第300話 鬼の剣と酒のつまみになる話
「なあ、お前さんの一番壊されたくないものってなんだ?」
物騒な話題に変えて来やがったなぁ。
コンッ! とコップを机に音を立てて置く。内部情報暴露は留美の知ったこっちゃないけど、それで勧誘からの、この問いかけはマジで人の神経逆撫でてるとしか思えへん。
「言えないのか?」
「言うわけないじゃないですか。ばーか」
留美が苛立ってるのわかってて言ってるな? 断るようなことを続けんといてほしいねんけど。
ダルクスさんって相手の弱点に容赦ない人やろ。
彼は答えず、席を立つ。お酒のおかわりを頼みに行ったようだ。その様子をじーっと見ながら、鬼の剣っぽい人たちを数人当たりをつけた。
「壊されたくないものを聞いたのはただの酒のつまみだよ。俺が容赦ないのは敵に対してだけだから」
その敵に留美が入らないという保証がないから言ってんの。
トントンと足を揺らして、机を蹴る。
「まぁ、こっちに来て大切になるものって言ったら、仲間くらいだよな」
「……もし何かしたら、死なない程度に切り刻んで、最果ての滝へ捨てますよ」
「怖いこと言わないでくれよ」
「そういうおじさんが壊されたくないものは?」
ダルクスさんはおかわりのお酒に口をつけず、ジッとコップの中身を見ている。
正直、この人の壊されたくないものなんてどうでもいいし。弱点なんて知りたくもない。
でも、それじゃぁフェアじゃないだろ。
キラさんから聞いて知ってるなら、私にも教えろ。
まぁ一番身近で言えば。アリスさんを壊せば、怒らせられるのは確実やろうけど。
でも絶対これやったら確実に鬼も怒るんよな。
鬼の剣とかいう組織と敵対するメリットはないし、むしろデメリットしかないわけで。留美もこっちから危害を加える気はないから…………、うん。アリスさんと仲良くしとこ。
おじさんから視線を外して、おつまみに手を伸ばす。
ひとりで沈黙を楽しんでいると、ダルクスさんがぽつりと話し出した。
「おじさんはねぇ、故郷を二度と壊されたくないんだ」
「……故郷?」
まさか、おじさんも迷い人? ここはどっちとも取れる問いかけをだな……。
「その言い方だと、一度壊されたんですか?」
「ふざけた理由でな。その時に復讐してやると誓ったんだ。幸運な事にそのための強さも手に入れた。……そして、決行すると決めた夜。復讐を果たした後に鬼に助けられたんだ。バカな俺はその後なにも考えてなくてな。ハハッ」
普通にこっちやったぁ。
てか、一人で復讐成し遂げたんや。すごいな。拍手送りたいくらい。
そんでそれが、おじさんの腐敗に立ち向かうきっかけってわけな。くぅっ〜、いい話…………ではないけど、良い出会いっ。
「ほんと、強引な人だったよ」
少し酔って来たのか、ダルクスおじさんが笑った。
そこで死ぬ覚悟だったんなら、潔く死ねばよかったのに。…………これは言ったらあかん事やな。
ちょっとだけ水の残るコップをくるくる回す。
「感謝してるんですね」
「もちろんだ。あの人がいなくちゃ俺はここにいないからな」
「ダルクスさんの故郷、今あるんですか?」
「なんとか、復活していたよ。もうあんなことが起こらないように、俺は剣に所属してんだ」
くだらない。……くだらない? なんで? ダルクスさんすごいよな。
守るために行動出来ていて。やってることは殺しだ。守るための殺しは必要。助けるためのこと。その正義は正しいのか。
ごちゃごちゃうるっさいっ!!
ゴンッと机に頭を打ち付ける。
「お、おい。大丈夫か?」
「…………大丈夫です」
ジンジンする額を抑えて、眉を寄せる。
頭の中の言葉が消えてくれない。
鬼の盾や剣の行動で、この町は確実に変わってきてる。昼間にちょっとずつだけど、意識が変わってきているのを感じた。
この人の故郷もきっとそう。だから、きっと、この人のやってることは良いことだ。私に被害がない限りはそれでいい。
光は闇を照らし、闇はより深く。
上手いことバランス作って、世界の均衡を保ってくれればいい。
「じゃぁ。その故郷とアリスさんなら、どっちが大切? なんて……」
「アリスだな」
即答。
やっぱり一番じゃないよね。
「まぁ、仕事は頑張って下さい。アリスさんの求める世界が鬼の思想なら、私にとっても悪い世界じゃなさそうです。……より良い世界になるのはいいことですし。応援だけしてますよ」
「おじさんの弱みも言ったんだ。お嬢ちゃんも言ってくれよ」
は? 冗談。今のどこが弱みなんさ。おじさんの故郷とアリスさんが大切。っていうことしか言ってないやん。
てか知ってるやろ、留美が家族が大事やって。
あ、でも留美も別に本当のことを言う必要もないんか。なんか二番目、三番目……十番目くらいの……。
「留美。対等にやろうぜ?」
ピンと空気が張り詰める。
気のせいかもしれないけど、私はそう感じた。
くっそ。やっぱムカつく。急に声のトーン変えんなよ……。
一瞬気圧されたことに、苛立ちが湧いてくる。
壊されたくないもの……。
家。借りてるだけやし、勝手に入られるとムカつくけど、そんなに執着はない。
知り合い。別に切り捨てられる。
能力。失うと生きていけないけど、弱みじゃない。
ポーチ。取られると、殺意湧くけど、弱みってほどでもない。
…………。浮かばん!
こっち来て、二ヶ月経ってないんやで? 弱みとか言われても困るわ。自己分析とか苦手やねん……。
んー、嘘でも家族以外に大切にしているものが見つからん。
もしこの人が敵になったら、留美に守れるやろうか。
ぷくーっと片頬を膨らませながら、チラッと下を見て、足を蹴る。
「お前なぁ……」
「これだから酒に酔ったおじさんは嫌なんですよ」
「酒に酔ったおじさんになら話せるだろぉ」
「わかってて聞いてくる趣味の悪いおじさんは嫌われますよ」
「いやいや、外れてるかもしれないだろ?」
うっざ!
ニヤニヤしているダルクスおじさんむかつく!
「この世界に来て間もない私が大切にするものって言ったら、わかりますよね」
「……なんで頑なにいいたくないんだ?」
「そんなのフラグ立てるみたいで、嫌じゃないですか」
「ふらぐ?」
キョトンとしたダルクスさんを見て考える。
ダルクスさんは迷い人じゃないから、この表現伝わらんのか。何て説明すればいいんや。とりあえず何か言わないと。
「……言葉にしたことが現実に起こるように引き寄せられる、みたいな感じです」
「そんな力があるのか?」
「いいえ、これは現象です」
「よくわからないな。でも言わないのも一周回ってふらぐってのじゃないのか?」
鋭い。
「そうなんですよね。そこなんですよ。言わないのは言わないので逆に。ってのもあるから嫌ですよね」
「いや俺に言われてもなぁ」
「あれでもおじさんに言ったところで、どうフラグが立つんでしょう?」
「いや知らないし」
ま、いっか。
留美は中途半端に思考を放棄した。
「……私の一番失いたくないのは今の仲間です。確実に私の弱みであり、強みでもあります」
「仲間ねぇ。自分の命とお前の仲間が天秤にかかったら、どっちを優先する?」
さっきの仕返しのつもりか?
私はフェアじゃないと自分に言い聞かせて答える。
「仲間」
「ハハッ、お嬢ちゃんはいい子ちゃんぶりたいらしい」
ダルクスさんが大げさに笑ってみせては椅子をガタガタさせる。そして、お酒を一口飲んだ。
その行動に、私は今一度机の下で蹴りを食らわせる。
向こうからは蹴りが飛んでくることはなく、私が子供っぽいのだと見せつけられるようでまたイライラする。なんなら、イライラしてる自分にもイライラする。嫌な悪循環だ。
落ち着けーと心の中で言い。イライラを止めるために、水に口をつける。
うぇ……なにこれ苦い……。
でも。何かで蓋をしないと、悪態をつきそうだ。
落ち着いてきたところで、お酒をゴクゴクと飲んでいるダルクスさんに言い返す。
「別に、本当のことを言っただけ」
「そりゃ、死に直面したことがないから言えることだろうよ」
「死に直面したことなら……、三回くらいあります」
「またまた冗談を」
冗談だったらどんなに良かったか。ポーションがなかったら、留美たちとっくに死んでる。
私はスキルのありがたみをしみじみと感じながら、麻痺してきた頭でぼんやりと言う。
「……ね。ほんと。仲間も危ない時が二回くらいありましたし……。私も何回か死にかけた。……意外と苦労もしてるんです」
「こっち来て間もないっていう割には、大変な目にあってるのな」
私は指を撫でる。
「一に仲間、二に自分、三に力、四に友人、五に知ってる人。大切に思ってる順ってこんな感じかも。……言っときますけど、ダルクスさんはこの中に入ってないから。アリスさんはギリギリ知り合いに入ってるかな? どうだろう。どうでもいい人と、知り合いの境界線ってちょっと曖昧なんですよね……。まぁ、どっちも切り捨てられるからどうでもいいですかね……。仲良くなっても、みんなどうせ……………………ころしたい」
コンと机に置かれたお酒に目がいく。
あれ。……いま留美寝てたかもしれん。ヤバいヤバい……。
涎が垂れていないことを、拭って確認する。
「性根が腐ってるな」
「は?」
私の圧に、ダルクスさんはなにも言ってませんけど、みたいな顔で素っ気なく返してくる。
「まぁ、人それぞれだな」
「……やっぱりダルクスさん嫌い」
「俺は好きだぜ」
グイッと酒を煽る酒臭いおじさんが、また追加のお酒を注文した。
それからはお酒が回って来たのか、ダルクスさんが一方的に話し始め、話が終わる頃には朝になっきてたのが朧げに……。というか、しんどくていつの間にかその場で寝てた。
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