吸血鬼と、歪みの犠牲たる賊

第111話 針と情報と不思議なこと



「よっ」

「こんにちわ留美さん」


 壁を飛び越えて入ってきた四人に、手を振って立ち上がる。


「みなさんこんにちわ」


「町中で、いきなり攻撃してくるとは、何を考えている?」


 ジェスさん怒ってる? でも単純に聞いてるだけ、のようにも見える……。

 いや、怒ってる怒ってないの問題じゃないな。町中で攻撃したらあかんわ。セーフティーゾーンってわけじゃないけど、無法地帯じゃないんやから。


 留美やったら絶対怒るわ。というか、三倍返しくらいするわ。……ちょっとした戯れです。やり返されませんようにっ。


「おい」


「あ、はい。家族以外の異性に覗かれたら、攻撃しろってのが習わしなんです。覗きは犯罪です。この世界では覗いていいんですか?」


「いや……よくは、ない」


 ジェスさんが視線を逸らし、猫耳フードを被った。その隣でパニクさんが苦笑いする。


「ほら、行かなくてよかったでしょ、キラさん」


「留美嬢が攻撃的なだけだろ絶対」



「あ。そういえば、キラさん。傷は大丈夫ですか?」


 針でできる傷なんて、たかが知れてるやろうけど。痛いものは痛い。さすがに目とか当たったら、キラさんでもヤバイやろうけど、絶対防ぐやろうし。

 傷の具合はちゃんと聞いとかないと。


「こんなもん、毒さえ塗ってなかったら、なんの脅威でもないさ」


 そういって、針をポキっと折った。


 あー! 折った!! キラさん折った! こんの〜。毒塗っとけばよかった! べーだ!



「毒、塗ってないと思いますか?」


 左腕を少し後ろへ回し、首を傾げる。

 私はにっこり笑いながらも、少し涙目になりなっていた。三人ともがキラさんの方へ注目する。


 え。やだー。頻繁に毒を食らうような環境ってこと?


「まさかまた……」


「身体の異常は?」

「今のところはない」


 いや、毒なんて塗ってませんから。

 確かに一度毒を盛ったけれど、留美をなんだと思ってるのさ。まだまだこの世界に来たばかりの初心者だよ。


「留美、何を塗った?」



「なんだと思います? ……嘘嘘、何も塗ってませんって、嘘ついてごめんなさいっ!」


 巫山戯ふざけてる場合じゃないくらい、空気が重くなったので。すぐに言葉を撤回てっかいする。撤回するという言葉は変かもしれない。『毒を塗った』とは一度も言っていないのだから。


 なんなのさ。ちょっとどっちかなー? って言っただけやん。留美ってそんな危険人物に見られてるわけ?!


「いや嘘はついてないけど。本当に何も塗ってませんよ?」


「本当だな?」


「私、別にキラさんに恨みとかないですからね? むしろ、昨日助けてくれたみたいですし、感謝してるくらいです」



 恨みがあっても四人いる時に堂々とはやらん。

 両手をあげて降参の意を示す。彼らの表情が緩んだ。


「なんだよ脅かすなよな」


「私は塗った。なんて一言も言った覚えはないですけどね……」


「確かに」

「紛らわしいこと言うなよ」



「だって、キラさんが私の針、折ったし……」


 目に涙が溜まってくる。

 瞬きしなかったら、涙って目の渇きを潤すために結構出てくるよね。それでなくても出せるけど。

 地面に落ちている針を拾って、ゴシゴシと目を擦る。


「おい、泣くほどか?」


「キラさんが折った分と、カムロさんとパニクさんが避けた分の針を要求します。後、ジェスさんは針を返してください」


「金あるんだから、自分で買えよ」


「私にお金があると? なんの冗談ですか?」


「香辛料とか、買ってただろ」


 あーそれか。

 嘘の辻褄合わせしないと。


「ほんと、なんで買ったんですかね、あれ。熱で朦朧もうろうとしてたみたいで、よく覚えてなくてですね。あれのせいで私たちのお金が銀貨四十九枚しか残ってないんですよね……。仲間に怒られましたし……。そのぶんを返すまで私の取り分なしですよ? 酷くないですか?」


「飯はどうするんだ?」


「ご飯は必要なことなので、皆んなのお金使ってます」


 なんかちょっとボロ出そう。


「僕、さっきの針拾って来ます。あ、ジェスさんのも拾って来ますね」



 そう言ってパニクさんは走って行った。やっぱり捨てちゃうんだ。

 もらった奴やからなぁ、留美針の値段って知らんねんな。お金はいくらあってもいい。あるだけ安心する。

 欲しいおもちゃが十個中六個くらい買えるような、豊かに生きられるだけのお金が欲しい。


 今の留美なら針買えるやろうけど、どこの武器やがいいんやろう? から始めなあかんな。

 良いナイフも買いたいし、雷の鎧も留美の防具も買いたい。パパとママも急所を守る防具は必要やろうし。そう! あと服も買いたい。着替え一着しかないからな。せめて三着くらい。



 お買い物の想像をしていると、ジェスさんが腰袋を探る。あのバックになにが入っているのか、ちょっと興味が湧く。


「針はジェスぐらいしか、持ってねぇからな」


 ぽりぽりとキラさんが頭を掻く。

 もしかしてジェスさん以外の人は、ローグスキルそんなに覚えてない? うんん。決めつけは良くないな。留美とは違うスキルを優先してるって可能性の方が高い。

 この人らが留美よりできないはずがないんやから。


「これをやる」


 そう言ってジェスさんが渡してきたのは、三種類の黒い針だった。

 なぜに黒? まぁ、黒かっこいいから、いいけどさ。夜とか気づかれにくそう。


「全部形が違う」


 とりあえず声に出しとこ。


 留美は受け取ったそれを眺めて、これを使う場面が思いつかない、と目を細める。

 人から何かをもらうことは特別で。しかも一つしかない物を使うなんて出来る気がしない。私はアイテム十個手に入れたら九個使えるけど一個残しちゃうタイプなんだ。

 いやなんでって自分でも思うけど、なくなっちゃうのが悲しい。


 ただ……、使わんと倉庫の肥やしになってた場合、整理する時になったら、なんでこんなん残してんのやって。どうでもいいやって興味無くして、無駄に消費して終わる、という未来も分かってたり……。

 そうならん可能性もあるけど、あるんやけど……どうかなぁ。……七割方倉庫ぽいわ。


 有効に使えない自分が憎いっ。


 睨むように針を見ていると、ジェスさんが補足を入れる。


「見れば分かると思うが、一つ目は細い。人間に刺しても痛みがないから、気づかれにくい。

 二つ目は頑丈だ。ワームの鱗くらいなら貫通可能……らしい。

 三つ目は返しがついてる。一度刺されば、抜きにくいし、毒も塗りやすい」



 わぁ、高性能な針くれんのや。ありがたやー。やっぱそのうち使うと思うねん。

 なくさんように、気をつけないとな。


 留美を刺したやつってどれやろう?

 二つ目のワームの鱗なら貫通できるって、言われても、ワーム知らんからどれくらいなんか分からんな。


「ありがとうございます」


「なぜ礼を言う?」


 なぜ?

 そんな返しをされるとは思ってもなかった私は首を傾げる。


「くれるとは思ってなかったので」


「ああ。そう言うことか」


 なにに納得したのかよくわからないけど、なんか納得したんだろう。

 変な人。……そうや、ワーム。



「ワームってどこに住んでる種族ですか?」


 ジェスさんは知らないとでもいうように首を振った。代わりにキラさんが答えてくれる。


「ワームってのは南の洞窟抜けて、森を抜けた所にある、岩盤だらけの地域に住んでる種族だ。知性はなく、本能だけで生きてるような奴らだな」


「強そうですね」


「相性もあるしなー。……おそらく一度は、奇襲を受けるだろう。本能で動く奴らだが、知能をつけたやつもいるからな。普段から岩に化けてるから、音が少ししかしない。所詮は本能で動くような奴らだ。見つけた瞬間に駆け出して来る。そうなれば、奇襲は受けない。あいつら結構、動く時は音がするからさ。でも気をつけろ、安心した頃に会いやすい」


 めっちゃ真面目な情報。

 これは岩盤の地域に行った時には注意しなあかんな。


「情報ありがとうございます」


「このくらい、調べればすぐに分かる事だよ」


 いやいや行った人間しかわからんようなことは、調べてもすぐにはわからんって。分かるかもしれないけど、時間割いて調べる手間を短縮できるから、ほんまありがたい。


 針を取りに行っていたパニクさんが戻って来た。

 申し訳なさそうに、眉を下げているのを見れば、なかったのだろう。



「すみません。二本とも見つかりませんでした」


 やっぱり。


「あちゃー。どうするよパニクー?」

「ど、どうしましょう?」

「パニクさん気にしないでください」


「はぃ」


 なるほど、これはいじりたくなるな。

 縮こまる彼に追い討ちをかけるほど、Sな人ではないので話を変える。



「そうだキラさん。前に頼まれてたやつです」


 瓶(中)の中に、回復薬が瓶の半分ほど入っている。改めてみると、色が薄いなと感じた。

 そうは言っても薬草をぎ足してやる気など毛頭ない。


「そうだったな。ほら報酬」


「あ、はい」


 金貨三枚貰った。

 量を考えれば、道端や店で売ってるよりも安く買われた気がする。まぁいいけど。水で傘増ししてるだけやし。

 何より道端のが効果薄いくせに高すぎなんだよ。

 一旦お金袋は取り出さず、ポーチに金貨をしまう。


「結局、何しに来たんですか?」


「ただの様子見だ」


「四人で?」


「ああ」


 あまりに平然と答えるキラさんに動揺する。

 なんの様子見? 僕悪いスライムじゃないよ、プルプル。



「暇なんですか? 仕事放り出して来たんですか?」


「どっちもちげーよ。こっちは仕事の一環で来てんだ」


 仕事の一環ってことはアルさんの命令?

 そこに「留美ー。もう起きてるかー?」と、雷の声が聞こえてくる。


 やべっ。もう家に帰って来てるやん。

 焦りそうになる内心を隠して、彼らを追い返す行動を取り始める。


「じゃぁ、もうすみましたよね? さ。帰ってください」

「そう冷たいこと言うなよ」

「私、病み上がりなんですよ」


「病み上がりは、いきなり針投げねぇーよ」


 それはごめん。



「……とにかく、今日はもう帰ってくださいよ。まだしんどいんです」


「わかったよ。仲間に俺たちと関わってるところを見せたくないんだろ?」


 分かっててまだ居座ってるキラさんの意地悪っ。

 私はピンポイントで指摘する。


「そうです。特にキラさんが物騒なんです」


「俺かよ? やっぱこの色かぁ?」


「色?? 私にはキラさんが一番享楽的きょうらくてきに思えます。面白そうとかでちょっかいかけてきそうだから、関わってほしくないんですよね……」


「キラさん、迷い人は色を気にしねーよ」

「ふふ……。キラさんが意味もなく揶揄うからですよ」


 あ。雷が留美の部屋を覗いた。次は井戸に来るかも……。そんな叫ばんでも聞こえてるってば。



「キラさん。行きましょうや」

「あまり顔見られていい役職じゃないんですから」


 立ってるだけで十分、目立つメンバーやろ。


「じゃーな留美」


「はい、またお店に行きますね」


 四人は『シャドウステップ』で壁を乗り越えて消えていった。


 結局本当のところは何しに来てたんやろ?

 あの人たちに限って、ただの様子見ってことはないやろうなぁ。仕事の一環って言ってたけど。……寄り道ってのが一番しっくり来るかも。……知らんけど。


 あと色ってなんや? 留美に見えてないなんかがあったんかな?



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