第127話 ギミックえぐい
通路から大きめの部屋にでた。
先頭に立つセルジオさんが拾ったランプを前に出す。
見る限り、暗い闇ばかりだ。おそらく、あの鬼火のように微かな光がある場所が、通路につながる道なのだろう。
どう考えても何かある。
この広い場所を見れば、ボスイベントが濃厚か?
嫌な予感をひしひしと感じながら進む。あれ以来、人にも、化け物にも会わなかったが、私たちは警戒しながら歩く。
違和感を感じて、空気のある空間内だけではなく、わざわざタイル状になっている地面や壁なんかをよく見た。
どうやらこのエリアは罠がいっぱいあるようだ。そう断言できるのは、小なり大なり、壁とか地面とかに空間が存在しているからである。
スキルで見た感じでも、音が反響していたり。降って来そうな鋭いモノが設置されているようだし。
ここで強い敵が出てきたら…………罠でボスを倒そうっ! かな。
カチッ……。
「いたっぁあ!」
「オルグうるさいわよ、って……大丈夫!?」
声をあげたオルグの肩には、矢が刺さっていた。カリンは驚いて辺りを見回すが、誰の姿も見えない。
「抜くね」
「おう」
ユリアさんは顔を歪めながら『ヒール』をかける。彼女は血が嫌いなのだろう。
うん。こう言うのが普通の反応だよね。………まぁ、違う人もいるし。
セルジオさんが周囲を見渡す。
「どこから来たのか分かるか?」
「すまない。俺も気づかなかった」
もしも敵がいるのならば、罠を消費することは攻撃手段を失うことに直結するのでは? それはいかん。
セルジオさんの疑問に答えるように、ピンッっと手をあげる。
「多分わかります。えと……、普通に罠みたいです。オルグさんが罠のあるところを踏み抜いたので、矢が飛び出して来たんだと思います」
「そんなことまで分かるのか」
「もうこいつ仲間に入れようぜ?」
「せっかくのお誘いですけど、お断りしますね」
全く仲間になる気はないという言う思いを込めて笑う。
確かに気のいい人たちだとは思うけど、仲間になるのはどう考えても無理だ。
クロノさんが食い下がってくる。
「なんでだよ、今組んでる仲間ってのは、前に会った時にいた奴らだろ?」
「そうですよ」
「足手まといはさっさと捨てちまった方がいいぞ」
「あはは、クロノさん冗談きついですよ」
……我慢我慢。留美の仲間のすごいところ知らんからそんなん言えんのや。
留美今ちゃんと笑えてるよな? 目だけ笑ってなかったりせえへん? 殺気とか敵意とか、漏れ出てない? 大丈夫そう。
クロノさんは困ったような顔をして否定する。
「いや、冗談じゃないんだけど」
「なら、なおさらタチが悪いですよ。私が今の仲間以外に組むわけないじゃないですか。もぅ、クロノさんの秘密でもバラしちゃいますよー? 全く、敵意が湧きそうなくらいムカつきます」
「………クロノの秘密はともかく、敵意はやめろ。マジでぎくしゃくするから」
セルジオさんが真剣に言ってくるので、私は冗談に置き換えることにした。
もうすでに、ぎくしゃくしかけているけど、今からでも修正効きますかね?
「うふふ、冗談ですよ」
口元を隠して微笑む。
悪いの留美? 留美はちゃんと我慢したよ? なのに悪いの?
無神経な言葉使って来たのアイツなのに? 留美が悪いの? クロノさんは悪くないの? でも、最後の言葉はダメだ。敵意が湧いちゃうって、直球に敵になるって言ってるようなもんやし。
いま敵になられたら、さすがに逃げ切れるかどうか……。
「まぁまぁ、そうピリつく――」
ガコンッ。
今なんか起動した?
何か私を見て話しているオルグさんを見上げる。
「オルグさん、気をつけた方がいいですよ」
「へ? ……うおぉわ!?」
ブンッ!!
少し前に発動した仕掛けが今発動したらしい。なんていやらしい時間差だ。
振り子のように向かってきたのは、扇子のような形をした刃物だった。大きさからして、人の半分くらいはパカンと切り裂いていきそう。
それか、……刃先にひっかかった人間が刃物に刺さったまま、壁にまでぶっ飛ばされたり、どっかいっちゃう可能性もあるかも?
あぁえぐいっ。鳥肌がッ。
カチャッ。
え? お前まじか?
ギミックを踏み抜いた音に、ギョッとする。
私は何かが飛んでくるのを察して、オルグさんの膝裏を蹴った。そして傾いた彼の襟後ろを引っ張る。
尻餅をついた彼と一緒に倒れてしまって。さっきクロノさんに思い切り蹴られたお腹が痛む。
「何してんだ」
「いたっ」
セルジオさんから、重いチョップを食らわされた。
かなり痛い。チョップ食らわされるようなこと何もしてないのに……。
私は涙目になりながら、振り向く。
「なに、するんですか……」
「いくら根に持ってるからって、やりすぎだ」
「べ、別に恨みがあるから、蹴ったわけじゃないです……」
声が萎んでいく。どうせ私の言葉なんて信じてくれないって分かってるから。
しょんぼりした留美のそばで、ユリアさんが顔を青くして言った。
「せ、セルジオ。オルグが転かされた時、なにか、槍みたいなのが通り過ぎていったよ」
「正直、見えるまで分からなかった」
クロノさんにも肯定され、私をチョップしたセルジオさんは暗闇の方へランプを向ける。
そこには何もない。
「二人が言うならそうなんだろう。また俺の早とちりだったみたいだ……悪い。短期間で二度も……本当にすまない」
「い、いえ」
申し訳なさそうにした彼が頭を下げた。そこまで謝られると、逆にこっちが悪い気がしてくる。
でも声かけても頭トマトぐしゃッ、になっちゃいそうやったし。
「……無事で良かったですね」
これが最善かな。
「オルグへの怒りはもう治ったのか?」
「は? んなわけないでしょ……いやいや、すみません、そろそろ怒りを消さなきゃですよね」
よし、忘れよう。このままイライラしてると、頭が痛くなる。それにイライラは優しくない。
普通は誰も人間同士でいがみ合ったり、殺し合ったりしたくないはずや。寛容さが大事やって誰か言ってた。……こんなことで寛容やろ? って言う時点で寛容さが足りんっていうな。
いいねん。ちょっと寛容に足を踏み出したんや、千里も一歩からってな。
さぁ、忘れよう。オルグさんとは今日初めて会う。この人は知らない人。知らない人。
初め会う人。…………えっとこの人。誰やっけ? 今まで一緒にいたはず? いや、いま一緒になった? ……変なの。あれ? パーティーメンバーなんやっけ?
首を傾げて、未だ尻餅をついている彼に手を伸ばす。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
「すみません、名前、なんでしたっけ?」
「え? オルグだけど……」
「私、留美って言います。よろしくお願いしますね」
いきなりのことで、みなさんがどうした? と言いたそうな顔をしてる。
私はにっこり笑いかけると、困惑した顔を深めるオルグさんが出した手を握り返してくれた。男は深くは考えない人なのか笑顔になる。
硬い皮膚の手が思ったより強く握られ、私は爪を立てて握り返す。ビクともせんわ。なお、強く握った彼に悪気はない様子。
「よろしくな」
手が痛い……。
それに気づいたユリアさんが歩いていくる。
ガコンッ。
この人たち、片っ端から踏み抜いていってる。わざと? ワザとなの??
罠の先は――
「る――」
「セルジオさんしゃがんでください」
「どうした?」
言った通りに動いてくれないが信用の差か。
セルジオさんの後ろから迫ってくる、鉄を尖らせただけの槍を払うために、私は『シャドウステップ』で背後へ回る。
「おい!」
「またお前!」
「させない!」
「三人とも何する気!?」
「みんな!?」
なんだか、いろんな声が聞こえてくる。
振り返ろうとしたセルジオさんの側。そこへ槍が飛んで来て、私はナイフで弾き飛ばした。
「い゙ッ」
手が痺れ……てか怖っ。飛んできた鉄槍に押し負ける可能性考えてなかった。
セルジオさんが振り返り、私の握っていたナイフが痺れこわばった手から落ち。ガコンと地面がどこかで鳴る。
え、嘘。皆んな不用意に動き過ぎっ。
反対側から矢が飛んで来た。
助けたいのはわかるけど、足元気をつけて欲しい。
私はセルジオさんの腕を掴んで、『シャドウワープ』で彼ごと少し飛ぶ。
ドシーンッ!
「うわぁ!?」
「ふぅ、やばすぎセーフ……って何事?」
一旦落ち着いたと思ったら、オルグさんが私たちのいた地面を剣で抉っていた。
え? ほんまに何考えてんの? 殺す気?
すると次は、クロノさんが斬りかかって来ていた。
なんで? と思う暇さえない。気を抜いていた私は、視線でクロノさんを見ていても、身体は間に合いそうもなかった。
ぼぉーっと死の瞬間を待っていると次の瞬間、視界が陰る。
キンッ!!
金属音が鳴り響く。
闇の深い場所で飛び散った火花が、やけに明るく見えた。私はその光にも音にも恐怖する。
「なんで」
「それは俺のセリフだ」
セルジオさんが剣で防いでくれていたことを理解した。それに対して、クロノさんは困惑した表情を全面にだしている。
「何してる」
「今そいつ、セルジオを殺そうとしただろ!」
オルグがさんが剣を肩に担ぎながら答える。
いやいやいや! してない。してない! 一欠片も思ってない!!
庇ってくれたセルジオさんに振り替えられて、私はブンブンと顔を横に振る。
「留美はセルジオを攻撃しようとしてない。ただ、あそこに刺さってる槍を払っただけ」
ルルフェさんの冷静な言動に、場が静まり返る。
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