第113話 嫌な予感



 留美は本来の目的である、ポーチ(中)を買うためにクリスティーナさんに近づいていく。

 私のことに気づいていたクリスティーナさんは、にこやかに笑顔をくれた。


「こんにちは」


「ええ、いらっしゃい。ところで……留美ちゃんも参加するの?」


「いえ、しませんよ。私たちまだ来たばっかりですし、人間相手なんて無理ですよー。それに正体が分からない相手がいるなんて怖いじゃないですか」


「賢明な判断ね、私も今回は危ないと思うわ。それでも、強制的に集められる人はいるのよね〜。留美ちゃんは『空間』とか『風の流れ』とか覚えれてたりする?」


「なんでですか?」


 もしかして『いいえ』って答えた方がよかった?


「今回の戦場がね、入り組んだ洞窟なのよ。動物たちは惑わす者がいると役に立たなくなっちゃうし。だから奇襲を受けないために周囲を確認できるスキルの持ち主は、ほぼ強制的に参加させると言ってたわ」


「ほぼってことは、参加しなくてもいいこともあるんですよね?」


「怪我や、動けない状態の場合は免除だそうよ」


「風邪をひいたくらいじゃダメですか?」


 冷や汗が流れ落ちる。

 クリスティーナさんはふっと息を吐いて言う。


「ダメね。……まさか使えるの?」


「私です? あはは……」



 ここまで聞いて使えません。は無いだろう。

 欠損ポーションあるし。足を切り落とすか? いや流石に躊躇う。足切るとか、無理。ショック死する自信ある。痛いの嫌やし無理無理。


 でも人殺しに行くくらいなら、自分の足切り落とす方がマシ?

 いや、そういえば留美、あの時人殺してたわ。あれ? 罰せられてない。もしかして……人を殺してもいい??


 留美死ぬなら人間に殺されたいって思ってて、でも殺されるのは嫌で、殺したくて…………。あぁ、ダメだダメだ。倫理的に、法的に、人殺しはダメだって留美は教わった。やらないよ、うんうん。……でもこの世界はそういうのちょっと緩いから、敵は殺していいと思うな。許せないもの。敵は消さなきゃ。


 あぁ、ていうことは。……賊の人に留美はなにもされてないからなぁ。やっぱ行きたくない。足を切り落とすか……。


 すりすりと太ももを撫でる留美を見下ろして、クリスティーナさんは周囲を見渡した。



「………………ふむ。……ところで何の用かしら?」


 ふむって言った。絶対悟られたよな。

 大丈夫。雷に足切ってもらおう。想像するだけでむず痒いっ。



「あ。実はですね。ポーチ(中)を買いに来ました」

「どうしたの? ポーチなら昨日二つも手に入ったでしょう?」

「えぇーっと、私個人で必要なんです。一つ上のに買い換えようかと思いまして」


「ふーん? ちょっと待っててね」


 お金遣い荒いって思われたり。

 すっかり切り替えたクリスティーナさんが、奥から見た目同じのポーチを持って来た。全くデザインが同じだ。これ混ざったら、どっちがどっちか解らんぞ。



「金貨六枚よ」


 私はポーチから金貨六枚を取り出して机に置いた。

 留美の残りのお金は、金貨六十一枚、銀貨二百八十三枚。一気になくすんは辛いし、分けとこ。


「それじゃ、このポーチ(中)は貴方の物よ。ここに小さく星が二つあるのが中。今留美ちゃんが持ってるのは星一つでしょ」


「わっ、本当だ。同じだからどうしようって思ってたんですよ。教えてくれてありがとうございますっ」


「うふふ。よくある疑問だから先回り♪」


「ふふっ。ありがとうございます。あっ、そだっ、お金入れる袋買いたいんですけど、ありますか?」



「ここは道具屋じゃないわよ」


 そう言ってクリスティーナさんは袋を机に置いた。


「道具屋並みに物は置いてるけどね。銀貨二枚♪」


 ウィンクする彼を見て、私は渇いた笑いをしてしまう。お金を払って、袋をポーチへ。

 留美もこの人みたいなお茶目な大人になりたい……。


 ん。

 全く関係ないこと聞いてもいいかな?

 質問とかうざとか思われんやろうか?

 停止して帰らない私を不思議に思ったらしく。


「どうしたの留美ちゃん」


「……あ。えっと。あの。和服、好きなんですか?」


 本当に全く脈略がないなって自分でも思うけど、気になってしまった。

 とっても素敵なんだものっ。


「ええ。動きやすいし、風通しもいいし、デザインだって素敵でしょう?」

「はい。とても素敵です。……その、あんまり来てる人、が、いなかったから……えっと……」


 待って待って。どうする気。


「あ、そう。高いのかなぁって」



 一人で気まずくなって、一人で焦る留美。クリスティーナさんはその様子につっこむことなく笑った。


「高いのから安いのまで、素材や職人の腕で値段はだいぶ変わると思うわよ。迷い人と住人の文化が混ざってるから、今度街を探し歩いてみるといいわ。面白い掘り出し物、あるかもよ?」


 今の不安定な経済状況で買える分けないやろ。

 でも和服普通に売ってるってことがわかって嬉しい。そのうちパーカーとかも買おう。留美もおしゃれしてみたい。


「買い物巡りですか〜。もう少し落ち着いたらやってみます。西の方です?」


「そうねぇ。時計塔の西付近か、貴族区の中か。あと貴族区外の西や北のあたりも商店街が広がっていて楽しいわよ。行くなら馬に乗ることをオススメするわ」


 むりー。馬!


「馬には乗れないので徒歩で行くことになりそうです……、うん。ではまた来ますね」


「ええ、またいらっしゃい」




 家。

 家族はまだ戻ってきていなかった。



 留美の部屋。

 ポーチ(小)の中身をひっくり返して、ポーチ(中)に入れ替えた。やっぱりドロドロが形になるのは気持ち悪い。なんかこう……ゾゾってする。


 ポーチ(小)には留美が死んだ時のために、欠損ポーション十個と、留美のお金を入れておく。

 金貨四十枚、これで、三人が立ち直るまでの時間は稼げるはず。まぁ『死なない』が一番なんやけど。


 ポーチ(小)を枕の下へ。



 ゴロンとベットに寝転がる。


 暇になってしまった。雷もパパもママもおらんし、余った時間をどう過ごすか……。

 万全を期すなら、明日も休みにするって言っちゃったしなぁ。もう大丈夫や。って、狩りに行くぅ? 今頃みんなどこにいるんやろ?



 よいしょと起き上がり、家の外へ。

 ちょっとふらり散歩でもいくか。



 何か面白い情報はないか、と探りながら留美はウロウロする。


 色々な噂話や、ヒソヒソ話。恋バナから、真剣な話まで。やっぱりネットがない世界って、人と会うことがかかせないんだなって……。

 特に気なる話はなく、適当なところで撤収する。


 気になる店もなく、ただただ住宅街を回った一日だった。


 私の感受性が低迷している……?




 夕方家に戻るも、まだ誰もいない。木刀をヤスリ掛けすることにした。


 ふははっ、お前をツルツルにしてやるぜ!



 無心でヤスリかけ。腕が筋肉痛になりそうだ。

 四本の木刀がツルツルになった頃、父と母が帰ってきた。ヤスリがもう二枚しかない。


「おかえり」


「ただいま」

「あぁ留美、ただいま」


 ちょっと疲れたように井戸の方へ行った。


 二人の分の木刀も削っていく。

 ある程度削ったところで、手が疲れたからやめた。片付けをしていると、家のドアが開く。


「たっだいまー」


「おっかえりー。雷、木刀ツルツルにしといたで」


「サンキュ」


 特に疑問を覚えることなく、イベントリへしまった。

 私も明日に備えて、さっさと寝ることにする。お風呂? 水浴びしたからいいの。


 ボフッと寝転がったベットの上で、留美の意識が沈んでいく。

 おやすみなさい。



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