第298話 鬼の盾と剣と酒
ふぅ……。
酔っぱらいのおじさん達が、ゴロツキに絡まれずに無事家に帰れることを祈りながら、コップを手に取った。
奢りって素晴らしい。
うるさいギルド内を眺めて、くるくると手の内で冷たい果汁ジュースのコップを回す。お酒のつまみをもぐもぐして。
ゴクンとあまり飲んだことのない果実ジュースを堪能する。すると、一人になるのを待っていたとばかりに近づいてくる人物がいた。
さて。留美も帰ろうかな。
空になったコップを置いて立ち上がる。
「よっ」
「…………こんにちは。さようなら」
手を上げたおじさんに、ペコっとお辞儀をして去る。
「待った待った!」
「なに」
話しかけてきたのは、鬼の盾に所属しているアリスさんのストーカーで、鬼の剣に所属している強いおじさんだった。
私は思い切り顔を
「なんかおじさんに冷たくないか?」
いきなり襲いかかって来たくせによく言いうわ。冷たい理由は、自分の胸に手を当てて聞いてみぃ。
チラッとおじさんが視線を向けるから、私もそちらへ目を向ける。
壁際の席でアリスさんが座っていた。状況からして、二人でお酒を飲んでいたようだ。
「二人でお酒ですか?」
「ああ、遠目で見ても顔を真っ赤にしてりゃわかるか。ちょっと酒に付き合ってくれないか」
また付け回されるのは面倒臭い。
「……私お酒飲めませんけど」
「いいさ、おじさん達の愚痴に付き合ってくれや」
「仕方ないですね。今は気分がいいので付き合いますよ」
そう言って、酔っているアリスさんの席へと移動する。
私が鬼の盾と知り合いなのを見て、ギョッと目を見開いている人物がチラホラ居るのは何故だろう。
喧嘩売られてるのかな?
コツコツ。なんとなく、前を歩くおじさんの靴を蹴る。
「いてっ」
……うーん、最近問題起こしたところを見られてたとか?
「なんで蹴ったんだよ……」
行く先である、お酒を飲んで真っ赤になったアリスさんの顔を見ていると、少し前の、私がお酒を飲んだ時の醜態を思い出す。
またあの状態になったらと思うと、顔から火が出る思いだ。
あー、恥ずかしい。お酒に飲まれて自制心なくなるとか、ほんま…………くぅっ……。
席に着くと、アリスさんがポロポロと涙をこぼし始める。
え、なになに。
「るぅーみー。わたしはっ、わたしはー。このまま鬼の盾にいてもいいのだろうか〜?」
座ろうとしたところを、アリスさんにガッツリ服を掴まれて動けない。
変な体勢のせいで腰がっ。あっ、離れた。
「……急にどうしたんです?」
「この前も迷惑かけたしぃー。あの後も余計なお世話とか、さっさと出ていけとか言われるんだよぉー!」
ダンッ! と酒の入ったコップが机に打ち付けられる。
顔を真っ赤にして泣いている姿は、か弱い女性のようだった。それに、周りに気を遣わない分、普段より少し色気を感じる。
そんなアリスさんにときめいてしまう私って、変だろうか。
ストーカーのおじさんが椅子に座って、追加で頼んでいたであろう酒を煽る。私の前にも酒が置かれた。そしてアリスさんの前には水が。
「私だってー、みんながしあわせに、笑って過ごせたらぁ。私らって、精一杯やってるのにぃ〜……」
「だ、大丈夫ですよ。アリスさんに感謝してる人もたくさんいますから。一生懸命なのは、伝わる人にはちゃんと伝わってます。ほ、ほら、……人ってたくさんいるから、反対派はどこにでもいるっていうか……」
うわぁー。さっきの酔っぱらいおじさんより面倒くさい事になってる。アリスさんも相手をさせるために呼んだわけじゃないよね?
『助けて』とおじさんに視線を向けると逸らされた。そして、私の前にあったお酒に手を伸ばすとグイッと飲み干す。
おぉ。お酒に強い。
私はなにを言っているかわからないアリスさんの話にうんうん頷きながら、目の前に置かれた水を飲む。
すっぱぁっ!? …………これが俗に言うレモン水やろうか。柑橘系の水すっぱ……。
私の反応を見ていたストーカーのおじさんがクククッと笑う。彼をキッと睨むと、また視線を逸らしながら酒を煽っていた。
そういえば、この人の名前知らんな。
そんなことを思っていると、アリスさんが椅子ごと近づいて来る。
「なぁ、お前は、私のやっていることは正しいと思うか?」
「……さぁ。どうでしょうね」
くるくると回していた冷たいグラスをぎゅっと握る。
答えるのが怖い。どうせ酔ってるから記憶に残らないとは思うけど。
人の善行に、褒める言葉以外を言いたくない。確実に助かってる人はいるわけで、でも正義感強すぎてうざいってのもある……。
「間違って、いるのだろうか……」
「ぁ、…………アリスさんはそのままでいいと思いますよ。それを貫いていける人はきっと少ないから。アリスさんがそのままでいてくれたら、私はいいなと思います」
「そう、か……。私はこのままで……」
ガタッ!
アリスさんがいきなり机にぶっ倒れた。
「っ!? だいじょ――」
「すぅ……」
「…………」
眠っているのだと気づいていなかったら、慌てて叫んでいたところだ。恥ずかしいことになっていたかもしれないと思うと、心臓が大きく鳴る。
眠りについているはずのアリスさんは、まだブツブツ言っていた。
聴こうと思えば聴けるが、これ以上は無粋だろう。
ふむ。
おじさんがお酒を手から離して、酔い潰れたアリスさんをなで撫でる。その姿は父親のようだ。
…………ここに変態がいます! と突き出さなくてもいいんだよね? 二人で飲んでるってことは、アリスさんもおじさんに気を許してる……はず。よね? たぶん。
その時。周りの音が消えて、内緒話モードになった。
たぶんおじさんがやったわけじゃない、他の誰かが魔法を使ったのだ。いつ合図したのか謎やけど、今は敵意を向けられてるとか、そんな感じはないから過剰反応はせず静観する。
でもやっぱり一度襲われた身としては、警戒をしてしまうもので。私はちょっと酸っぱい水を持ちながら。辺りに目を巡らせた。
「この前のことを謝りたい。すまなかった」
おじさんは私の警戒した面持ちに苦笑しながら、ゆっくりと話し出す。
「……この前のこと?」
「あの、襲っちまった時のことだ」
「あぁ」
アリスさんを見守っていた時に、いきなり襲われた記憶はまだ新しい。
納得したように頷くと、おじさんは話を続ける。
「お前、最近来たばっかの迷い人なんだってな」
最近といえば最近だけど。
二ヶ月は経ってない。五十日とかそんなところか。
「それが何か?」
「人違いをしてしまって、本当にすまなかった」
人違い……!?
頭を下げるおじさんの声は真剣だった。引き攣った口元を戻しつつ、私はおじさんの話に耳を傾ける。
話を聞いていると、どうやらタイミングが悪く、別の組織の人間だと間違われたらしい。全く迷惑な話だ。
キラさんが鬼の盾よりも先に、「鬼の剣と知り合いになってるとは」といったのは、そういうことを察しての発言だったとか。
え、キラさんすご。
「あの後、色々と情報交換をしたよ。おじさんがキラ殿と知り合いじゃなかったら、危なかったなぁ」
「それはどうも」
「お前あの後すぐ出て行ったろ。おかげで疑いが深くなって、独断専行しそうなやつまで出てくるし、おじさん頑張った頑張った」
「ありがとうございます」
私はなにが危ないのか良くわからなくて。
角を立てないように、受け身に徹することにした。
おじさんも話し方がずいぶん軽くなってきていて、お酒に飲まれかかってるんじゃないかと思う。
緊張を誤魔化すためのお酒って、一番あかんやつやったような……。
「ここだけの話、アリスは王族の血を引いた人間だ」
「へー。王族なんですか。また大変そうな
そんな重要そうな秘密ぽろっと言わないで。ここだけの話とかいらんから! それ周囲に広げてしまうフリと化してるから! いや誰にも言わんけど。
王族といえばアルさん。
ん? アリスさんとアルさん全然似てない。
似てるのは髪の色とか、瞳とか? 金髪金眼にも、いろんな色味があっていいよなぁ。
似てないということは一夫多妻な可能性……。この世界ならあり得るのか? 王様何人と結婚してんのやろ? 留美は不倫許さん派やで。他人の不倫はどうでもいいけど、自分になった瞬間に殺意が湧き起こる……か、バイバーイってしてから、五年くらいかけてでも、相手を地獄に引き摺り落としたるわ。
ま。ただ単に、母親似か父親似かって言う違いなだけな可能性もあるしな。
秘密事項を勘ぐってもいいことはない。……うぉおおおおっ! 知らん知らん、留美は何も知らんぞ!
内心荒れているとは悟られぬよう、話を受け流す表情のままコップを傾ける。
沈黙したおじさんが、いつまで沈黙するのか。
チラッと視線を上げる。
「聞いてはいたが、本当に態度を変えないんだな」
コツンと手に持ったコップを置く。
これ、情報源キラさんやろ。
「…………迷い人はそういう王族とか、身分の感覚が薄いんですよ。良くわからない。その人自身の血がすごいわけでもなんでもないのに、なんで偉ぶれるのか不思議でなりません。それだけの責務を負っているのなら、納得できますけど。そもそもアリスさんって、そういうこと気にする人じゃなさそうですし、逆に気にする方が不愉快なんじゃないかと」
おじさんは留美の発言をじっくりと咀嚼した後、酒を一杯口に入れる。
何か緊張している? それとも考えている?
私は探るように目を細めて、おじさんを伺う。
「……私に、態度変えて欲しいですか」
「全然」
じゃぁなにを考えてるんや。
心読みたいような、読みたくないような……。なにも考えてない可能性もあるのがまたなんとも……。
カランッと高級な氷が音を立てる。
「やっぱりお前って、信用ならない奴だよな」
ん? 何で? 留美変なこと言った?
どこに好感度下がる言葉があった? 誰かログでここやって教えてくれ!
「……お互い様です」
私はそう返すので精一杯だった。
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