新たな狩場へ

第94話 コボルド洞窟……遠い



 留美は窓を閉めると、ベットに倒れ込む。


 あぁ〜〜〜、どっと疲れた。あの人らと会うと本当に疲れる。

 空気が張り詰めるって言うか、押さえつけられるような恐怖心が出てくっていうか〜。

 なんでだろ? 怖いからだよ! 最初の出会いがまだ尾を引いてるってのもあるけど。今日は初心者狩りのことと、不法侵入でパニック起こしたんや。


 はぁ。今日は知らない所に行くから、気を引き締めなあかんのに。朝からどうしてくれんねん……。つかれた。


 カチャ


「留美?」


 開いた扉からママが入ってきた。


「……ん? どうしたん?」


 私は起き上がって顔を向ける。母は心配するような表情で部屋の中を見渡した。物の少ない部屋の中は、何かが隠れられるような場所は限られいている。


「誰か居ったん?」


「うん。知り合いがきとった。なに? あ、うるさかった? ごめん」


「何もないならいいけど……」


 あれだけ騒いでたらそりゃそうなるわな……。留美はコロコロとベットの上で転がる。

 その様子を微笑ましそうにみると、ママはそっとドアを閉めて行った。



「…………」


 今のは夢だ。怖いのは全部夢でいいよ。人間なんか大嫌い。みんな死ね。そんなこと言ったらだめだ。必要ないなら関わりたくない。関わっていたい。一人は嫌だ。みんな嫌い。みんないらない。自分がいらない。一番いらない。そんなこと言ったらあかん。他人の方がどうでもいい。一人になりたくない。寂しい。一人がいい。みんな邪魔。むかつく嫌い。人と関わりたくない。家族さえいればそれでいい。敵ばかりの人間大嫌い。



 噛んでいた爪を口から離す。


「優しくありたい……な」


 ナイフを取り出して肌を切る。

 いらない、いらない。こんな自分必要ない。いらない。消えろ。死ね。消えろ――



「…………ふふっ。いたい」


 笑った口に、しょっぱい液体が入る。ぽろぽろ流れている涙が止まるまで、今しばらく時間が必要だ。

 刃に付いた血を手の甲で拭う。笑みも消えた。


 ナイフを鞘へしまうと、じんじんと痛みを訴えてくる傷を殴りつけて、にじる。


 表情は抜け落ちたように動かない。


「はぁ…………」


 長い感嘆のようなため息を吐いては、混濁した瞳が宙を見る。



 涙が乾いた頃、おもむろに起き上がる。

 無駄な体力を使った。無駄な思考をした。無駄無駄。無駄だらけ。生きることもどうでもいい。死ぬ前に毒でも撒いてやろうか…………犯罪だからダメ。


「動かないと。頑張らないと。失敗はダメだ。全員殺せるくらい。留美ならできる。やらなきゃ。できなきゃ……」


 不安になると情緒が乱れまくってしまう。責めてしまう。そしてそれを抑える術を、私は知らない。


 腫れていたらいけないから、今はもう少し部屋にいる。

 痺れ草二本から毒薬(マヒ)を四つ作った。

 瓶を買いに行かないと。




 井戸へ。


 起きている家族に明るく挨拶をして、水を飲む。

 自分の顔の映る、水の入った桶。


「…………留美は大丈夫。留美は大丈夫。留美は大丈夫。……よしっ、留美は大丈夫っ」


 留美は血を水で洗い流していく。ごしごし。

 ついでに顔も洗って歯磨きもする。



 じゃーっと桶の水を捨てた。


「おはよ」


 雷があくびをしながらやってきた。


「おはよう。雷寝癖すごいで」

「知ってる」


 雷は自分の頭を撫でて、寝癖がついている場所を気にするようにわしゃわしゃする。そんな様子に留美はクスッと笑って、通り過ぎて行った。




 広間。

 家の中に戻った留美は、髪の毛を梳いて、髪を括った。

 朝の準備は終わったし、あとはみんなの準備を待つだけ。現在七時過ぎ、もう一回寝ようかな……。私は面倒そうに机に倒れる。


「留美準備できてんの?」


「完璧、いつでも行けんで」


「あとはパパ待ちやな」




 ギルド。

 戦闘準備を終え、朝食を取りに行く。


 少し期待していたのに、やはり。と言った感じだ。もう少し改善して欲しい。要望箱があったら、絶対何か書く。


 全員食べ終わると、まぁ留美が遅いんやけど。


 クエストを見に行った。

 コボルト一匹、完了金額は銀貨十枚。今日は倒せる敵かどうか、小手調べに行くつもりやし、これでいいかな。


 紙に手を伸ばすと隣にいた雷が、自分の前にある紙を指さした。


「なぁ、もうちょっといけるって。三匹くらい行こうや」


「えー、三匹倒す? 最初なんやから、慎重にいこうや。もし倒せん敵やったらどうすんのさ」



 留美の言葉に不服そうな雷は、ブスッとした顔をする。

 ママが雷を宥めている隙に、私は弟を無視してクリスティーナさんに所へ向かう。


「おはよう♪」

「おはようございます。今日はこれ受けます」


「コボルド一匹ね。いい? コボルドは洞窟の中に住んでるわ。基本的に夜行性だから、夜になると活発に動き出すの。その前に帰ってくることね」


「情報ありがとうございます。それじゃ、行ってきますね」


「行ってらっしゃい♪」



「夜行性なんだって」と情報を共有しておく。

 誰も知らなかったことに、膝から崩れ落ちかけた。外じゃなかったら崩れ落ちてるよ留美。


 時計塔付近まで行ってから、南方面に行こうと歩き出す。


 留美はポーチからポーションの入った瓶を取り出した。


「みんなポケットとかあるよな?」


「あるで。なんで?」

「何個ある?」


 雷に聞かれて答えたが、弟はお呼びではない。


「俺ズボンに二個」

「あたしはローブの中に四個ズボンに一個やな」

「俺も、ローブに四、ズボンに二個」


「雷は聞いてない」

「何でやねん」


 ローブってそんなポケットだらけになってんのや……。


「これ欠損治るポーションと麻痺毒な。持っといて」


「わかった」

「うん」


「俺のは?」

「ない」


 二人はローブの中に入れていた。

 雷が足を止める。


「世の中って不条理の塊よな」


「らーぃ、おいて行くでー」




 南門。

「待って。街出るまでにもうすでに疲れてきてんねんけど」


「四時間は歩いたよな……つら…」


「大丈夫かいな二人とも」


「お腹すいた」

「留美は無理、いま食べたら緊張で吐いてまうって」


 昼食と夕食を買っておいた。



 雑談しながら門を潜る。見る限り草原だ。

 青い空と太陽の光に照らされる緑色の草たち。生き生きと伸びている草のない地面は、人が通り続けた痕だ。遠くに見える絶壁まで、道が伸びていた。


 やべー、開放感やべー。語彙力失うレベルでやべー。


 私が感動しているところに、後ろから聞きたくない会話が聞こえてくる。


「今、弱そうなのが出て行ったな」

「ゴブリンの森が今封鎖されてるし、そのせいだろ。賭けるか?」

「ははっ、いいねぇ。んじゃ、帰ってこない方に銀貨五枚!」

「俺は帰って来る方に銀貨五枚」


「東に行けなくなって、仕方なしに実力不足のまま来た奴か、そうでないか。お前、この賭け弱いからなー、あいつらは帰って来るよ。ははっ」



 何あれ、感じ悪い。

 人の命で賭けしてる時点で最低な人決定や。


 全部聞いていた私だったが、一瞥もせずに自分の気持ちを落ち着かせる。



 ゴブリンの森とは違い、すぐに敵がいる場所があるわけではない。

 広々とした草原の上に何かがいたならば、目視でわかることだろう。


 見るかぎり絶壁と穏やかな草原。

 あたり一面は穏やかな色合いが占めている。


 遠くに見える高くそびえる壁に洞窟があるはずだが、まだ見えない。遠い。遠いよ……。洞窟の前に村とか作って欲しい。一泊してからダンジョン潜りたいよー。


「こっちであってんねんな?」


「たぶん。このまま進んで、絶壁の下まで行けば、洞窟があるはず」




 歩くこと三時間。絶壁の側の洞窟前にやっと来れた。


 もう疲れてる。

 太陽の傾き具合から、十五時を回っているのではないだろうか。コボルドに会ってないのに、この疲労感……どうなってんだこれ。


「つっかれたー」


「ちょっと休憩しようか」

「賛成」

「水欲しい……死ぬ」


 水は桶一杯分しかない。やばい。ペース配分考えないと、マジで詰むやつや。

 あの青い髪と髭の商人やってる太っちょおじさんがとか。

 リアル追求しすぎて、水がねぇ、敵食うんかい、寝込みを襲うんじゃねぇ、重量……。おぉい! って、あのゲームみたいに、空腹で死んでしまう。


 もはや、今の状態がゲームっていう……。はっ、留美は今ゲームをしていた!? ……はぁ、ログアウトボタン出てこおへんかな〜……?


 出てこおへんよなー……。



 休憩している間に、留美はコボルド洞窟の内部を探っていく。

 髪を耳にかけて、息を殺すように口元を袖で押さえる。そして目を瞑った。


 洞窟はいくつかの入り口から、下に降りていく感じ。複雑な道、通路も細かったり太かったり、部屋っぽい場所もいくつかあるな。

 もしかしたら、下に降ってることを感じ取れないかもしれない。

 歩いてたらいつの間にか地下三階に来ていた、みたいな。


 見通せるのはここまでか。

 あんまり深くまで潜ると、帰ってこられん可能性があるの怖いなぁ。迷うのはマジ勘弁。

 食料なくなって餓死はイヤ。


 地下の方は強いコボルドもいるって話やし……。


 まぁ今回の目的は、場所の下見と敵の強さの確認や。

 洞窟に来るまでの道と、大体のかかる時間はわかったし、次はもうちょっと早く来れるかな。



 留美はあたりを見渡す。

 うーん、野宿か……。

 時間考えると、この辺で一泊したいところやけど。


 誰も居らんなぁ。近くに村とか、キャンプ地とか……。うーん……。ゴブリンの森に行きたい。



 目を開いて洞窟の内部を目で確認する。

 洞窟内は真っ暗なん? ここから見る限りでは暗い。太陽の光が眩しすぎて、暗い場所が見えてないって可能性もあるけど。

 中に入ったら意外と明るいってパターンあるよ。いやないか。コボルド、夜行性やもんな……。


 一応小さいランプは持ってきたけど、心許なさすぎる。

 留美、相手の有利な場所で戦いたくないねんけど。


「ガルルウゥ」


 ビクッ

 こ、怖い。ゴブリンとはまた違う低い唸り声。獣って、怖いな……。


「なんか聞こえるけど、大丈夫かな?」


「俺に聞くな」


 そばにいた雷も洞窟内を覗いている。



「留美も確認終わったみたいやし行こ」


「待って。えっと、さっきわかった事なんやけど。まず、この洞窟は複数個で入口がある。んで、ちょうどここと向こう側が、一本道で繋がってる。でぇ……、右左にいくつか道があって、そこから下に行くっぽい。コボルドたちは洞窟の地下で暮らしてる。複雑な道で、通路も細かったり太かったり、部屋っぽい場所もいくつかある。中が暗いのか明るいのかは不明」


「おぉ、助かる。全然入ってこおへんかったから任せた」

「洞窟やし、迷路やろうなとは思ってたけど、やっぱ地下か……」


 暗い、狭い、地下、嫌いな要素が三つもある!

 さらに言えば敵がいるとか、中汚そう、空気悪そう、とか環境の問題と。

 敵が強そうとか、獣怖いとか、ほぼ道での戦闘になるからみんな広がれへんとか、隠れる場所ほぼないとか。文句いっぱい言いたい。


 あぁ、そもそもここまで来るのがしんどいってなんやねん。どう考えてもゴブリン倒してるのが楽に稼げるやん。

 なんでわざわざこっちに来ようって人がいるのか、意味わからん。

 なんか需要があるんやろうけど、それがわからんから、ここにくる意味がさっぱりわからん。



「あ、そうや。わかるのはわかるんやけど、敵の場所がさ。洞窟やからあんまり役に立たんかもしれん。なんか音が反響しすぎてて、頭痛くなる」


「留美が不調になるのは痛手やな。そのまま洞窟抜けるんはどう?」

「ああ行ってみる? コボルドが向こう側にもいるかもしれんし」


「別の奴がいるかもしれんけどな」

「ナーガとか?」

「オークや言うてなかった?」


 どうやっけか。

 クリスティーナさんの言葉がぼんやりしか思い出せない。なんか言ってたような言ってなかったような……。


「コボルド倒す気満々やったから覚えてない。誰か調べといて」



 反応がない。

 はいはい、留美が調べときますよーだ。


 留美は気合を入れるように、精一杯肺に空気を入れた。


「じゃ、進むで」


「おう」



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