第301話 なんか気になること増えてきたなぁ



 騒がしい声で目が覚める。

 いつの間にか机から落ちたらしく、砂利の落ちる木の地面に寝転がっていた。

 ……うっ、体痛ぇー。


「ふぁ……」


 あくびをして椅子に手をかけると、先に目が覚めているアリスさんが朝食をとりながら、私を見下ろしていた。

 窓から朝日が差し込んでいるが、眠気がぼんやりと頭を霧がからせる。


「おはよう。留美」


「……おはようございます、アリスさん」


 おじさんは机に突っ伏して、寝息を立てながら寝ている。きっと殺気でも出そうものなら、即座に起きるのだろう。

 そんな超人ばっかりな世界だし、きっとそう。


 伏せていたほっぺたが痛い。痕とかついてないか心配だ。

 髪の毛を撫でながら、コップに注がれた水を飲む。


「いま何時頃かわかります?」


「時計はあそこだ。……六時だな」


「やばっ、帰ります!」


 ガタッと椅子から立ち上がると、ビキッと身体がなる。

 うぅ! 身体が……っ。


 よくこの時間に起きれたというべきだろう。眠かった身体が戦闘体勢に入ったかのように急に目覚めるが、固まった体は急には動けないようだ。

 …………また一つ学んだ。ガクッ……。


「大丈夫か?」


「はぃ……」


「気をつけて」


 優しい……。


「じゃぁ失礼しますね」


 私は屈伸運動をしてから、小走りでギルドを走る。ドアを乱暴に開けて、先にいた驚く人に申し訳なさを感じる余裕もなく走る。


 スキルを駆使しながら走って帰った。

 正面のドアから入らずに、窓から自分の部屋に入る。


 開けててよかったぁ。


 よ、よし。留美は昨日ちゃんと帰ってきたよー。夜ご飯食べてすぐに帰ってきた。そう言うことにしとこ。

 いや、もう友達の家に泊まったって言った方がよくないか?

 そっちの方が怒られんで済む気がする。

 てか酒臭い? 留美酒臭い? あのストーカーおじさんとか、周りのせいやっ。



 そっと広間へ降りていく。

 スキルによると、まだ全員寝ているようだった。


 井戸へ。

 太陽はもう出ているが、まだ肌寒い。

 私は井戸から水を汲むと、酒の匂いを消すためにも、水を頭からかぶる。水を吸った服の重みがどんどん増していく。


「冷たー……、やっぱ朝は寒いな」


 その時、何か羽音のような音が耳に届いた。

 虫嫌いな私はどこから聞こえてくるのかを瞬時に見つけ出し、物陰に隠れている虫を『針投げ』スキルを使って、串刺しにする。


「貫いた音きもっ。あ、しまった。針どこ行った?」


 滴る水よりも、虫が死んだかの方が気になり、針を投げた方向を探す。

 ブブブブブッっと羽音がまた鳴り出した。


「あっれ〜? 殺したと思ったんやけどっ!」


『針投げ』

 グチャッっと貫いた音が聞こえる事から、命中はしているはずだ。

 この世界に来て、これまでテイムでしか虫は見たことがない。つまりそう言うことだろう。

 覗きは犯罪やぞ。


「あ、みっけ。……で? 何が目的?」


 普通に覗きならええねんけど、……悪いけども。他の目的がある方が困る。

 近くにいるのは虫だけか。飼い主はきっとこの虫を通して、こっちを見ていたのだろう。

 嫌悪感を前面に出しながら、針をグニグニと動かす。虫はもう死んでいるようだった。


「ま、喋れるわけないか」


 気持ち悪い、と思いながらも針を虫から抜いて水で洗う。今の私は虫が大丈夫な留美みたい。

 死んだ虫は針で突き刺して、ゴミ箱に捨てた。



 さて、誰に監視されてるのやら?

 思い浮かぶ人物を挙げて行く。


 ダルクスさんは多分違う。アリスさんも違う。看守の人の可能性はあるけど、数日前くらいから監視は止まってるし。候補一。

 ならシロクモさん? もしかしてポーションのこと感づかれた? いや、それなら虫じゃなくて、誰かをよこすはずや。いや分からん、候補二。

 あとは……悪魔の人? ないな。

 吸血鬼の人たちも違うやろし。他は…………このくらい? 留美には心当たりこれ以上ない?

 可能性高いのは誰や? はたまた、接触したことのない別の誰かか。


 ………とりあえず、見つけ次第殺すくらいしか対処のしようがないよな。

 これだから受け身って嫌なんだよ。


 ビチョビチョのまま考え事をしていたことに気づき、服を脱いで微力ながらも風魔法でパタパタと乾かす。

 酒の匂い取れたかな?



 八時ごろ。広間でゆっくり柔軟をする。


「おはよー」


「あぁ、留美起きてたん」


「うん」


 ゆっくりゆっくり身体に意識を向けながら、心を静寂にしていく。


 いつの間にか、三人とも広間に集まっていた。

 雷は武器の手入れを、パパは無酸素運動を、ママは家の掃除をしている。特に昨日のことは聞かれへんみたいやな。

 留美は気にしてるのは自分だけかと結論づけ、水を飲みながら立ち上がる。


「そういえば、誰か監視される覚えある?」


「監視?」


 見覚えがあるのか、ないのか。雷が手を止めて顔を上げる。ママとパパも動きを止めて私の話を聞くようだ。

 やっぱ怖いよな。

 注目が集まったところで、今日の朝にあったことを話し出す。


「なんか、井戸に虫がいた」


「虫なんかその辺にいっぱいいるやろ」


「テイムされてる虫以外に見たことある?」


「……あー、確かにないかも」


「ほんまやね。これだけ草木が豊富やのに、蟻一匹、蚊一匹見てへんわ」


 視線を動かす。

 誰も身に覚えがないってことやろか。やっぱり留美なんかな……。留美なんかもしれん。いやでも、確定はしてないわけで。

 虫ってのと監視ってので、ダブルで気持ち悪いなぁ。



「とりあえず少しの間、狩りは休む?」


「いやいや、早く東に行った方がいいって!」


 戦いたいとかそんなんじゃなさそう。変な焦りを見せる雷を不思議に思う。


「そんなに焦らんでもいいやろ」


「焦らなあかんのや! 時間は有限やし、そんなに長く……」


 そんなに長く? なに?

 私たちに見つめられるも、雷の勢いがしぼんでいく。

 これだけ真剣に言ってるんやから、なんかあるんやろうけど。……あぁ、また話せない理由があるやつ? 誰やその制約つけてるやつは。

 私は眉を顰める。


 でもやっぱ焦るんは良くない。長く外に出るなら尚更に休息は必要や。

 東へ行くという目標はあれど、どこまで進むのか、今のところ不明なんやし。

 食料の問題もある。地形とか地図の問題もある。進めるんかっていう問題もある。敵の情報も情報を集めないと。


「じゃぁ、五日くらい休んだら東に行くか。近々あの紙と鬼の大量虐殺があるし、それに巻き込まれるのはごめんや」


「言い方言い方」


 やっぱそう思うよな。

 今の情報を聞いて何か思ったのか、パパが留美を凝視しながら口を開く。


「留美、一人で参加したりするなよ」


「え? 参加するわけないやん」


「ならいい」


「じゃぁ五日やな! 俺スキル覚えに行ってくる!」


 慌しく出ていく弟を見送る。

 なにそんなに焦ってんのやろう。変なの。


「全く、ご飯も食べんで……」


「んじゃ、留美達もご飯食べてからスキル覚えに行こ。どうせまた何日かかかるんや」


「スキルか……なに覚えよう」


 食パンにバターと砂糖を振ってから、パパに焼いてもらって食べた。砂糖バターパンうまい。

 カリカリの食パンに乗っけた砂糖が甘くて、バターの甘い香りも美味しいのなんのって。



 さぁー、新しいスキル覚えにいくぞー!


 あ。忘れてたことを思い出してしまった……。もう九時過ぎてるやろなぁ。雷も絶対取りに行ってへんし、ママとパパも行く様子なかったからな。

 仕方ない。謝ろう。


 輝く太陽の昇る快晴の空を見上げてから、私はギルドへ足を進め出す。

 そういえば、あの人の名前忘れた。……顔も忘れた。やばーい。



 ギルド。


「いらっしゃい」


「こんにちは〜」


 クリスティーナさんに一声返してから、時計をチラッと見る。

 針は九時三十分を回ったくらいを指していた。


 私はご飯を食べている人間達を眺める。みんな似たように見えるけど、どうなんやろう。いない…………か? まぁ、今回は縁がなかったと言うことで。

 そう自分に言い訳をして、ギルドから出るドアに手をかけようとして固まる。


 バタンッ!!


 いきなり開いたドアから突っ込んでこられても困ると、通路を開ける。男は私にびっくりしたのか足を止めた。

 見上げた顔にどことなく見覚えがあるような……。


「あ。すまないっ。はぁはぁ……遅くなった……」


 あ、こいつや。

 朧げな約束相手が、息を荒くして入ってきたようだ。


「大丈夫ですか?」


「……ああ」


 相手はすごく焦っているようだった。まぁ、普通に見れば三十分以上遅刻やしな。

 私は彼の後ろを覗くような仕草をする。

 スキルでわかってはいたけれど、来たんはこの人だけらしい。……確かリーダー(仮)をしてた人。一番礼儀正しい人やったはず……。


 とりあえず中に入って、座るように促すことにした。




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