第92話 ナイフと刀の手入れは同じでいいのかという謎



 留美と雷のおふざけに、ククと笑ったパパが立ち上がる。


「明日に備えて寝るか」

「あー、ちょっと待って!」


 私はみんなが、部屋に行こうとするのを止める。

 少し言い淀んでしまって、なんだか緊張してきてしまった。別に意味があるわけではないから、留美は軽い調子でいう。


「リーダー、変わってほしいねんけど、どう?」



 部屋の空気が張り詰めた気がした。誰も答えない。雷ですら目をそらす。

 え、えっと……。空気重っもい。


「留美はリーダー向いてないやん? この世界に来てから頑張ってやってたけど、やっぱり違うと思うねんなぁ。それに、ローグがリーダーとか中途半端ちゃう?」



「そんなことはないと思う」


 パパがぽつりと言う。


「ローグだからとか関係なく。留美は周りの事をちゃんと見れてるし、リーダーでもいいと思う。もし、本当にリーダーという立場が重いのなら、俺が変わってやるから。留美みたいに上手くやれる自信はないけどな。もうちょっと続けて見いひんか」


 留美を安心させるかのように、パパが頭を撫でてくる。

 静かに語る言葉には、なんと言ったらいいのか分からない力強さがあり。『覚悟』という言葉が思い浮かぶ。

 留美がいなくなっても大丈夫そうだと、幾分か気持ちが楽になった。たぶん、そんなために言ったわけじゃないんだろうけど。留美は幸せ者だ。


 聞いていた雷が、一歩踏み出して言う。


「ならさ。順番にやればいいんちゃう? 俺も仕切るとか向いてないと思うけどさ、いざという時に留美以外も出来た方がいいし」


「あたしは無理やで。みんなの命を預かるなんて……無理」



「それを留美に任せてたんやで」

「でも……」


 パパがママを責めるように言ってしまって、また沈黙の音が鳴り、重苦しい空気が場を支配する。


 ママの言いたいことはわかるよ。

 リーダーは重要な行動を決める方針を出さなあかん。四人やから多数決で行けへん時もあるし。

 もしも命に関わることを判断せなあかんってなったら、誰だってイヤだ。


 ママがリーダーとかが嫌いなんは元々の性格やし。

 留美も絶っっっ対! にイヤ派だった。


 けど。最初にやらかしちゃったんだよなぁ……。なんであの時の留美前にでたんや。まぁそのおかげで今の留美がいるんやろうけど。



 そろそろ寝たいし、話を切るか。


「まぁ適材適所やて。やりたくないって人に任せて、全滅したら元も子もない。しばらくは留美がリーダーやるよ。もうちょっとこの世界に適応できてから、出来そうな人からリーダー回していこ〜」


「そう、やな」


 なんでここまで暗くなってんのか分からへん……。

 三人ともが苦い顔をするから、私は意識的に明るく声を出す。


「明日がんばろな。コボルドやで。初めていくエリアやでっ。どんな場所かな?! 新しいところ行くから、いつもより慎重にな! コマンドは命大事に、やで! 明日のために早く寝なければッ、じゃっ、留美はもう寝るわー」



 階段を駆け上がる。


 三人はそれを見届けると、行動し始めた。

 まぁ、寝るだけなんだけど。




 留美の部屋。

 自分の部屋に戻った私は無表情で、ナイフの刃を見る。


 手入れを一切していないのもあるが、雷の防具の事を思い出してしまう。戦闘時にいつも不安がよぎる。殺し合ってる時に、刃を打ち合わせた時に、ナイフが壊れるんじゃないかって。

 そうなったらもう死がすぐそこだ。


 刃こぼれや、大きな傷があるわけではないが、細かな傷はいくつもついている。


 げっとりついている何かを、布で拭い、イヤそうに見下ろした。



 今日買ってきた紙と油を取り出す。

 打ち粉とかいう、ちっちゃい石みたいのが入ったやつ欲しかったんやけど……まぁ見つからんかったもんはしゃーない。


 簡単にだが、手入れ風なことをしていく。



 間違ってるネット知識覚えてたらナイフを痛めつけてるだけになるけど。さて、どうかな?


 とりあえず。三枚の柔らかくした紙で拭って。

 新たに手に取った柔らかい紙に、油を含ませナイフに塗っていく。

 油の量を確認して調整したら、簡単な手入れ終わりだ。


 拭いたから少し綺麗になった。戦闘の後にはちゃんと拭くようにしないとダメだな。油やばい。

 試し斬りしてみた方がいいかな?


 自分の手の甲を斬る。


「んー、心なしか、斬りやすくなった?」


 あ、痛くなってきた。



「ママー!」


 手が切れた。と『ヒール』してもらいに行った。

「気をつけや」とだけ小言をもらい、雷の部屋へ行く。



「雷ー」


 コンコンコンコンコン。



「入ってまーす」


 コンコン。


「入ってまーす」


 コンコン。


「入ってまーす」

「いや開けろや!」


 勝手にドアを開けて入ると、ベットに座っていた。



「何?」


「剣の手入れっぽいことしとかへん?」

「おぉ、そういえば修理に出してなかったな。頼むで鍛冶屋さん」

「誰が鍛冶屋や」


 雷がベットにかけてあった剣を手に取る。留美は部屋の中に入ってドアを閉めた。



「どうやって手入れすんの?」


「ふっふっふー。実際あってるかどうかちょっと不安やけど――」

「ネット知識か」


「……うん。高校の先輩が刀好きでさ、その人の自慢話なん回も聞いてて。刀の手入れってこうするんやで。なんやよう分からんこと言ってたから、後で調べた。その記憶が残ってただけ」


「なら大丈夫やろ。実はこの剣ちょっと錆びててさー」



 笑っているが、笑い事ではない。剣にとって錆は致命的になりうるぞっ。

 元々の状態が悪すぎる。前に使っていた人は手入れをしていなかったんかな……。


「雷くじ引き運悪すぎかよ」

「はぁ? 俺ほど運のいいやつはそうはおらんぞ」


 防具壊れて、ゴブリンに刺されてる奴が何言ってんのやろ……。



「とりあえず、どうしよう」


「え」


「錆び付いた剣ってもうヤバイやん」


「でもお金ないからなぁ」


 ないんだよなぁ……。

 剣を買おうとしたら金貨数十枚が必要や。…………ないなぁ。

 今すぐベットにダイブしたい気持ちを抑えて、ポーチを探る。


「油とるもん持ってない?」


「のー」


「はいこれ。とりあえず汚い油拭いて。力入れすぎ注意な」


「オッケー」


 柔らかくした紙を十三枚使った。

 留美と雷で二十五枚使うのか。安いけど、毎回使うにしては高いな。



「うわ、なんか。今更やけどやらかした気分……」


 留美が落ち込む側で、雷が剣を動かす。


「私は大丈夫、好きに磨いて良いよっ」


「絶対言ってない」

「あ〜! きっもちぃー!」



 なんちゃって知識でやってみた後って、ほんまなんでこう……やらかしたーって思うんやろう。大丈夫なのかめっちゃ不安。

 やってから後悔する。あるあるですねー。……そのうち鍛冶屋さんのところに持っていこう。もしかしたら安価で修理できるかもしれん。


「留美見て、油の乗り方が全然違うで」


「雷のベトベトやったしな。ゴブリンの服剥いで、戦闘終わったら拭くようにしといた方がいいで。相手潰すんならいいけど、切れ味が悪くなる。はず」


「覚えてたらな」


 ゴブリンの布を三つほど渡した。

 紙も十五枚ほど渡しておく。



「ん」


 空間に消えていったアイテムたち。

 めちゃくちゃイベントリ覚えたいっ。


 留美は気になって、アイテムが消えていった場所で手を振ってみる。まぁ何もない。


「俺しか触れられんで」

「剣入れて、ちょっと出してや」


 ひょいと空間にぶっ刺した剣が途中で停止する。


「お、止まった。留美からはどう見えてんの?」


「空間にいきなり剣が半分ある感じ。……ハッ、雷、アレできそうやで」


「あれ? なに?」


「刃のところ反対にしたら……」

「ハッ。あのカッコイイやつッ!」



 簡単に検証してみる。

 半分出ている剣は留美も掴めた。そして引っ張り出すことも可能。しかし押し込むことは出来ないようだ。


 剣の持ち手の部分にぶら下がったらどうなるかは……今はちょっと試す気にはなれない。

 留美がイベントリの場所を把握さえできれば、もしくはどうにか位置を決めていれば。雷と留美でコンボ攻撃的なことも出来るんじゃないかと、話が盛り上がる。


 そしてイベントリーは、複数の入り口から出すことが可能らしい。


 やはり、あの戦い方が出来る……? 今のところ速度がないから、物を出たら下に落ちるだけだ。

 雷は色々試して見て、剣発射したるって息巻いていた。


 ふつーに、できたら脅威やしな。



「んじゃ」


 立ち上がって、じゃぁね、と手を振る。


「さっきの油は?」

「十ミリリットルの植物性油。道具屋で売ってるよ。今は留美に声かけてくれたら貸すけど」

「おけ。明日に備えて寝ますかね。おやすみ〜」

「ん、おやすみ」


 留美も寝よう。

 なんかテンションが普通に戻ってくると、ドッと疲れを感じるわ……。今日留美頑張ったもん。



 自分の部屋に戻った留美は、ベットにダイブして、靴を脱ぐ。


 あの寝袋気持ちよかったなぁ。

 布をお腹にかけて、枕を抱いてまるまるように目を瞑る。


 おやすみなさい。



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