第103話 帰ろう



 にしても分が悪い。


 睨み合っている時に相手が動く。正確にはローグが影から出て来た。

 相手の人数を把握していたはずなのに、なぜか三人は驚いている。


 なんで驚くんや。六人って最初に言ったやろ。


 相手の動きを見逃すまいと、真剣に見ている私たちを落ち着かせるように、相手のローグは軽い口調で喋り出す。


「止め止め。どう見ても敵じゃないでしょ」


「そうよねぇ。ふふ……」

「オルグが愚かなことをしたせい」

「反省しなさいっ。あと謝るの!」


 遠距離勢の女性三人に言われた戦士の男が渋い顔をする。


「いやでも構えられてるし」


 ドカッと痛そうな音がした。

 殴られた戦士の男は悶絶した表情で、頭を抱えている。

 なんで仲間割れしてるんだろう、そんな答えの出ない疑問が頭を回っていた。


「どう考えてもお前が悪い」


 戦士の男を真似るように、影から出てきた男が追撃した。再び頭を抱える男。


「さっさと謝っとけよ」



 恐怖スイッチが入っている私は、相手のしていることが理解できなくて。警戒しなければ。と言う考え以外を持つことができないでいた。

 何より敵が武器を構えている。私にとっては、それだけで攻撃する隙を伺うのには十分な理由だ。


 二度叩かれた男がしょんぼりした声で言う。


「すまなかった……」

「え、えと……」


 雷が答えようとして口をつぐむ。


「初心者のフリしてるだけの可能性は?」


「いやいや、あの表情は振りじゃできないね。そういえば、ゴブリンの森が封鎖されてるって聞いたような」


「ん。使ってる武器が見るからに古い」


「最近来た迷い人……何人かいた気がするけど……」



 魔術師の女とローグの男の会話を聞いていた戦士の男が武器を収めた。すると他の五人も武器を収める。

 私たちは納めない。納めてしまえば、相手の抜くスピードについていけないからだ。


 ジッと見てくるローグの男を睨み返す。

 何も持ってないよと笑顔で手のひらを見せてくる。めちゃくちゃ胡散臭い。



「そう警戒しないで」

「近寄るな」


「お前のせいで、俺まで敵認定されてるじゃねぇーか」


「すまん……」


 相手のローグは細い目をさらに細める。そして薄笑いを浮かべだした。刺激しないようにするためか、一歩下がって、女性の方を一瞥する。


 なになに、なんなん!? 内心パニックになりそうなのを必死に隠す。

 いきなりこられると先ほどの雷同様、身体が動きそうもない。



「武器しまわない?」


「さっき、こちらの仲間を殺そうとしたのは、そちらです」


「いや、俺はそいつの力を見たくて。剣を抜かなかったらちゃんと寸止めしようと――」

「見事に逸らされてた」


 幼い印象を受ける魔術師の格好をした女の子が淡々と答える。それに対し、オルグと呼ばれた男は頬をかきながら笑う。


「あれは油断してたからだな……」

「喋るのは後にしてもらっていいですか?」


 私が出来るだけ、棘のある低い声で言うと、相手もどうしたもんか。と聞こえて来そうな表情をした。

 一応悪かったと思っているようだ。

 それは誰に対してなのか。


 ローグの男が一歩前に出てきた。笑みを浮かべながら、私たちの顔を順に見て行く。



「あんたがリーダー?」


 いつまでも目の前にいるパーティーに、留美はいい加減我慢できなくなった。殺気立って一歩踏み出そうとした私を察して、雷が掴んだ。


「やめとけって」


 悔しい。

 留美が弱いから。留美がもっと強かったら。留美が判断ミスしたから。

 基本ネガティブな私はドロドロとした感情になびきやすい。



「行こうか皆んな」


「いいんじゃない?」

「わかった」

「また会いましょうね」

「クロノが変に警戒するよう言うからだぞ」


 奇妙な六人組。でも強い人。そんな感想を抱く。

 どんな顔で、どんな服着てて、どんな歩き方で、どんな足音で、どんな人たち? 仲良くなれば利用できそう?


 体格も良く、軽鎧を着ているキャラメル色の髪に、暗い茶色の瞳をしている男が、おそらくリーダーだろう。適性は見る限り戦士。


 紫色の髪と瞳を持っていた、影から出てきて私と話していたローグ。コミュ力は高そう。陽キャっぽくてムカつく。


 戦闘の補助してたクレリック。自分から囮になりにいくって相当実戦積んでそう。黒髪黒目ってのもあるけど、きっと迷い人やろうな。話しかけるならこいつかな。


 赤い髪と茶色の目を持つグラマーなお姉さん弓使い。エルフじゃないのが残念。なんか見るからに留美と相性悪そうなんよな。


 雷に切りかかってきた深い青色の髪と薄い瞳を持つクソ野郎。適性はおそらく戦士。んでもって脳筋。当分許さん。


 最後に、一番格好としては奇妙な魔術師。可愛らしい水色の髪をショートボブに整えている。大きな帽子から覗くのは、緑を帯びた青い瞳。

 比較的小さな体に合わせて作られた、前で止めてあるマントのようなローブから覗く、大きな帽子と同様の色をした着物が目を引く。綺麗な帯も、薄く模様の入った着物も、こんな場所に来て汚れでもついたら大変だ。足袋の下で、カポカポと音のする下駄。

 手に持つのは杖でも鈍器でもなく、宝石のついた短い槍だ。



 しまった。

 魔術師の格好が珍し過ぎて、一人をガン見してしまった。


 六人は森の奥へ消えて行った。と思いきや、ローグが一人隠れて私たちを見ている。

 気づかれていないと思ってんのかな? あんなん『音聞き』か『空間』だけでも見破れるよ。




「はぁ、なんやったんや」


「めっちゃ疲れたー。俺、死んだかと思ったで」


 家族は彼らの姿が見えなくなると、緊張の糸が切れたようだ。屈み込んだ家族を見下ろす。

 そこにいることは言わない方がいいかな。



 気が立ってます、と私は声を荒上げる。


「すん止めする気やったみたいやけど、怖いことすんなよなって感じよな。あの状況で力見たいからってアホやろ。脳筋にも程があるッ」


「叩かれすぎてアホになったんちゃう」



 三人が立ち上がった。

 留美は武器をしまって洞窟の方を見る。コボルド戦ありませんようにっ。これは本当に切実だ。


「誰も怪我しんで良かったわ」


「どっと疲れた。早く帰って休もう」


「お腹すいた……お腹と背中がくっつきそう」

「わかる。お腹空きすぎてカリカリしてもうた」

「いやふつーに警戒しとったやん。留美殺されかけたもんな。過剰反応すぎてこっちの方が怪しいって言う」

「うるさい黙って」

「へいへい」


 雷が洞窟へ進み出す。一番後ろで歩いていた私はぴたりと足を止めた。


「ちょっと先に洞窟入っといて」


「留美?」

「わかった。すぐ追いつけよ」



 私はニコリと笑う。何かを感じた三人は、素直に洞窟へ入って行く。その時二本のナイフが投げられた。私の足元に。


 ほんと、何がしたいのやら? ……まじで何がしたいんや?


 私は地面に刺さったナイフを二本とも抜く。本当になんで武器を投げられたのか理解できず。一本はローグに向かって『針投げ』で投げ返した。

 ナイフもスキルを使えば同じように遠くまで投げることが出来る。投げたナイフは、ちゃんと相手に刺さりかけたようだ。


 ……チッ刺さればよかったのに。


 一本はありがたくもらって行くことにする。よく分からないけど、武器は多い方がいいもんね。そう思うと、投げ返したナイフももらっておけばよかったと、ちょっと後悔……。


 光が萎んでいく。

 洞窟の中が徐々に明るくなっていって、三人が止まっていた。


「お待たせ」


「何してたん?」


「なんか話してたから、一応、何言ってんのか聞いとこうと思って」


 さらりと嘘をつく。


「何言ってた?」


「なんか、今日はどっちに行こうかーって。もう切り替えてた」


「早っ」


「留美たちも帰ろ」



 さっきのパーティーが来る途中に倒したのか、コボルドの屍がいくつか転がっていた。

 耳が切り取られているのを確認すると、用はないとばかりに素通りする。


 私たちは一戦もせず、洞窟から出ることができた。



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