第122話 賊のアジトはダンジョンみたい



 四日目の朝、襲撃準備に入れと伝令でんれいが来た。


「はぁ、ヒトエ大丈夫かな」


 ガエンさんはよほど妹が心配なようで、ずっとこの調子だ。かくいう私も「皆大丈夫かな」と呟く。

 他人の心配してる場合じゃないんやろうけど、やっぱり心配なもんは心配やねん。



「白騎士はここ東、赤騎士は南、黒騎士は西、青騎士は北から入る! 騎士団以外の諸君らは、自由に入ってくれ。無論、ここからでもいい。諸君、九時から突入だ」


 そんな大声で言ったら気づかれるって。ああ、もう気づかれてるのか。

 青騎士を率いてるっぽい人が言い終わると、言われた通りに動き出す。


 留美たちはどこから入ろうかな?

 あとみんな時計持ってると思うなよ。九時っていつやねん。


 私は隣で突っ立っているガエンさんに話を振る。


「ガエンさんどこから行きます? 見た感じどこから入っても迷路になってそう……」


 周囲を見渡したガエンさんが前を向く。


「北からでも行くか」


「はい」


 やっぱり決めてくれる人はいい。

 でも、気ぃ抜いたらガエンさんの妹みたいになってしまうんや、きっと。


 今からは気を抜かない。信用も信頼もしないようにしよう。他人に囮に使われるのはごめんや。

 息を合わせるだけならきっと出来る。たぶん出来る。いややっぱ不安っ!


 とにかく入ってから、中がどんな場所かや。お願い留美が戦わなくていいような、みっちり室内希望。

 騎士団の人たち頑張って〜、って後ろで応援してるだけで終れば最高。



 北へ足を進めていると、白騎士に止められる。


「君、止まりなさい」



 ガエンは歩くスピードを上げた。

 私もそれに合わせてスピードを上げる。その間にも、騎士はガエンさんを名指なざしで声を上げながら追いかけてきた。


「ガエンさん、呼んでますよ?」


「いいんだよ。シャドウステップは使えるな?」


「はい」


 何か事情がありそう。ガエンさんが小走りで『シャドウステップ』を使い始めた。私も『シャドウステップ』を使い、後ろを追う。

 追ってくる騎士たちは次第に見えなくなり、ガエンさんは止まった。


「どうしました?」


「いや」


「もしかして、有力な奴は騎士に持ってかれるって、ガエンさんもその一人なんじゃないですか?」


「誰が従うかよ」


「まぁ、参加はしてますしね」


 なんて言ったらいいのか分からなくて、肯定してしまった。

 キョロキョロと見渡すと、知ってる人たちに目が止まる。


 げ。細目野郎なんでここにいるんだよ。ガエンさんもわざとじゃないやろうし、偶然って怖いなぁ。

 あ、そろそろ戦闘準備しないと。皆んなピリピリし始めてるし。


 そこで私は奇妙なことに気づいた。先程まではきっと遠いせいだと思っていたけれど、明らかにおかしい。



「あの。ガエンさん」


「ん?」


「あの洞窟の中、絶対普通じゃないですよ。妨害かかってますし『空間』が使える要員を、確保した意味ないんじゃないですか?」


 私の言葉にさほど驚きを感じていないようだ。ガエンさんも『空間』を使えるんだから当たり前か……。

 彼は真面目そうな雰囲気で、武器を取り出した。


「中に入れば出来んだろ」


「そう言うもんですか?」


「そう――」

「時間だ。諸君、突入!」


 うるさい。


「……行くか」

「はい」



 入り口から入った瞬間にチカッっとした。

 ぎゅっと目を瞑った瞬間に、周囲の人間の気配が消える。目を開けた場所は細い通路のような場所。


「!」


 あたりを見渡すも、隣にいたはずのガエンさんがいない。というか、私一人になっていた。


 振り返ると、行き止まりの土壁。引き戻ることも出来ず、進むしかないようだ。

 震える手で土壁に触れる。


 見えてる土壁は幻覚で、通れば元の場所に戻れるとか…………ないようだ。


 ざらざらした土のようにも見えるが、固まった粘土のような感覚。

 流石に即転移トラップが仕掛けてあるとは予想できなかった。あの場にいた誰も、予想できなかったに違いない。



 留美は上下左右の土壁から感じる圧迫感と、急な孤立の恐怖で、一瞬パニックを起こしそうになっていた。


 浅い呼吸する自分が嫌な音を立てる。

 自分の体が、自分のものではなくなるかのような。現実味がなくなっていく。

 怖くて。壁に寄りかかるように座り込む。


「はぁ……はぁ……」



 落ち着け落ち着け。留美は大丈夫。留美は大丈夫。大丈夫大丈夫。どっかにちゃんときっと出口はある、食料だって何日かあるし、大丈夫大丈夫。


 なんとか息を整える。



「うるさい心臓」



 自分の胸を叩く。


 急に、一人になってしまったことが怖い。

 急に、一人になってしまったから、どうしたらいいのかが分からない。

 このまま生き埋めになったらどうしよう。出られなかったらどうしよう。


 不安が不安を呼んで、涙が出てくる。



「ふぅ……」


 大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。……落ち着いてきた。留美は落ち着いてきた。こんなのどうってことない。探検にレッツゴー。光りがなくたって、留美にはスキルがある。大丈夫、いける。とにかく人と合流しよう。

 慣れてる人と合流できれば良いんやけど。動こう。歩こう。縮こまってても何にもならない。誰も助けてはくれない。



 ゆらりと立ち上がると、ちゃんと状況を確認し始める。やることは何も変わっていない。


 大きなアリの巣のようだと外からは思った。

 この場所が空間拡張や、場所事態の移動、そこらじゅうに転移が置いてあったりと、まぁそんな可能性もなくはないけど。そうじゃない限り、歩いていれば外に近づくことができる。


 あれだけ出入り口があったんだ。なるようになる。まずは行動してから考えればいい。



 ガエンさんの言った通り、中に入ったら『音聞き』も『空間』も正常に機能してる。

 なんなら足音も空間にも反応しなさそうだから、お化けの方がちょっと怖くなってきた。



 道を歩く。

 紐にかかっていたり、地面にブッ刺してあるランプが道を照らしている。まるでダンジョンだ。


 いつもより慎重な自分の足音が、私の耳に届く。



 うぅ……ランプの数少ない。これだけじゃ暗いよ……。お化けとか出ないよね? あぁ鳥肌がっ!


 すりすりと腕をさすっては、その場で足踏みをする。

 動いてないと、どうにかなってまいそうや。うわぁぁ! ゾクゾクする! お化けマジで無理やねん!


 背後とか前方とか、上とか下とか、たまに明かりが置いてある方が、なんか怖いっ!

 歩こう。行こう。誰かと合流するんや。いや合流まで行かんでもそばに行くんや。いや、一人の方がいいかもしれん。うーん、悩む。


 お化けは怖いけど。人間は人間で怖い。詰んだ。あかん。無理。



「……あはははっ」


 やばい、笑えてくるっ。あはははははっ。怖がりすぎやろ! 情けなすぎるっ。

 ニヤついてしまう口元を隠して、足をすすめる。



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