第93話 家への侵入者



 朝。


 何か物音がした。

 ……足音? 急激に体温が上がり、緊張で頭が真っ白になる。


 ドクドクドクドク。


 だれか、入ってきてる。こんな経験初めてでどうしたらいいのか分からない。


 どうしよう。だれや。みんな部屋にいる。誰か入ってきた。どうしよう。こわい。どうしよう。殺そう。殺せばいい。家に侵入してきた敵は殺さないと。敵だもん、殺していいよ。殺さなきゃ。家に入ってきた敵を殺さなきゃ。怖いから殺さなきゃ。怖いから消さなきゃ。殺さなきゃ。殺さなきゃ……。



 空はまだ薄暗かった。音を立てないように体を起こし、震える手でナイフを握る。

 震えてる……。


 留美は震えている自分にムカついて、腹に叩きつけた。


「ぐっ……」


 打ったお腹を、ぎゅっと抑える。

 目的。するべきことがあるのに、躊躇してる暇はない。怠けている暇はない。


 靴を履いて、そっと部屋の外に出る。



 殺さなきゃ、排除しなきゃ。留美の家から消さなきゃ。安全区域に敵がいるのはダメだ。今すぐ消さなければ。



 音を出さないように気をつけて。ゆっくりゆっくり。

『家に入ってきた敵を殺さなきゃ』もはや頭にはこれしか残っていなかった。


 怖いから、動かなくなるまで殴らなきゃ。まともに相手したらこっちが殺される。



 広間へ降りる。

 留美は人の足音を見失っていた。


 スキルに人の反応はない。だからこそ余計に怖い。確実に入ってきた音だった。もしかして夢だった? 分からない。分からないけど、気持ち悪い。


 部屋を確認していって、井戸で水を飲む。



 いない。



 気のせい……かな。いま一度、薄暗い部屋を見渡し。私は白刃一瞥して階段を上がっていく。

 静かに。そっと。ゆっくりと。

 自分の鼓動だけが耳に届く。




 留美の部屋。

 ゆっくり開いた自分の部屋に人影を見た。その瞬間、思い切りナイフを投擲する。


 ドスッ!

 壁に刺さる音が響く頃には、もう一本のナイフも抜き放ち『シャドウステップ』で刃先を人影に向けていた。



 ナイフが空振る。目の前から消えた人影が、後ろにいるとスキルが示していた。

 今のはシャドウステップ。ローグの技だ。


 投擲したナイフを簡単に避けられ、追撃した攻撃も難なく避けられた。

 声はない。敵だ。侵入者だ。消さなきゃ。


 脳裏にこびりついた初心者狩りの表情が、酷く私を動揺させる。冷や汗が滲み出て、呼吸が荒くなっていく。


 壁から抜いたナイフを鞘にしまう。

『音聞き』と『空間』をこの部屋周辺だけに絞って、狂気に満ちた目が朧げな人影へ。



「留美の家から排除する」



 慌てたような音に構わず、私は攻撃する。

 侵入者を排除しなければならない。最初の方針に従うのだ。それ以外を考える余裕がない。


 この狭い部屋でうまいこと避けられ、両腕を掴まれてしまった。

 思い切り蹴る。蹴る。蹴る。



 すると上からの衝撃にふらつく。私は頭突きをされたらしい。


 その攻撃に、留美は一層頭に血が上った。痛みのある腕に力を込める。しかしピクリとも動かない。家から排除するという目的が飛んでいって、ただただ怒りで目の前のやつにやり返す。に思考が移行していた。



 相手も留美の戦意が失われていないと感じたらしく、再び頭突きをしてくる。


「うっ……い、痛い……あたま」


 頭を押さえたくても、両手を抑えられているから何もできない。


「いい加減落ち着けっ。あと人の話を聞け!」



 初心者狩りのような嘲りじゃない。それになんか、聞いたことのある声だ。


 涙の溢れる顔を上げると、外からの光りで照らされた顔が見えた。

 いや、見えていたが、知り合いだと理解できていなかったのだ。


 そして言葉から察するに。彼はなにか言っていたようだ。しかし、全くもって私には聞こえていない。雑音として処理してしまったのだろう。困ったものだ。


 私はパチリと丸まった目で困惑を口にする。


「……きらさん? ふぇ……」



 キラさんはため息を尽きたそうにすると、急に挙動不審になった私の手を離した。

 彼が一歩離れたように、私も一歩離れる。


 手に持ったナイフを見て、鞘に戻した。

 留美が悪いのか、不法侵入してきたキラさんが悪いのか。でも負傷者出てないし……あ。頭痛い……。石頭め……。


 とりあえず、知り合いの人に会ったら挨拶や。


「えっと、おはようございます」



「おはよ」


 めっちゃ警戒されてる……。

 留美は乱れた髪を手櫛で直していく。


「あ、あの……、何か、なんのご用です?」


「何のようだと思う?」



「……不法侵入って分かってんのか?」

「攻撃されたのは俺の方なのに、なんでお前が不機嫌そうにするんだよ」


 どこか他人事で、なんだか私はぼんやりと眺めるような感覚になっていた。

 俺は不機嫌そうなのを隠そうともせず、堂々と片足に重心を乗せる。


「さっさと要件を言ってくれ」


「……勝手に入った事は悪かったよ。ほら」



 そういって、男は草を投げてくる。緑色と白い草だ。


 意味がわからなかった。

 俺にこの草をどうしろと? 嫌がらせか? そんな考えが浮かんだ時。


 解毒薬を渡したときの約束事や。つぎ会った時でいいと言った言葉が蘇ってくる。


 わざわざどうも。


「前に解毒薬分けてくれただろ? そのお返しだ」



「次会った時って言ったじゃないですかっ。急に入ってくるからめちゃくちゃ怖かったです」


 お化けなんていなーいさ。人間の方が怖いーいさぁ〜。マジで怖かった。

 私はじっくり見るようなふりをして草を『鑑定』する。


『解毒草』

 食べると毒草の毒を打ち消せる。

 すりつぶして混ぜると解毒薬になるっぽい。



『薬草(微)』

 食べると傷が回復する。

 弱って入る上に、採取が雑で痛んでるっぽい。



 薬草(微)って……どうしろ言うねん。余計に多くもらったところで、瓶の数は限られている。弱いポーション作るよりも、強いポーション作るべきよな。

 見終わると、私は薬草(微)を差し出す。


「あの。白い方は受け取りますけど、こっちはいらないです」


「なんでだよ、薬草だろ?」


「確かに薬草ですけど。弱ってますし、誰が取ったのかわかりませんが、取ったときに痛んでます。こんなもので作れば、ポーションに効果は期待できません」


 もっともらしいこと言っておく。

 目を細めたキラさんが少し考えるような仕草をした。彼はしばし間を置くと、留美を見下ろしては、私の突き返した薬草を見る。


「あのジジィー、何が一番いいやつだよ」


「キラさん口に出てますよ」


 恨めしそうに言うキラさんを見上げ、私は苦笑いをする。


「じゃぁ、これは捨てとくか」

「え、待って、捨てるくらいなら貰います!」


 キラさんが窓から薬草を放り投げ用としたのを見て、私は慌てて制した。

 全くなんて勿体無いことをしようとするんや。そんなんするなら、留美がもらうっ。



「さっきまともなポーション作れないって」


「傷の治りが早くなる水くらいは作れるかなって……」


 私はポーション作りの腕がいいわけじゃない。鑑定があって、素材がいいからすっごいポーション作れるだけ。あと採取の腕もなかなかいいか。

 あとはすり潰して、水を入れるだけなんだから、子供でもできる作業や。


 キラさんに握られた哀れな薬草を取ろうと、彼の指を引っ張る。


 おかしいな……。指一本と留美の両手が拮抗している……だと!? そういやこの人、石を素手で砕いてたな……。



 ムッと片頬を膨らます。


「キラさ――」

「なら、作ってみてくれよ」


「ん? 何をです?」


「今の流れからいったらポーションだろ。金を払うから作ってくれ。なんなら瓶もやるぞ」


 そういって、ポーチから瓶(中)を取り出した。

 なんでそんなもの持ってるの? きっと空間魔法が施された、ベルトポーチなんや。デザインはちゃうけど、留美も同じようなん持ってるし。


 手にある薬草と、瓶(中)を見下ろす。『やる』『やらない』の返事をする前に渡されてしまった。

 どうしようかなぁ。



「ポーションを作ってるところ見ていいか?」


「嫌です。ポーション作ってるところ見たいなら、ポーション屋の人に頼めばいいじゃないですか。毎日ポーション作ってるでしょうし」


「ポーション屋の人間は、どこも教えてくれねぇーんだよ」


 そりゃー、薬草見つけて、すりつぶして、水入れたら完成やもん。みんな知っちゃったら商売にならないしね。

 あれ、これ教えたらダメ系?


「なら、私も教えたくないです。というか、教えてもな……」



 断られることが分かっていたかのように、キラさんは両手をすくめて見せる。


 諦めた?


 キラさんが窓辺に足をかけた。

 土足でどこに足ついてんじゃコラ。そう思ったのは一瞬で。自分もやってたわ、と自分の方へも怒りが湧いてくる。


 キラさんにピッと指さされ、ドキリとした。


「解毒草は渡したからな。あと、この瓶にその薬草でポーションを作って欲しい。後で金は払う」


「まぁそれなら……。この薬草一本なら、瓶の三分の一にも満たないですよ?」


「それで構わない」


 うーん。なんのためにいるんやろう?

 キラさんたちなら普通のポーション買えるやろうし。弱くなるでって提言してんのに、わざわざ瓶まで用意して、作ってこいとか……。

 留美頭悪いからよく分からん。


 瓶と薬草をポーチにしまう。


「わかりました。二日後か三日後に行きます」


「じゃぁな」

「はいまた」


 キラさんが去って行くのを感じる。



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