第108話 熱



 自分の、いや、誰かの記憶が、映像のようにあちらこちらで流れている。これはなんだろう? テレビ?

 白黒の線が流れているものや、電源が切れてるように真っ黒なものもあった。私は流れるままに身をまかせてみる。


 大きな木の根元が目の前に現れた。幻想的にそびえ立つ木は、命の力を感じさせる。

 巨大すぎて世界樹だと言われても納得しそうなレベルだ。



「わぁ。めっちゃでかいな。何年くらいここにあんのやろ?」


 見上げていると、木が揺れた。葉っぱが散る。……これは命? なんとなくそう思った。


 そんなことを考えていると、引っ張られるような感覚がする。

 私はまた、その流れに委ねた。




 肌にあたる空気の感覚がする。半分は柔らかい布。


 私は重い瞼を開けた。

 暑い……。火照るような、茹だるような。頭がぼーっとする。気だるさが強くて、とにかくしんどい。


 ゴロンと寝返りを打ち、上を向いた。


 知らない天井だ。木の天井……色が違う。

 私はコロリと横を向くと、また瞼を閉じる。



「ちょっと留美さん? いま起きてましたよね?」


 パニクさんの声がする少し遠くで足音がした。

 やばいぃ、なんでこの人たちがいるん……。留美の意識は完全に覚醒しているものの、身体が気だるいから気分は憂鬱だ。


 ドアの開く音。


「キラ。留美が起きた」

「留美さん? おーい」


「…………」


 コツコツと人が近づいてくる。このまま狸寝入り決めたらあかんかな……。

 あかんよなぁ。


「よぉ、気分はどうだ?」


 寝てます寝てます。私寝てます。

 なんか迷惑かけてそうだから、大人しく起き上がる。重い体をゆっくり動かしながら、目を擦った。


「ぁれ、キラさん? 頭痛っ……また不法侵入……あれ。ここどこ? 家じゃない……」



 見たことない部屋を見回していると、三人が距離を保つように私を見ていた。

 パニクさんが水の入ったコップを手渡してくる。


「どうぞ」


「ありがとうございます……」


『鑑定』

 少しも信用していない私は、コップも水も警戒していた。

 大丈夫だとわかると、喉の渇きを潤していく。この世界、井戸水だけは美味しい……。


 ほっと息を吐くように、空になったコップを下ろす。



「体の調子は大丈夫そうですか?」


 パニクさんにコップが持っていかれた。


「大丈夫ですよ」

「嘘つけ。かなり高い熱が出てたぞ」



 熱。熱かー。なるほど。だからしんどかったのかー。首やほっぺた、ひたいに手を置いてみる。


 んー、わからん。

 そもそも手が熱い。


「ここは、アル様のお世話になってる店の二階だ」


「アルさんところ戻ってきちゃったんですね……」


 留美は首を傾げて、靴を履きだす。



「アル様は王族です。敬ってください」


「うやまう? あの無愛想な店員さんを?」


 いきなりパニクさんが杖を向けてきた。

 キョトンとその先を見つめると、側にいたキラさんが杖を降ろさせる。


「やめろ。てか何バラしてんだお前……」


「アル様に対して無礼な態度の数々、我慢なりません」


 ドンと杖が地面に打ち鳴らされる。



 留美は考えるように口元を隠して、頭を傾けた。


 アルさん王族なのか。やっぱり本名も違うよな……。『あると』まで言ってたし。


 そんで今一番考えなあかんことは、なんで留美がここにいるのか。

 確か、アルさんに会って、瓶買って、香辛料を買って、その後から記憶が抜け落ちてるな。それに、何か変な夢見てたような……?


 そんなことを考えていると、ジェスさんが近づいてくる。


「…………」


 何か言えよ!

 やっぱり言わないでー。留美のハートは脆いのだよ。でも見られているのは居心地が悪い。ここは自分から行くべし。


「なんですか?」


「いや、何かと思ってな」



 いや、何が?

 留美が困惑していると、ニコニコ笑ってるキラさんがわしゃわしゃ髪の毛を乱してきた。


「それにしても、いきなり俺に斬りかかって来たときはびっくりしたなあ」


 わざとらしく言うキラさんの手を払い除ける。

 彼の言葉を理解して、留美はキョトンとした表情で、髪を整えようとした手を止めた。


「え? 斬りかかった? 私が?」


 あ、やばい。記憶が戻って来た。というより、靄が取れたような感じ。

 なんか鮮明に思い出せてきてるんやけど……。気のせい気のせい、ワタシハ、オボエテイナイヨ。


「そうそう。完全に殺しに来てたね」


「えっと。ごめんなさい?」


 申し訳なさそうにしながら、首を傾げる。


「その調子だと覚えてないみたいだな」


「すみません。記憶が曖昧で……」


「ま、とりあえず、休んどけよ」


 ドドドドッと、階段を上がってくる音がした。

 誰だろうか。頭に響くからやめて欲しいのだけれど。


「うるさいですよ。病人がいるんですから、もう少し静かに上がって来てください」


「その病人に魔法ぶっ放そうとしてた奴が何言ってんだ」


 さっき魔法ぶっ放されそうだったらしい。パニクさんって、意外と沸点低いんかな?

 上がってきたお兄さんが私を見て手を挙げた。


「おう留美嬢、大丈夫か?」


「どうも……」


「カムロ」

「ああ、アル様動くってよ」


「わかった。留美、一人で帰れるか?」


 私はキラさんが、何考えてるのかがわからなかった。

 この人なら留美のことを、襲いかかってきた時点で殺す事もできたはずなのに。どうして看病までしてくれるのか。

 攻撃してきた相手に、優しくできることが理解できない。


 帰れないと言ったらどうなるのか少し気になるけれど、私は素直に頷いた。


「大丈夫です」


「みんな移動するぞ」


「はい」

「留美嬢、安静にしとけよ」


「カムロさん、その留美嬢ってのやめてください」


「了解だ、留美嬢」


 こいつわざとか。


「カムロ病人虐めんなよ」

「はっはっはっ」


 こんの、すっとこどっこい。



 彼らは準備が終わると、さっさと階段を降りていく。その最後に降りて行こうとしたキラさんが、ドアから顔を覗かせた。


「ああそうだ。荷物はその机の上に置いておいたからな。一応、全部あるか確認しとけよ。じゃぁな、もう倒れんなよ」



「あ、はい」


 倒れんなと言われたけど、留美が倒れた理由って首にぶっ刺さってた針やと思うねん。麻痺毒で無理やり眠らされた気がする。

 うんん、留美は忘れてるから何も言えへんのやった。意識飛ばせる毒ってすごいっ。


 首に巻かれている包帯を取ってゴミ箱へ。首をさすると瘡蓋かさぶたがあった。


 外を見ると、夕日が沈んでいる。

 もうこんな時間か……。さっきまで朝やったのに。時間経つん速すぎやろ。教官所行けへんかった……。


「帰ろ」


 荷物を確認して、階段を降りていく。

 お店の集計をしているらしき、店の主人にお礼を言って外へ出た。



 帰り際に、綺麗なタオルを四つ買う。体を拭く布はやっぱりそれ専用のが欲しいよね。


 私は欠伸をしながら、食べ物を食べにいく。

 あまり食欲がなく、残しそうになった。そんなもったいない事はできないけど。


 まぁでも、寝たからちょっとだけ回復したかな? 若いって素晴らしいっ。



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