第123話 化け物と人間



「やること」


 私がポツリと口に出すと、頭の中で、自分がどう行動するかを言う。


 いち。賊と思われる人間殺す。

 会う人会う人を殺せばいいだけ。親しげに話しかけて来ても、その人からは離れよう。騎士も信用できない。ここで一人になった以上、顔を覚えてない人は信用できない。


 に。出口を探す。

 これを優先しつつ、一を遂行しよう。


 さん。ガエンさんの無事を確認する。

 一応仲良くなった人だから、お互いに生きていればいいな。…………以上。


 なんとなく頭の中に浮かんでいた本を閉じる。



 ドシン。ドシン。


 なんか、人じゃない足音が聞こえる。

 やばいやばいやばい。いま来た道一本道だぞ。


 ドシン。


 足音の主が見えた。



 は、はわわわっ。

 あれのどこが素人の村人やねん!? おもっきり化け物やん! せめて人間であれよ! 盗賊(化け物)とか酷すぎんか!?

 ちょっと世界さんここにバグがおる! いいぞもっとやれ! やめろー!


 自分に自分でツッコミを入れている間も、明らかに筋肉の膨張した人間(?)が進んできている。

 変色した肌と、赤く色づいた白目。どこからどう見ても正気ではない。


 闇の中にいる私にはまだ気づいていないようだけど、戻っても詰む。行き止まりにドンっ、肉片の完成♪ 今日のご飯はハンバークかな?



「…………」


 いやいや、戻ってこい。現実逃避してる場合じゃない。

 頭を振った私は、冷や汗を拭う。


 化け物の足がピタリと止まった。


 え?


 ドシンドシンドシンドシン!

「ひぃっ」


 来たーーー!!



 『逃げる』『攻撃する』その二択を迷った私は、怖いものは殺す。という答えを弾き出した。


 一歩引いた足でしっかり地面を踏み締め、走ってくる化け物に留美からも近づきだす。


 目の前。

 膨れ上がった拳が振られる。


 ブンッ! ドカッ!! 壁に拳がめり込んでいた。



 スキルで化け物の背後に回っていた留美は、ナイフを思い切り首後ろに差し込む。


 キンッ!


 あ、あかんやつ。

 振られる手を避け、『シャドウワープ』で地面に張り付いていた私は理解した。


 攻撃が通らない。ダメージ0の相手は負けイベントや。

 偶然が起こらん限り援軍えんぐんは見込めず、私は死にたくない。つまり、逃げ一択。


 また振り下ろされる拳をスキルで避け、走り出す。もちろん相手も追いかけてくるわけで……。


 ドシン。ドシン。ドシン。ドシン。


 死ぬ死ぬ死ぬ!! 恐怖の鬼ごっここわああーーーい!




 超走った。

 私は息も絶え絶えで、壁にずるずるともたれかかる。乱れた髪も気にせず、その顔色は真っ青だ。


 死ぬ。死んでしまうっ。最近こんなんばっかや留美。なんなんまじで。クソ。人生クソ! いや相手がクソ!

 あの超近距離の見た目しときながら、遠距離攻撃手段を持ってなかったのは、ほんまによかった。


 その時、悪寒のようなものを感じて、あたりを見渡す。


 巻いたよな? 巻いたはず。



 急に背後から出て来たり、壁を突き破ってこないかを警戒する。スキルでわかる限りでは、ないと思う。……たぶん。

 あの体やし、どっかで引っかかったんかも……。

 あぁ、怖かったぁ……。初期ゴブリン並みに怖かった。


 弾かれたナイフを見る。ちょっと欠けていた。


「やばい……」


 悲しい。



 場所なんて見ている暇もなく走ってきたから、現在地がさっぱり分からない。大丈夫。そもそもわかってなかったから、また始めればいい。そう、ゼロから始めよう。


 どこかの誰かが言ってた素晴らしくも、イラつく言葉。人生やり直せるとしてもやり直したくない。うまくやれる気がせえへんし、またあの地獄の時間を過ごさなあかんのかと思うと…………。ふぅ。かといって、今の人生続けてもなぁっていう……。

 留美ネガティブすぎてやばい……。



 さて。今はそんなことに脳のリソースを割いている場合じゃない。どうでもいいこと考えてる暇があったら、この状況をなんとかしないと。

 まぁ、進むしかないんやけどな。あははっ。やばー!


 留美は壁をどんどん叩く。


「……砂になっとる」



 私は手を払って、目の前の別れ道を見据える。

 スキルによると、右から二人。左から一人が来ているようだ。


 髪の毛を括り直しながら、少し考え。私は一人の方を選んで進む。敵だった場合、一人の方がまだ勝率があると言う考えからである。


 相手もこちらに気づいているようで、慎重に近づいてきていた。



「そこの女、お前も賊か?」


 こっちからは顔は見えないのだが、どうやらアチラからは見えるらしい。

 私は迷いなく答える。


「いいえ。私は騎士団以外の者です。一緒に来た人とはぐれてしまったのですが、貴方もですか?」


「ああ」


 騎士団以外の者。……つまり、賊!? って反応になりそうなこと言ってしまった。

 やべぇー、騎士の人が、騎士団以外の人、騎士団以外の人って何回も言うから、留美まで言ってもうたやんけ。


 ん? なんか違う。音が若干二重に聞こえる? 気のせい?



「そちらに行ってもいいですか?」


「ああ」


 慎重に近づいていく。


『鑑定』


『トト』

 もう少し北に住んでいた人族。

 極度の緊張状態にあるっぽい。



「よかったです。一人じゃ心細かったんですよ」


 トトさんが安堵した表情で息を吐いていた。


「私も、心細いです」


 早く帰りたい。

 緊張状態かぁ。敵か味方か……。鑑定さん教えてください!


『鑑定』


『トト』

 もう少し北に住んでいた人族。

 賊っぽい。



 おや? 賊とな?

 緊張状態にある賊ってことは、情報通り慣れていのか。本当に素人に武器持たせただけならいいけど。

 剣士っぽい格好してるけど、どこからその装備を持ってきたんやろう。誰か殺して奪ったんやろ。


 もー鑑定さん有能♪

 賊っぽいって、そんな情報までくれるんや。ありがとうございます鑑定さん。



「お兄さんはどうして――」

「え?」


 私はにこやかに笑いながらナイフを取る。『シャドウステップ』で一気に、彼の近くまで近づいていた。

 光の加減で相手の顔は見えないが、そんなことはどうでもいい。


 私は目の前にいる、男の喉を突き刺した。


 何か言おうとした彼には悪いが、容赦の欠片もなく。ズブッとナイフを引き抜く。

 抵抗もなく人間だったモノは地面に倒れ込み、口から血を垂らしだす。



「――賊になんてなったんですか?」



 私の疑問は伝える相手が死ぬことで、ただの呟きになった。


 死んだ男は、鎧を着た姿ではなく、村人の服を着ているだけになっていた。

 どうやら幻術だったらしい。近くに、こういう人がいたのだろう。前後にいた人の顔すら覚えていない留美の記憶力ごみ。興味なくて……すまん。


 血を拭ってしまう。


 これは混乱させるにはいい作戦だ。特に騎士団組合の人たちは、全身鎧で覆ってる人が多かったし、結構みんな騙されて、殺られてるんじゃないかな?

 化け物と戦ってる隙に後ろから、仲間やと思ってた人にグサー! 死ねる。


 留美も鑑定さんがなかったら、騙されてたかもー。一緒にいる気はなかったけど。


 コツコツと地面の素材がまた変わったように、硬い音を立てる。



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