第90話 王家の命令



「……え? 何で嘘つくんですか! もぉ〜〜〜!」


 ぷんすか怒ったら、大変冷たい目を食らった。


「動きと声が騒がしいですよ」


「誰のせいだと……」


 騒がしかったのはその通りだと動きを止め、留美はジトーっとカナさん見上げる。その不満げな目を気に止めることなく、カナさんは片付けを続行していく。

 お皿の乗ったワゴンを押しながら室内へ。あと一往復はしなきゃダメそうだ。



 そんな時、カナさんがぽつりと言った。


「先程の話。……本当は王家からの要請です。逆らうわけにはいきませんからね」


 王様?

 先程……あぁ、情報収集に行くってやつか。え? 嘘ちゃうってこと? 何で困惑するようなこと言うん! もうひどいっ。いや待て、情報収集は嘘で、別の要求がきてるんかもしれん。



「ちなみに何の情報収集に行くんですか?」


 疑うように確認する留美を見て、カナさんがクスッと笑う。


「聴いちゃいます?」

「やっぱりいいです」


 その言い方やめてー!

 揶揄う気なのか、マジの話か本当にわからなくなる。


 キッチンのある部屋へ入ると、カナさんはお皿を大きな流し台に置きながら。


「仕方ないですね。どうしてもと言うなら教えてあげますよ。ただ、聴いたからには……」

「結構です。言わなくていいです。てか言わないでください」


「ふふふっ、冗談ですよ。もう知ってる人は知ってる話です」


 はぁ。揶揄われただけか。

 ほんっと、冗談に聞こえへん。この人の場合。真面目で優しいふりして怖いこと言うから、たち悪いわ。

 そのうち留美も揶揄ったんねん。


 私は持たされた器を、流し台に置く。



「あまり情報に疎いと、致命的ですよ」


「情報ってどうやって集めるんです?」


「そうですね……、会話や、街の中、ギルドの張り紙、それこそローグなんですから聞き耳を立てたり、情報屋に聞いたりですかね。迷い人がよくおっしゃる単語に『ねっと』と言うのがありますが、この世界には存在しません。ご注意ください」


 まぁ、スマホうんともすんとも動かんし。なんでか壊れてるみたいやからな。


「楽なのが、情報通の人間の隣にいることですね。必要な情報は確実に、いらない情報まで勝手にペラペラ喋ってくれますよ」


 絶対体験談やん……。

 面倒そうにされても困る。留美は苦笑しておく。



「さて。話を戻しますよ」


「あ、はい」


 そういや、ジアさんたちがなんの情報収集に行くのか、を聞いてたんやった。

 カラカラと音を立てるワゴンを押して、庭の方へ歩き出す。


「この街を基準に、北西の方角に賊が出たみたいです。ジア様達はその調査ですね」


「賊の調査?」


「何がしたいんでしょうね? わざわざ拠点を構えて人間を襲うなんて、不毛すぎます。しかも北西でなんて……。賊が出たなんて単語、私初めて使いましたよ」


 目を丸くした私の隣を、カナさんが通り過ぎていく。それを追いかけるように少し後ろで歩いて、留美は彼女を見上げた。



「賊は出たことないんですか?」


「ありませんね。あったとしても王族一声で全てが正常になります。……ですが、今は少し……んんッ」


 なんかやばいこと言いかけた感じやめて!? 王族こわぁい。恐怖政治でもやってんの!? そういや、情報――


「この多くの種族がひしめき合う中で、北ならともかく、南では、同族同士で争ってる暇なんてありません。そんなことをすれば、人間という種は滅びに向かうでしょう。まぁ、表立って仲間を襲う、初心者狩りなんて言う馬鹿もいるようですが」


 留美を見て微笑む姿を見れば、カナさんにも私に起こった出来事が伝わっているらしい。

 情報通怖いな……。


 私がワゴンにお皿を乗せていき、カナさんが椅子を折り畳む。



「そういえば、ジア様からの伝言です」


 いつ伝言なんて受け取ったのか気になるところだが。留美はカナさんの言葉に耳を傾ける。


「遅くなるだろうから、残りはまた後日な。との事です」


「後日、ですか?」


「はい。ほぼ暇人のジア様なので、忘れる事はないかと」


 えぇー! 影潜伏覚えに行ってくるーって言って、覚えれへんかったーって言うん留美?!

 こんなことなら順番聞かれた時に、言っとくんやった。だってこんなん想像できんやん! 途中でまたねーとか、気分屋か!


 いや、お仕事なんやから仕方ないんやろうけど……。

 もしやあの時すでに、こうなることを予想していた? その時に連絡してたなら辻褄も合う。……あぁ。……まぁいっか。他のスキルの熟練度上げとくもんね〜。



「わかりました。ちなみに、なんでジアさんほぼ暇なのか、聞いていいですか?」


「それは、ジア様がちょっとやらかした事があるからと。二人より割高である事。その割にはちゃんと見てくれてる感じがしない事。他の二人の主張が激しいせいで、ジア様が隠れてしまっている事。顔も二人の方が人気がありますし、あの人自身も、特に今の状況を何とも思っていない事。他にもありそうですが、このくらいでしょうか」


 問題はわかっているのに、改善しないってことは、改善しなくてもやっていけるということ?

 にしても。割高やったんや……。


 まぁでも。それがわかってたとしても、ジアさんに習ってるかな。知らん人より知ってる人の方がいい。



「ジアさん大変ですね。やらかしって何やったんです?」


 規則を破るような人には見え……なくない、ともいえない、か。実際やらかしてるらしいし。


 ガタッ力を込めて椅子が折り畳まれた。


「詳細は伏せますが、ジア様が一方的に悪いわけではありません! 二人より割高な事だって、ちゃんと見ていない感じかするのだって、ちゃんと理由があるんです!」



 お、おぅ。カナさんが感情的になってる……。みんな訳ありで嫌やわー。でもそのやらかしが、致命的やったんじゃないの? 留美知らんからどうでもいいけど。


 カチャカチャとお皿を乗せていく。そしてお茶を、コップに注いだ。



「さっきの話ですけど。きっとカナさんみたいに分かってくれる人がいるから、ジアさんも大丈夫なんでしょうね……。ちなみにカナさんって、ジアさんのこと好きだったりしま――」

「好きか嫌いで答えるのならば、好きですね。しかし、あくまで人としてなので、間違えないように」


 必死に感情を殺しすぎて、無表情に迫力が………。隠しすぎて逆にバレてるよ。……ジアさんも気づいてそう。

 本当に何も思ってない可能性も……なくはないけど。とりあえず人としては好きということね。


 私はうんうんと頷く。

 留美のその様子を見て、カナさんは少し目を細めた。


「留美様? 片付けは私がやっておきますので、さっさと帰られてはいかがですか?」


 そんな言い方する?

 私は笑顔が大事だよとにっこり笑った。


「お茶を飲んだら行きますね」

「今すぐ飲みなさい」


「……はい」


 何だか、怒ったみたいだ。

 それか本当に異性として好きだった場合の、バレた可能性を考えた照れ隠しか。


 この人、本当に心読めたりしないよね? 実は人間じゃなかった説。ないない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る