第107話 私がつい人を殺した日



 店から出た。

 少し道端で休憩しよう。店から少し離れた場所で座り込む。


 うぅー、頭痛い。くしゃみも鼻水も出ないけど、頭ぐるぐるする。目眩がするぅー。

 体が重い。だるい。そう言えば熱中症の時もこんな感じにしんどかったなぁ〜。そう思っていると、視界が歪んで来た。


 あぁ、だめだ。ちょっと寝よう。

 建物の間の日陰、置いてある箱の上に寝転がった。眠気には勝てん……。



 うつらうつらしていると、私のポーチに何かが触れた気がした。


 そっちを見ると。知らない男が私のポーチに触れていた。



『私の物が奪われる』



 見開いた目の視線が定まらない中、ナイフに手をかける。

 私が見たことを男も気づいたはずなのに、逃げようとせずニッと笑い出した。意味がわからなくて、殺意しか湧かない。

 何か考える前に、私は男に向かってナイフを振り、喉に突き刺す。


「グゴッ」


 誰だてメェ。殺すぞ。

 既に突き刺しているナイフからポタリと液体が溢れて、私にかかりそうになった。


 男が奇妙な声をあげると、敵が地面へ近づく重みでナイフが抜ける。あの一撃で息絶えたようだ。



 汚い汚い汚いッ!!

 べったりとついた血が気持ち悪くて、男の服で拭く。


 男を転がし手を確認する。

 ポーチは取られていないけど、そう言うスキルがないとも限らない。


 見下ろした手には袋が二つ。ポーチに手を突っ込んでお金出てこいと念じても、何も手に触れなかった。

 私の全財産の詰まった袋だ。私の。私の物。……留美のお金。


 盗まれかけた。危ない。お金を取られかけてた。殺してよかった。


 安心するような表情で、ポーチにしまってぼんやり思いながら歩き出す。

 人間敵? 人間は敵。嫌い。嫌い。盗人、犯罪者、悪意、奪われる。怖い。理解できない。酷く頭痛がする。


 とりあえず、離れないと。



「おい。大丈夫か」


 フラフラと歩いていると、後ろから声がかかった。私は混濁した瞳で振り返る。


 男のような声がなんと言ったのか、聞き取れなかった。

 姿もぼやけていて、定まらない。でもとっさに思ったことは、自分より強い人。だった。


 さっきの男とおんなじ部類の人?

 奪われる。壊される。殺される。まだ何もされていないのに、妄想が膨らんでいく。


 この人も留美の物取ろうとすんの? 守るには、殺さなきゃ。殺られる前に殺らなきゃ。誰も守ってなんかくれない……。

 私が私で守るしかないから。怖いは、消さなきゃ。



「留美?」


 そこにいたのは留美を揶揄いに来たキラさんだった。

 男を殺して、虚ろな目で歩いて行くもんだから、何事かと思い心配して声をかけた。そして今だ。


 振り返った留美は、視線が安定せず、顔色が悪い。

 キラさんはどうしたものかと自分の髪を撫でつける。



「敵は……殺さなきゃ」


「俺は敵じゃないぞ」


 留美には聞こえていない。


 あぁ、もう。頭痛い。なんなんこの頭痛。

 なんて言ってるの? 留美は何をしてる? あれは敵? 『空間』『音聞き』この人の他に、屋根の上に二人こっち見てる。


『シャドウステップ』まずは近くの人から。先手必勝。敵は殺せ。


 私はキラさんに近寄ると、ナイフ抜いて喉元を狙う。

 キラさんは後ろに跳んで刃先をかわした。続いた脚も避けて、構えるように留美と距離を取る。


「おいおい、いきなり攻撃して来るか?」



 私は答えない。否。その声すら留美に届いていなかった。

 敵は殺せ。めちゃくちゃ迷惑な話だが、今あるのはこれだけだ。もしキラさんが全力で逃げれば、留美は追わないだろう。


 構えるキラさんに『シャドウステップ』で近づく。男が後ろに跳んだところを『シャドウワープ』で移動する。


 キンッ!!


 私の首元と心臓を狙った攻撃は、キラさんの剣によって防がれた。地面に足がつくと『シャドウステップ』で距離を取る。


 やっぱり強い。

 剣……持ってる……。あの男ッ。昨日コボルド洞窟の前で会った人間のことを思い出して、無関係な彼に敵意が向く。けれど、今の私が勝てるとは思えなかった。

 見るからに余裕のある立ち振る舞いだ。



「ちょっと今のは危なかったんじゃないか?」

「あぁ、痛い……」


「痛い? 今ので手が痺れたのか? それなら好都合」


 頭痛い。たらっと垂れてきた鼻水に触れると赤かった。びっくりして鼻の周りを覆う。

 その時、上から二人降りてきた。ジェスさんとパニクさんだ。


 仲間が増えた。

 コボルド洞窟でのことは置いておいても。初心者狩り、死活問題になる盗人の行動。この短期間で、幸運に恵まれなかったら死ぬだろう悪意が二つも。

 もともと苦手ではあったものの、もはや、人間は敵としか思えなかった。


 留美はナイフを持った手で、頭を押さえ。何かに耐えるような行動にキラさんが訝しむ。


「キラさん早く帰りましょうよ」



「今回は、あいつから仕掛けて来たんだ」


「キラさんが何か言ったんじゃないですか?」


「おいパニク。俺をなんだと思ってんだよ」


「時たま無茶苦茶な人です」


 パニクさんが冷静にいうと、ジェスさんも肯定するように頷く。


「否定は出来ないな」


 肩をすくめたキラさんを見て、パニクさんがため息をつく。


 留美は敵が増えたことで、完全に勝ち目がなくなったと悟った。

 視界がぼやけていても、スキルを発動していれば大体のことはわかる。だから、私は逃げた。


「あっ」

「ジェス。留美を無傷で捕らえれるか?」


「可能だが。キラが遊んでいたのではないのか?」


「あいつの成長速度えげつない。俺じゃちょっと相性が悪くてな。下手したら殺しちまう」


 キラさんが剣をしまった。


「その割には余裕そうにしてませんでした?」


「バカ言え。油断したら死ぬって」

「薬でも吸ったんですかね?」


 キラさんは戯けたように言うが、目はふざけてはいなかった。ジェスさんは気を引き締めて、留美を追いかける。



「うぅ。痛い」


 頭を押さえる。


「なんなんだ、あの速さは」



 一人来てる。留美に何か用なのかな?

 あははー。うぅ、ガンガンする。頭が割れそう。やべっ、壁にぶつかる。


「痛っ」


 セーフ。

 アウトである。留美はガッツリぶつけた腕をさすった。


 あまりの頭痛にスキルを使うのをやめて振り返った。そこにジェスさんが跳んで来て、私は斬りかかる。

 一人ならなんとか。


「止まれ」


 何か言った? 聞き取れない。

 ナイフが空気を切るたびにイライラと。プッツンした私は至近距離から、追いかけてきた敵にナイフを投げる。


 避けられたナイフが少し遠くで金属音を立てた。そして目の前に迫る脚が、私の腹に入る。


「ア゙ァッ……!」


 ドンという衝撃に、吹っ飛ばされた。


 地面でコロコロと転がった私は、すぐに起きあがろうとする。

 ……痛った。転がった時に何か痛みが。なんか首にチクッて……。


 触れると何か針のようなものが刺さっていた。ガクッと身体の力が抜ける。


「うご、け。敵はいらな……あははっ!」



 必死に動かそうと震えている身体を見ていると、とても滑稽に思えた。

 全然ダメじゃん。いまの留美の声? 嫌だな。醜い……。あー、なんか、もう……む。あはっ、毒かなぁ……力抜け……あははっ。


 動きを止めた留美を見下ろして、ジェスさんがため息を吐いた。そして留美が投げたナイフを拾いにいく。


 後ろからゆっくり追いかけてきていた、キラさんとパニクさんの二人が到着した。


「お疲れ様ですジェスさん」

「よし。持って帰るか」


「そんな物みたいに」


 呆れるパニクさんを無視して倒れている留美へ。


「よっ、って軽っ」


 留美を担いだキラさんは、二人を連れて店の方へ戻っていく。



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