第89話 訓練終了と不穏な情報
夕食。
セッティングされた机と椅子。料理が乗っている机をみんなが囲む。
「あー、面白かった。あ、これ美味しい」
「久しぶりに動いたわ〜。ほんとに美味しい。あとで作り方教えてくださらない?」
「いいですよ」
「俺、一回も追いかけられなかったんだけど。いつもより凝ってるな」
「ガハハッ、うまい!」
四人ともテンションが高い。遊び足りないって感じがひしひし感じる。
ごめんねー、留美が力不足なばっかりに! あー、疲れた。
一人も見つけられんかった……。はぁー。もう一回やりたいけど、今日は無理。
不貞腐れるように、ゴロンと休憩していた留美にカナさんが近づいてくる。
「留美様。大丈夫ですか?」
「まぁ、ぼちぼちです」
血に濡れた留美のハンカチを取って、新しく濡れたハンカチを押し当ててきた。ついでに鏡まで。
「ありがとうございます」
ひどい顔。
留美は起き上がって身だしなみを整える。
見苦しいから直せってことなんだろう。
鼻血は止まっていた。
鬼ごっこが始まった初期段階で鼻血が出ていた時。物音がした場所に行ったら、石で囲まれたハンカチが置かれていたのだ。『鬼ごっこ続行』っていう圧を感じたね。本当にひどい話だと思う。
よいしょと用意されている椅子に座る。
先に食べているカナさんに「ありがとうございました」と手鏡を返しておく。
美味しい。
もぐもぐ。
こんなに教官が集まるのってレアやろ。しかも一緒に遊べる人って何人いるか。あーもー、まじで一人くらい捕まえたかった〜。
なんなら留美にとっては、ひたすら本気で走り回らされる苦行やったし。
少し休もうとすると、どこからか声が聞こえてくるという嫌がらせ。そんで、揶揄うように気配を見せては、また隠れる。たまに発泡スチロールみたいな軽い石も飛んでくるし。本当にひどい話だと思う。
無駄とまでは言わんけど、今日で何か身につけられたやろうか。…………まぁ、ちょっと楽しかったとは思うけど。
四人にとってはただの暇つぶしで、同時に留美の感覚を鍛えられるし一石二鳥じゃん。的な、軽い考えである。
遊びなんだから、留美も楽しんでいるだろうと言う勝手な先入観からの嫌がらせ。決していじめているわけではない。
「それにしても、鬼を二人にしても良かったのでは?」
「それをしたら、留美のためにならねぇーだろ」
「っていうのは建前として、本当はただ、揶揄いたかっただけだよね」
セレンくんが小悪魔っぷりを見せる。ジアさんはその手には乗らないと、無言で食事を頬張った。
この人もカナさんみたいに、揶揄いがいのある方の敵とか言う感じの人? ヤダ。留美そういうの慣れてないから、どう返したらいいか分からんのやけど。
微笑むエルさんが同調せずに言う。
「私たちはジアの言った通り、留美のためを思って遊んでたわよ〜」
「おう。訓練だ」
「えー! なにそれ、まさかの裏切り!」
「裏切ってないわ〜」
こう言うパターンもあるのね。
もぐもぐ……。
あ、美味しい。
ジアさん以外、食事が終わった。
私はなんだか椅子に座っているのがしんどくて、地面に座っている。
カナさんがすごい数のお皿を積んでいた。
留美ら五人とジアさんの食べた量、今の時点でほぼ同じっていうな……。
もうあの胃袋を埋めるには口が一つじゃ足りんなぁ。無理度胃袋取り出して詰め込んだ方が早いかも。
留美はぺちっと額を叩く。
なんかキモいこと思ってしまった。
夕暮れの太陽を直視しないように、手で覆いながら空を見上げる。
つーかーれーたー。
「皆様、そろそろお時間ですよ」
「はーい。でもジアがまだ終わってないよ?」
「相変わらず、ジアは食うのが遅いな!」
筋肉ダルマのロックはバシバシと、食事中のジアさんの背中を叩く。
「お前はガツガツ食いすぎなんだよ」
仲の良いことで。
文句を言いながらも、本気で嫌がってはいない。そっと立ち上がったカナさんが食器を手押し車に乗せていく。
「ジア様」
「わかってるよ。速く食えっていうんだろ?」
「早く食べてください」
ジアさんはお皿を持ち上げると、口の中にガーッとかき入れた。それからすぐに飲み込んでしまう。
早食いにも程がある。
次々と消えて行く皿を見て、私の目が点になっていた。他の教官たちは見慣れているのか、特に驚いている感じはない。
カチャッと食器が音を立てる。
「おし。お前ら先行ってろ、入り口で追いつく」
「はーい」
「わかったわ〜」
「早く来いよ」
三人はジアさんに答えると出て行った。彼もすぐに立ち上がると部屋に入って行く。
私とカナさんしかいなくなった庭で、お茶を飲みながら思う。
どこ行くんかとか聞いていいやつかな?
「どこに行くのか。気になりますか?」
うぅ。バレてる。
「……気になります。教官が四、五人? 集まるなんて、普通じゃないですよね?」
お皿を重ねる音だけが、妙に耳に入ってくる。
気になって視線を向けると、片付け中のカナさんの口が、少し三日月を描いていた気がした。
……気のせいにしておこう。
「そうですね。今回は情報収集を目的に行くので、危険というわけでもないんです」
「そうなんですか?」
教官集めて情報収集……?
さらに謎でしかないことを聞いて、留美は興味ありげに、空のコップをワゴンに乗せた。
「世の中、何が起きるかわからないのも事実ですし、とりあえず慣れた、強い人間だけで行く。それだけです」
やっぱり敵がおる世界って怖いなぁ。何かの偶然が重なったら、予期せえへん事が起こりうる。人間が支配する世界もそうやけど、確固たる敵対種がいる世界やともっとやな。
イレギュラーとか、留美は絶対対処できる気がせえへんわ。予期せぬことが起こった時は、パパが頼りになるねんな。でも頑張れ留美。対処出来るぞ私!
「まぁ、嘘なんですが」
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