第128話 落ちた



 魔術師のルルフェさんが、コツンと杖を地面に打ち付ける。

 冷静に呟いた彼女の声は、一旦攻撃を中止するだけの力は持っていた。それでもクロノさんは訝しげな様子で、ナイフを私に向けながら睨む。



「お前も見ただろ、そいつがセルジオにナイフを振り上げてるところを」


「振り上げてない。そもそも反対向いてたし。罠の鉄槍を弾いてた」


 負けずとルルフェさんも言い返す。クロノさんも、もう一度否定しようと口を開きかけた時、カリンさんが前に出てきながら、強い口調で言う。


「そんなはずないわ! セルジオに向かって、振り下ろしてるのを見たもの!」



 留美の信用度低っ。

 さっきまでわいわいしてたのに。留美の信用度低っ! いやうん、分かってたけど。うん、ちょっと悲しい。


「それならなぜ俺は無事なんだ? オルグが剣を振った場所に俺を置いていくだけでも、俺は瀕死の状態になったはずだ。逆に、お前たちに殺されそうになったとすら感じている」


「そんなことは……」



 なんだか揉め始めたので、私は関係ないとばかりにナイフをしまう。

 いや、分かってるよ留美を中心に言い合ってるのは。でも私が何を言ったって信じてくれないし、何を言っても無駄。なら、少し離れるしかないだろう。


 罠を踏まないように、地面に刺さる鉄槍を抜く。


 私の行動に皆が注目しているのがわかった。

 無視だ無視。反応したら負けな気がする。



 私は自分より長い鉄槍をポーチに入れた。考えれば何か遊べる気がする。遊べなくても鉄の棒ってだけで、もう材料にできそうだ。

 まだ鍛冶屋をよく知らないけど、武器を作るってなった時に、鉄を持ってこいって材料求められるかもしれんし。もちろん当分は店舗品でいいと思う。でもやっぱオーダーしてメイドして欲しいやん。自分専用……なんていい響きなんや。

 誰かのお下がりじゃないのが欲しいっ。


 うへへ……。


 まだ見ぬ自分の武器を思い浮かべて、地面のスイッチ全部押していったろうかと考える。


 私はゲームだったらスイッチがあったら全部押していく派だし、罠があったら全部にはまって行ってみたい派である。

 もしかしたら、なんかあるかもしれん。もしかしたら、違う演出があるかもしれん。おもろいやろー!


 でも今が現実であるって言うのがネックやな。

 死んだら終わりって慎重にならざるを得ない。難しい……。もう一個難しいのが、命の危険がない時に死にたいって思うことかな。矛盾が辛いッ。

 いま踏み抜いて脳みそぶちまけたろか!


 誰も得しないと頭を振る。



 なんだか荒上げる声が収まったようだ。

 彼らの方へ戻っていくと、呆れたような視線が送られてきた。


 なんか変なことしてしまったやろうか。

 少し怯えるように、彼らを伺う。



 見かけの幼い魔術師のルルフェさんが宝石のついた短い槍を撫でると、無表情ながら話し出す。


「ルルの推測からすると、疑うのがスイッチ。疑えば疑うほど、そう見える。もともと、殺し合わせるための場所。罠が感じれることは予想外で、お互いを疑いだらけのパーティーがくれば、罠は見えない。だから誰かの斬撃か、攻撃に見える仕掛け。惑わす者がいるという事と、さっきの三人の言動から考えてみた」



 彼らが目を見張って沈黙する間、私も目を見張る。


 なんか、ルルフェさんめっちゃ頭良さそう!

 ほんまにあってるなら、疑ってない人が三人もいたことに、感激しちゃう。


 そういえば。最初からこのダンジョン(?)はそういうテーマのようにも思える。

 人と人を殺し合わせるような。……化け物もいたけど、どっちかって言うと仲間に化けて疑心暗鬼にさせたり、同士討ちさせたり。今回のこともその延長線上だと思えば、ちゃんと一貫性があるのかも……?


 キョロキョロとあたりを見渡す。かっこいい魔法陣は何処に!?


 そんな留美のテンションは気にされることなく、ルルフェさんが静かに問いかける。


「三人は疑ってた?」



 最初に口を開いたのはクロノさんだった。


「そうかもしれない」

「すまん」

「わ、私は疑ってなんか……」


 慌てて否定しているが、最初からこの人は留美のことを疑ってた。確実に嘘だろう。

 先ほど私を助けてくれた、セルジオさんがまた頭を下げた。そう何度も深く頭を下げられると、ありがたみが薄れる。


「すまない」


 まぁ、本気の声色だから、ちゃんと許さないと。


「私の言ったことにすぐ従おうとしなかった事ですか? それとも、三人が疑ってたことですか?」

「疑ってた方だ」


 ま、そうだよね。

 両手を合わせてにっこりと笑ってやる。


「あはは、別にいいですよ。むしろ三人も私を疑ってなかったことに感激してます」

「嘘はよせ。目が、笑ってない」


 いや、本当なんだけどなぁ。

 もう油断しまいと思ったのは確かなんだけど、それが表情に……目に出ちゃったとか?



「留美さん、お怪我はありませんか?」


 私を疑っていなかった一人の、ユリアさんが気遣ってくれる。クリレックは皆んな優しい性格して……ない人もいるね。

 心の底から心配していることに、私は感心する。


 お人好しオーラが漂ってるみたい。


「セルジオさんに助けてもらったので、大丈夫です」

「よかった。でも一応ヒールしますね。癒しの光」


 暖かな光が私を包み込む。全体を包み込んだ光の粒は、私の傷がある場所へと集まっていく。

 ユリアさんの引き上げようとした手が止まった。


「……悪い」


 急なクロノさんからの謝罪にハテナを浮かべる。

 そして、再び「癒しの光」と唱えたユリアさんが、お腹に追加『ヒール』をしてくれた。



「終わったよ」

「ありがとうございます」


 私はあたりを見渡す。


「罠の位置わかるので、この部屋出るまで後ろ付いて来てもらっていいですか。もう襲われたくないので」


「あ、ああ」


 差し出されたランプを受け取る。

 ガコン


「やだ踏んじゃった!」


 キョロキョロするカリンさんに私は助言する。


「みんな動かない方がいいです」


 ジャキンと私とルルフェさんの両側にギロチンが落ちてきた。

 ターゲットは自分ではなかったのに、彼女は腰を抜かしてしまったようで、顔を青くしてへたり込んだ。


「だいじょ――」


 駆け寄ろうとしたクロノさんが踏み抜く。

 ガコン。


「っ! なっうわっ!? 動けねぇッ。なんだこのネバネバ!」


「クロノ!」

「お前ら動くな!」


 カチッ。

 クロノさんを助けようと動いたオルグさん。それをセルジオさんが静止をかけるが、一歩遅かった。


「オルグさん右から振り子の刃が来ますよ」

「うわぁっ!?」


 オルグは飛び退くことで振り子を避けた。深い深いため息をつきたい気持ちで、彼らを見やる。


「皆さん、勝手に動くのやめてくれませんか」


「すまない」

「ごめんなさい」

「罠多過ぎ」


「とりあえずユリアさんはセルジオさんの方へ行ってください。オルグさんは一ブロック下がって、右へ三個。それからセルジオさんの方へ一直線に行ってください。カリンさんは右のギロチンを乗り越えて、クロノさんの方へ」


 なんて指示しながら、一列になった。

 どこかのレトロなゲームが思い浮かぶ。


 何度か面倒くさくなって置いて行こうかと頭に掠めたが、私は人に優しくありたいから頑張るのだ。


「私が踏んだマス目についてきてくださいね」



 *


 部屋を抜けると、複数の分かれ道になっていた。

 そして、迷路のようになっている分かれ道の一つを選ぶ。本当にいやらしい場所だ。


「ここからは罠はありません。……たぶん」


「助かったよ」

「本当、留美ちゃんがいなかったらどうなってたことか」

「ありがとう」


「……いえでは私はこれで。ここで皆さんとはお別れです」


「なんでだ?」


 なんで? さっきテメェが部屋でしたこと思い返してみろや。

 空気が読めないオルグさんの発言のせいで、かなりイラっときていた。


「私のこと、攻撃するくらいには疑ってるみたいですから。貴方達のチームワークを壊してしまいます。なら、ちょうどここ分かれ道出すし、別れましょう。ここまで言ってもわからないなら、てめぇの頭にナイフぶっ刺すぞ」


 よし! 全部平常心で言えた。

 ちょっと最後の方は口が悪くなってたかもだけど、普通の声で言えたと思う。留美えらい。


 こっちかな〜。

 ランプを返して私は呑気に歩き出す。何か起こるにしても、両手空いてる方が対処しやすいからだ。


「待ってくれ!」


「はい?」


 セルジオさんに止められたので、振り向く。

 ここで止められたのが、クロノさんとか、オルグさんとか、カリンさんだったら、止まらないけどね。


「さっきは本当にありがとう。留美がいなかったら、俺たちは罠にやられてたところだった」



「……いいえ、あなたが無事でよかったです」


 あー。ここ笑うところや留美。何、平常心で言っちゃってんのさ。失敗した。これ怒ってるとか話しかけんな。みたいに取られてないよな?

 そんな私の心を知ってか、いや、知らないだろうけど、セルジオさんは笑顔を浮かべてくれる。


 ハッ、今ものすごい敵意を感じた!?


 ユリア……さん? あぁ、もしかして、セルジオさんと恋人関係やから? そんで、嫉妬? それか恋敵認定された? セルジオさんがちょっと笑っただけで? 怖っ。

 面倒くさいことになりそうだったから、早々に去ることにする。


「ではまた会いまっ…ひゃぁ!! ――」



 進もうとした足元が抜けた。


 無かったはずの落とし穴が、いきなり私の足元に音も立てず現れたのだ。そこに『シャドウステップ』も『シャドウワープ』も使う間もなく、落ちていく。


 落ちてしまった時には、まともな思考などできなくなってしまうもの。

 一瞬で遠のいた光が、闇に飲まれていく。



「留美!?」

「留美さん!!」

「生きてるなら返事しろ!」

「おいおい、いきなり地面が抜けたぞ。あんな罠ありかよ!?」

「深いわ、底も見えないみたいね」

「あの子のスキルでも見破れない罠があるなんて」

「見破れないって言うか、足元で穴が急に現れたよな?」


 闇に閉ざされた穴がどこまで深いのか見当もつかない。クロノさんが「当たったらすまん」と石を投げ入れる。

 数十秒後。


「…………音が帰ってこない」

「この先ルルたちは進むべきじゃないと思う。おそらく、新しく現れた類の罠」

「新しく?」

「カリンの『キィちゃん』たちがまともに動けない理由は、惑わす者がいるから。だから、何が怒っても不思議じゃない」

「さっきも言ってたな。惑わす者について」

「少し、休憩にしよう」



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