのライフがやばい。さっきまで新しそうやったのに、もう買い替えの感じかな。

 てか悪魔たち笑いのツボ浅くない? まぁ楽しそうでなにより。


「ふっふっふー。それじゃ、私はそろそろ帰りますね」



 笑っているバルサの横を通り過ぎる。

 話を聞かない人に対しては、私も話を聞かない態度で返すのが正しいよね。


「待った待った。なんで無視するのぉ!」


「え? ああ。契約ですか? お断りします」


「なんでぇ? 悪い契約じゃないよぉ〜?」


 リスクと対価のある契約は悪魔としたくない。絶対こういうのって搾り取られるんだ。それを防ぐ対話ができるほど、私は頭良くないし。さんざん悪魔と会話した後になに言うてんねや、とも思うけど……。

 そんな本音を言うわけにはいかず。


「契約って文字が嫌ですよね。責任とリスクがある感じも嫌です」


「そんなガチガチなやつじゃないって、もっとゆる〜い、責任もリスクもないやつだよ。ね? 契約しようよぉー」


「今回はたまたま面白くなっただけで、また来た時に面白い話できるとは限りませんし……。あと、あまり悪魔とは関わりたくないです」


「えぇ〜。そんなに責任感じることじゃないよぉ」


「そうだ、もっと軽く考えていい。どうせ暇つぶしのようなものだからな。そこまで本格的な契約はしない。ついでに俺とも契約しろ」


 なんで今の流れでバルサまで契約しようとするかな?

 面白がってる?


「ふふっ、契約なんかしなくても、たまには遊びに来ますよ」


 面白いもの置いてあるし。

 店内を眺めると、まだ見れていない場所に目がいく。

 ドキドキしながら回避策を必死に考えていると、バルサが出口を塞ぐように立った。


「いいや、そう言ってこなかった奴が何人かいる。それに言葉の約束だけじゃ、忘れるかもしれないだろ」


「そんなすぐには忘れませんって、も〜、退いてくださいよ……」


「長く生きるためには楽しみが必要だって、ジジイも言ってるからさぁ」


 チリッと火の粉に当たったように肌がピリつく。嫌な感覚だ。

 なに? この感覚。出よう。


『シャドウステップ』を使おうとした瞬間、足払いを受けていた。視界が傾き、掴まれている腕が痛む。


「おっと」


「…………ぅえ?」


 び、びっくりした。


「悪魔に契約を求められた時点で、君に拒否権はないんだぁ」


「忘れたのか? ここはドロシーの店だぞ」


 地面に膝をついて、苛立ちのままに視線を上げる。


「だからなん……えっ!?」


 出口や窓が黒に染まっていた。

 ぽかんとして、掴まれている手をタップする。自由になった身体で、側にあった木の棒を持って、その黒い出口に近づいて行く。


「何これ」


「触らない方がいいよぉ」


 笑顔のドロシーさんが忠告してくる。私は手に持った木の棒で、黒い出口を突いた。すると、木の棒はバキバキと音を立てながら、飲み込まれていく。


 うわぁ、これはやばい。

 飲み込まれた後はどうなるのか、めっちゃ気になるけど、素手で触れるほどの無謀むぼうさは持ってないわ。




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