第91話 スキルの報告会
カナさんに追い出されるように外へ出た私は、市場へ向かう。
木刀に使うヤスリが欲しかった。ヤスリは掌サイズのものが道具屋で十枚セット銀貨三枚で売られている。
チャリン。
他にも、本当は鉱物油が欲しかったのだけれど、十ミリリットルの植物性油を銀貨十枚で。
紙を三十枚セットを二つ、銀貨六枚。少し荒いけど、揉み解せば手入れにも問題なく使えそうだ。
そうこうしていると、すっかり日が沈んでいた。
細い通路には闇しかなく。一度踏み入れば二度と戻って来られないような錯覚さえ受ける。
ぞわりと冷たいものが走った。
早く帰ろう。
たまに買い物に行くと、つい見入ってしまい時間を忘れる。色々なものがあって私はこれがどう言うものなのか、なぜこの形にしたのか、なぜこの色なのかと、興味津々なのだ。
道中、暗闇の中で迷いかけたが、『空間』のおかげで無事に帰る事ができた。
マジで暗いの怖い……。
家。
返事はないと分かっているから、家の中へ無言で入る。カナさんに洗濯してもらった、いい匂いのする服を嗅ぐ。
泊まると言ったのだから大丈夫かと、井戸の方へ向かうことにした。
カンッ!
井戸の近くで木刀を振りまわし、打ち合う音が響く。
この暗闇の中で、先日買った小さなランプの明かりだけが頼りだ。月明かりも今日はさほぼ輝いてない。
「ぐっ」
雷の一撃が、
ママはその一撃で、木刀のような細い丸太を落としてしまう。雷も息を荒くしながら、木刀のような細い丸太を下ろす。
雷とママが打ち合いがひと段落した。ちなみにパパは寝転ぶように倒れている。
いつからやっていたのだろうか。
決着がついたっぽいので、留美は声をかける。
「た・だ・い・まー!!」
三人ともびっくりして振り向く。雷に至っては手に持っていた木刀を向けてくる始末。
そこまで驚かんでも………。
留美は一人でやっと帰ってきたと言う安心感を覚える。やっぱり私は家族が好きだ。
近づく私に彼らも安心したように笑った。
「おかえり」
「留美が帰ってきた」
「おかえり、早かったな」
「うん。なんかちょっと用事があるとかで、また今度なーって言われた。何してんの?」
「見たらわかるやろ。打合いや打合い」
雷が、はぁー。と座りながら答える。
ママが自分に『ヒール』をかけて、雷の色の変わった腕も治して行く。結構ガチで打ち合ってることに、内心引いた。
まぁ自分も人のこと言えんのやけどな。
「パパは何で倒れてんの?」
よいしょと起き上がった
「体力がなくてダウン中」
「しんどいわ……」
「あははっ、お疲れー」
剣の長さに斬られた、細い丸太を庭の倉庫へ入れておく。
これ、剣の形に削んの留美? そんな面倒すぎる考えを、扉を閉めると同時に破り捨てた。
お風呂に入った後、広間に集まった私たちは、真剣な表情で机を囲む。
「さて、お金の話しよか。早くもう一着とタオル欲しい。これ死活問題な、キリッ」
「マジそれな、キリッ」
キリッとか、語尾つけるから、真面目な話がおちゃらけてるようにしか聞こえない。
気にせずポーチから袋を取り出して机に置く。
「残りは銀貨五十六枚やな。意外とあるし、別に明日明後日急いで行く必要もないで。服も買えんけど」
「ふむふむ、確かに確かに」
雷にデコピンしようとしたら逃げられた。
「留美特に予定なーし」
「南のコボルドやっけ? 狩りに行く?」
意外にもママがそう言った。
「留美はいいよ」
「俺も行くに一票!」
「じゃぁ行こうか」
「ちゃんと気をつけてや。あの時みたいに囮とか許さへんで」
ギロッとママに視線を向けられた私は一瞬固まる。そして。
「……黙秘発動ッ、キリッ」
「なんでやねん」
母も父も、少し戦いに慣れてきたらしい。前回の戦いを見ればわかること。
初心者狩りのせいで、散々やったけどな。
明日の予定がまとまったところで、何を覚えてきたのかを聞いていく。
「何覚えてきた?」
「俺は『ダッシュ』ってのを覚えてきた。なんかぐおっ、ってスピードが一瞬早くなんねん。急加速って感じ」
「へー。どれくらい?」
「さぁ?」
「おい」
「でも、何となくどれくらい行くかは分かるから大丈夫やで」
「それならいいけど……」
留美のシャドウステップと似たようなもんかな。でも、ダッシュって名前が……。いや、何も言うまい。
続いてママの方を見た。
「ママは?」
「あたしは敵の動きを遅くする『ノガ・レイト』って魔法やで。敵の動きを遅くする魔法。今のあたしに出来るのは三人体まで。パパと違って詠唱が必要みたい」
「どんな詠唱?」
「…………」
ママは立ち上がると手のひらを前に向け、慎重な態度で口を開いた。
「プジノスロウヒェック、ヒュワールウォルデゥン、ノガ・レイト」
「……なんて?」
「草」
真顔で草はやめろ!
吹き出してしまった留美は、ママの出した光りの行方を追わずにニヤニヤする。すると雷が話しかけてくる。
「何語?」
「英語じゃないのはわかる」
「戦闘中あれ浮かぶ気ぃせえへんっ」
「舌噛むやつな」
「訳わかめな言葉くぁwせdrftgyふじこlp ……日本語詠唱欲しい〜」
「……なんて?」
「あばばばばば」
「水に沈めたろか」
「あばばばばばっ」
ママが椅子に座った。
「なんか詠唱めっちゃ長いな」
「詠唱以外でなんか魔力貯めたり時間かかったりする?」
パッと切り替えた留美と雷が質問した。
「光の玉が出てたやろ。あれを敵に当てなあかん」
「うわ。大変。しかもビミョーに遅かったし」
私が渋い顔をすると、雷がケラケラ笑いながら答える。
「でも、結構避けられへんで。感覚も狂うし、隙はできると思う」
「じゃぁいい感じか。詠唱って心の中で唱えるのはあかんの? 声出すとバレそう」
「さぁ、やってみよか」
ママの周りにぼんやりと光る玉が現れた。それをみんなに向けてくる。
私は椅子を傾けて滑り降り、雷は椅子を傾けたまま倒れていった。パパは物に身を隠して防ぐ。
うわー。結構避けれる。物に当たったら弾けるんは意外。
必中やったら文句ないのになぁ。いやそれやと、留美に向けられた時に詰む。速度失うとか致命的や。
私はよいしょと椅子に座る。留美は倒れている雷を覗き見た。
「おい雷」
「……ひよこが回ってる」
そう言いながら椅子を起こして座った。
「やっぱり心ん中やと、光り玉のスピードも遅いな。たぶん効果もやと思う」
「そっかー」
好奇心が疼いた。
「留美に撃ってみて」
「いいよ。プジノスロウヒェックヒュワールウォルデゥン・ノガ・レイト」
しゅっとまた椅子から降りる。
「いや受けろよ」
雷の言葉を受け流していると、光る玉が曲がって向かってきた。スピードも上がっているし。何より追尾機能が追加されてるような感じだ。
こいやー。
「グハッ!?」
特に衝撃はなかった。身体の重さがましたとかもない。確認するように歩き、走る。頭では普通に動いているのに、『空間』では確かに進む速度が遅いようだ。
困惑の表情を浮かべてあたりを見回す。
「見て見てー」
椅子から降りた雷が、高速で歩いていた。
「留美の動きが遅なってんのやで」
目の前にきた雷が腰を下ろし、上半身を左右に揺らす。完全におちょくられていた。でも真顔でブレてるのが面白過ぎる。
私は口元を押さえては肩を揺らす。
「あははっ! なんで声はそのまま聞こえんの!」
「知らん。こっちも声だけは普通やで」
「意味不明やけど魔法やもんな」
「やっぱそう片付けちゃうよなー」
「これいつになったら終わるん?」
「ママが解くか、時間経過」
雷が軽く握った拳で、お腹をポコポコ殴ってくる。
「あたたたたたたほわたぁー!」
「この野郎」
ほとんどダメージはないがちょっとうざい。
伸ばした手は避けられ、パシッと払われた隙に、またお腹をぽこぽこされる。
「あたたたた――」
「解いてー! ママー! ママー!」
パッと速度が戻った感覚がした。よし。
「喰らえっ!」
「グハッ! ……入ったぞお前……」
バタッ。
二拍くらい反応が遅かったが、ちょっと痛い程度のは入ったことだろう。
倒れ込んだ雷に乗っかって、関節を決めようとする。しかし、逆に関節を決められた。
「あーー!! へいへい! ギブ!」
「ふっ、たわいもない」
退いた雷の足にしがみついて、引きずられる……。
「もー、何やってんの〜。留美、汚れんで」
「よごれたー」
ママとパパはずっと私たちの様子を眺めてニコニコしていたり、おおらかに会話していた。何か笑っていたようだが、その内容は全くわからない。
とりあえず、ノガレイトは当たったらヤバいって事がわかったな。
これがゴブリンとかにも同じような効力があるなら、かなり有効。
でも一つ怖いんがフレンドリーファイア……味方に当たった場合はちょっと死ぬかもしれんな。ちょっと死ぬかもしれんて……あははっ。
あぁ笑い事ちゃうわ。ママには気をつけて使ってもらいたい。
椅子に座った私たちは、気を取り直して、パパに顔を向けた。
「パパは?」
「なんや?」
「なんや?! 何覚えたん? って質問の続き」
「あぁ、俺は『クリエイトウォーター』やな。水を作り出すスキルと、水と土を操作するような魔法を覚えてきた。名前というか、詠唱は『ヴォダ・アリヤ・ヌース』『アース・ゼィーン・ハントハーベン』これも詠唱なしでいける」
おぉ。
「無詠唱って、実戦ではいいけど、かっこよさ半減よな」
「実戦以外どこで使うねん」
「どっかで使うかもしれん。あと風魔法覚えたら四大魔法使えるようになるなぁ!」
「器用貧乏にならんかが、心配やけどな」
そういってパパは頬をかく。
器用貧乏なぁ。全部が平均以上やったら、なんでもできるマンやで。
でもやっぱ、なんかに尖ってる方もいいよな。突き詰めていく楽しさっていうのがやっぱいい。手広く出来んのもいいけど、プロフェッショナルってカッコイィっ。
「そうや。『クリエイトウォーター』は飲むと腹壊すらしいから、飲み水にはならんで」
「あら残念」
「でも有用な魔法やろ」
「水で、つるってな! 無様にすっ転んだなぁ……あははー!」
「留美完全に悪人」
躓かせる戦法か……。
ありっちゃありやけど、そんなことしてる間に攻撃魔法ぶち込んだ方が有用なんちゃう?
「土の操作も、走ってる時に土が凹んだら、俺死ねる」
「魔力の減り具合はどうなん?」
留美の質問に視線を上げる。
「動かす量によって、減りが違うみたいや。大きく動かそうとしたら、その分魔力持っていかれる感じやな」
「魔法マジでわからん」
「ファイアーボールと、水と土の操作って全然感覚が違うってことやんな?」
「ファイアーボールは名前の通り、火の玉を生み出して、打つ魔法や」
うんうん。やってんの見たことあるから、それは分かる。
「水と土の操作は、物質があってからの、操作ができる。水自体、土自体を作り出せるわけじゃないってことやな。魔力が多く持っていかれるけど、玉以外の形に動かせるって感じ」
「なるほど」
だからクリエイトウォーターを覚えたわけやな。土はそこらじゅうにあるし。水も作れる魔法を覚えた。森の中で使えるものでかつ、ありふれてるものを覚えてきたと。
ガッツリ攻撃じゃないのって、留美らのフォローするためかな?
「留美は?」
「ん? 留美はなー。『シャドウワープ』と、『針投げ』」
やべ。正直に答えてしもうた。
留美は動揺をひた隠しながら頬杖をつく。
「影なんちゃらって言ってなかった?」
「んん? ああ『影潜伏』は修練不足で使うの無理」
「『シャドウワープ』って『シャドウステップ』と違うの?」
「うん。移動系なんは同じやけど、ステップは足ついてんとあかんけど、ワープの方は地面に足がついてなくても発動できるスキルやねん」
見せた方が早いかな。
留美は『シャドウワープ』を使って、座っている状態から、少し離れた場所に降り立った。
まだ使い慣れてはいないが、もう着地でミスをすることはないだろう。
「お、おぉすっげ」
「崇めよ」
「じゃぁ『針投げ』は?」
完全にスルーされた言葉を、私もスルーして椅子へ戻っていく。
「針はどうすんの? 買うお金はないで?」
「ふっふっふー。教官がプレゼントしてくれた。命中率はまだ練習が必要かな、って感じ」
足に着けている袋たちを叩く。そして針を取り出す。すると、また「おぉ」と声が上がった。
実を言うと、新しい装備が増えてるのに、誰も突っ込んでくれんかったのが悲しかったりする。普通なんやそれ、とか、それどうしたん? とか聞かれると思っていたのに。自分から言うまで、全く触れられないという……。
雷が親指を立ててきたので、親指を返しておく。
「俺に当てんなよ!」
「もちの、ろんですわ〜」
「おーっほっほっほ!」
「なんで雷が言うねん!」
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