第129話 激強で私よりも厨二病な人



 意識が上がってきた。


 ここは……。


 冷たい地面の温度が、どんどん強く感じるようになってくる。ここに転がって、さほど時間は経っていないのだろう。


 私は起き上がってあたりを見渡すと、たくさんの人が倒れていた。そして、抱えていた人を寝かす男が、一人。


「細かいものも合わせれば、十四項目。……こんなものかな……」


 何か言ってる。十四項目? なんのこと?

 男の動きがぴたりと止まる。真っ赤な瞳が私を見た。


 立たないと。絶対に敵だ。


 男は微笑んでいた。おそらく敵であろうと認識したが、村人の顔じゃない。村人に失礼かもしれないけど、絶対村人じゃないっ。

 男は服をすこし整えるような仕草をすると、ゆっくりと歩いてくる。



「おや、もう目覚めたのか?」


 耳当たりの良い声は、今までの賊や騎士とは違うことがわかる。そこで弾き出した答えは、何度か耳にした単語。村人たちを先導した『惑わす者』。


 それ以前に不思議なことが一つ。

 なんで留美生きてんのやろ? ということだ。

 穴に落ちたら普通、串刺しか、グチャグチャか、ペチャンコか、全身打撲やろ。痛いところは一つもないし。


 意識があった時に落ちた距離だけでも、無事ではすまないと感じた。

 考えても、答えはが出るはずもなく。


 不思議に思って自分の身体をさする。



 コツコツと歩いていくると、変な距離感で男が止まった。立ってるだけで様になるのずるい。


 金色の髪に赤い目をした男は、少しわざとらしく髪を指でなびかせる。

 私が着ているような服ではなく、見るからに滑らかな素材でできている服を着ていた。

 それは中二病と言っても差し支えない装いで、言い方を変えると、個人的にめっちゃ格好いいファンタジー衣装。といったところか。

 それを彼は着こなしていた。


 堂々とその姿を見せていることに、拍手を送りたくなる気持ちでいっぱいだ。


 やたらと綺麗。

 金髪キラキラさらさら。透き通るみたいで鮮やかな赤い目。人の目が宝石みたいに輝いてる、っていう表現を、留美が思う日がくるとは。いや流石に宝石は言い過ぎやな。


 あの服バサッて感じでカッコいい! 外套はやっぱりいるよな。厨二心をくすぐると言うか。親指立てていいね。って言いたい。鼻血出そう。……あ、留美変態みたいになってる。うんん、変態上等、貫けば個性や!



 咳払いをして立ち上がる。


 彼は、私がまじまじと観察している様を、一歩も動かず待ってくれていた。

 留美カメラも持ってないのに……、サービス精神の塊かな。


 色々ツッコミを入れたいが、とにかく、この人が何者で、この状況を作り出した理由は……別に興味ないわ。で、…………あれ、特に興味ないな。

 留美のやるべきことは、殺すか、逃げるか。



 私が少し動き始めると、彼も動き始めた。


「そんなに警戒しないでくれ。っと言うのは無理な話か」


 むりむり。


「あなたは誰ですか?」


 最も、惑わす者だと言うことは、わかりきっているけれど。


「気の強い奴は嫌いじゃない」


 だから、誰やねん。

 あ、名乗るなら自分からってやつ?

 なんとなくすれ違ってるなと思いつつも、私から修正する気はなかったりする。なぜなら、即行この危険そうなボス部屋からおさらばしたいから。


「私は留美といいます。貴方はなんと言うんですか?」


「そんな改まる必要はない。なんなら、素でも良いぞ?」


 え? じゃぁ、遠慮なく。どっちか死ぬやろうし。


「早く名前言ってくれへん?」

「うわ、ほんとに素になりやがった……」


 あんたが言ったんやろ。

 ボソって言ってるみたいやけど、聞こえてるから!



 彼はニィッと牙を見せるように笑う。

 八重歯? 牙? 本格的なコスプレ? いいやんけ。最高。


「私の名はレゥーリ。ただのレゥーリだ」


「ルゥーリさんやな。ところで、ここどこなん? 私落ちたんやけど」


 留美はあたりを見渡す。

 地面に人、人、人。男女も年齢も問わず。騎士団が男多めだったから男の方が多めかな。

 壁は石が積まれているタイプで、天井にはシャンデリアのようなものがいくつもぶら下がっている。大きめの部屋全体が見渡せるくらい明るく、地面は磨かれた床のよう。


 見つけた出口は二つ。

『音聞き』と『空間』をフル稼働中していて、どっちに逃げ込むのがいいかを考える。行き止まりだったら普通に詰みそうだ。


 私が見渡し終わると、待っていたようにレゥーリさんが話し出す。



「ここは……そうだな。今の拠点、と言ったところか。それともうこの際だからレゥーリでいい」

「おけ。なら急にできた地面の罠はなんやの? どうやって作ったん?」


「ああ、あれは私が開けた。支配している空間をねじ曲げるなど、造作もないことだ」


 彼は笑いを堪えるかのように、手で口元を隠す。

 支配している空間……!? ほんまにそうなら、逃げるって言う行為は無駄?


「あの部屋の仕掛け面倒だったのに簡単に抜けるから悪い」



 本音が……。本音が聞こえるよ……。

 ボソって言わなきゃ、全然わかんないけど。分かんないんだけどー! ……残念な人のようだ。


 こんな状況じゃなかったら、なんかカッコイィーってアホな感想浮かべていたはずなのに。いや、今もかっこいいーって言ってるけど。……とにかく、対処の仕方がわからん!



「空間をねじ曲げれってすごいですね」

「驚かないのか? それとも、信じていないだけか?」


「あー、驚きすぎて声も出えへんってやつで」

「そうは見えないが」


 想像できないことって怖い。でもまぁ、最大限の努力を怠るのは悪いこと、やんな。


「ところで、吸血鬼になる気はないか?」

「吸血鬼? なる気ないけど」


「なんだか君に惹かれるんだ。これがあの……なるほど、とても我慢できるような衝動ではないな」

「うん?」


「残念だが、君に――」

「留美な」


 私が修正の言葉を言うと、レゥーリは一瞬笑顔を引きつらせる。しかし、また綺麗な笑顔を作ると、すぅーと落ち着けるように息をした。

 もう一度言い直すらしい。悪いことしたな。



「残念だが、留美に選択肢はない」


 レゥーリはその言葉を言えて満足したように頷く。

 私はナイフを手にとって、数歩下がった。



「私とやる気か?」

「出来ればやりたくない。見逃してくれると嬉しいねんけど」

「できない相談だな」


 見えるドアは二箇所。

 横にも一箇所あるみたいやけど、どうやって開けんのか分からん以上なし。もう一つの行き止まりも却下、見えるとこまでは行き止まりのない、この人の後ろのドアに行くのが最前かな。


 いや隠し扉が正解か?? 開け方がわからん。


 レゥーリは余裕の笑みで笑っていた。

 実際余裕なのだろう。急に全身に鳥肌が立ち、冷や汗を感じる。これは……ヤバイな。たぶん、……いや絶対に勝てへんわ。


 また私が動くのを待ってると思いながら、留美はナイフを握る手を、服に擦り付ける。



 手汗が止まらん。


「来ないのか?」


 やっば、向こうからくる合図やん。前にジアさんにやられた記憶が蘇ってくる。


「いやぁ〜、どうしよっかなーって」


「ほぉ? 気が変わったか?」


「んー。そう言うんじゃないかなっ」


 言い終わるや否や『シャドウステップ』でレゥーリの懐まで近づく。

 レゥーリは視線だけ動かしてバッチリと私を捉えていた。そんな彼に嫌な感覚を覚えながらも、ナイフを振り上げる。

 彼はスッっと一歩下がることで躱した。


 ちょっとくらい慌ててくれてもいいやん。

 何もして来ないことに、得体の知れない怖さを感じながら、もう一発。


 ブンッ!


 これも簡単に避けられた。


 別に当たるなんて思っていない。油断してるうちに、少しズレてくれるのを期待してただけ。私は彼の横をすり抜けて、ドアへ向かう。


 どうせ戦っても、勝てっこない。

『シャドウステップ』『シャドウワープ』


 逃げ一択。



「二つのスキルをほぼ続けて使えるのか。リキャストタイムが相当短いな」


 ゲームの知識を知ってそうな言葉遣い。まさか迷い人?

 彼は感想を述べるだけで、私を追いかけてこない。


 だいぶ余裕かましてる。もしかして逃がしてくれんのかな? さっきみたいな落とし穴とか、急に現れる罠に気をつけないと。

 あと、三分の一くらいの距離……行けるか?


 なんて思っていると、急に止まらなければならない気がして、急停止をかける。


 ザッ!!


「なっ」



 私の前に現れたのは、黒い影。瞬きした次の瞬間には、針の山のように鋭く固まっていた。

 止まらなければ、私は串刺しだった。死んでいただろう。


 私の顔が引き攣る。


 抗ったところでどうにも変えられない……、そう。これは海の底まで続く渦のような――。


 味わった事のない絶対的な死の恐怖に、ゾクッとよくわからない高揚感を感じた。



「……どうした? 逃げないのか? 今のを避けるとは思わなかったな」


 挑発するような言葉だが、本心を口にしているのだろう。

 さしたる感情もなく、取るに足らない暇潰しのような娯楽として。


 振り返ると、レゥーリは相変わらず綺麗な顔で笑みを浮かべていた。


 余裕、やね。


 ザザザ――――――ノイズのような音が聞こえた。

 やっと死ねる。



「怖いだろうに。これじゃ虐めてるみたいだ」


 だから聞こえてるって。


「ちょっと距離を取ろうとしただけやし」


 負け惜しみのような言葉を吐いて、頬を膨らませる。

 ここまで見下されるのは普通にムカつく。


「いい加減観念したらどうだ? どうせ私には勝てない」



 私は毒薬(麻痺(強))を一つ取り出すと、蓋を開ける。

『シャドウワープ』『シャドウステップ』


 影の針の上まで飛ぶと、その針を踏み台にしてまた跳ぶ。

 可能性か低くても、何かしないと、完全に終わってしまう。全力で足掻いてこそ、死ぬ瞬間が楽しみになる。諦めるなんて、いつでもできるんだから。


 ザザザ――――――。またノイズが走った。

 早く私を殺して。終わらせて。消えたい。死にたい。


 どっかいけ、いま楽しんでんだろ。私は生きたい。まだ殺したい奴ら殺してないし、やり返してない。


 邪魔な思考を破いてゴミ箱に捨てる。



 影の針山を飛び越えたところで、レゥーリに掴まれた。あの距離をどうやって一瞬で移動したのか、考える意味はないのだろう。

 ぐいっと力ずくで引っ張られる。


「ひっ、ぅわっ!? ……カハッ」


 きっと手加減されただずだ。思い切り叩きつけられていたら、今頃ぐちゃぐちゃになってそう。

 地面に叩きつけられ、跳ねた身体に痛みが走る。一番痛いのが肩だ。関節が外れたかもしれない。もしくは折れたか。

 折れたり、関節が外れたことないからわからないけど。きっとそれくらい痛い。


 コロコロ転がった私は、近づいてくる足音を見上げた。綺麗な靴が目の前に。


「鬼ごっこは終わりかな?」



 意識は朦朧とし、身体が痺れる。

 ヤバっ、蓋開けてた麻痺毒、自分に被った。私に触れたレゥーリが顔をしかめる。いまは転がっている、私の持っていた瓶を手に持つ。


 これは、動けんな。でも動かないと。動け動け動け。あはっ、おもろ。全然動かへん。さすが麻痺毒(強)。意識があるってところが、なおいやらしい。


 作ったん自分やけど。



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