第102話 一触即発



 木の陰に身を潜める私たちは、洞窟から出てきた人たちを見る。この場所なら、向こうからは見えにくいはず。

 戦士らしき人が二人。魔術師一人、クレリック一人、弓使い一人、の五人だった。バランスがいい……。

 全員戦闘態勢のまま、コボルドの洞窟の前で止まった。


 そこで止まる!? それに五人?


 いや、もう一人いるはずや。さっきまで六人おった。ローグ? 『潜伏』で陰に潜んでるのか? それともどっかに溶け込んでる? 魔術?

 思いつく限りの可能性を探ってみるも、分からない。


 私は『音聞き』を止めて『空間』に集中する。すると一人二重になっている蝋人形を見つけた。

 やっぱり六人いたんだ。


 でも、重なってるってどう言うこと!? 合体中ってこと!? 人が武器になってたり防具になってたりパターンある?!

 不覚にも少しテンションが上がってしまった。


『音聞き』と『空間』を使って、相手を観察する。



「ねぇ、本当にいるの?」


「ああ。どこかに隠れてる」


 見つかってるけど、場所までは特定できていない? 何それ、変なの。

 あのまま行ってくれればいいんだけど。


「おい! そこにいる事は分かってるぞ!!」


 いや分かってないでしょうに。

 あのパーティーの探知してる人は、どんなスキル使って留美らのことを知ったんやろう?


「さっさと出てこい! さもないと、こちらから行くぞ!!」



 その声に雷とママがびくりと動く。

 おいおい音を立てんなよ。『音聞き』が使えるローグなら、今ので気づくって。


 相手のローグは、雷とママが立てたかすかな音に目敏く気づいたようだ。

 体半分地面から出た状態で、仲間に声をかける。


「あの木の陰だ。一人はいる」


「みんな聞いた?」


「ええ」

「おう」



 留美が頭を下げて笑いを堪えていた。


 まさかの影の下でしたか……にゅんって半分出てきてんの草生える……!

 いやそんな場合じゃないってわかってんねんけどな。


「そこの木の陰! 早く出てこい!」


 こちらを向いて声をかけて来るもんだから、不安そうな目で、雷とママがこちらを見た。

 私は頷いて、出ろ。と手で合図する。


 二人は渋々立って姿を見せた。その姿を見た五人は、警戒を強くする。


 やっぱり警戒するのか。人間だからって、味方だとは限らないもんね。



「もっとこっちへ来い」


「断る!」


 相手の戦士の呼びかけを、雷はバッサリと断る。すると戦士は眉を眉を顰めた。


「そっちこそ、さっさと行けよ」


「お前たちが行けば俺たちも行こう」



「……………」


「……………」


 お互い睨み合いながら無言の状態が続く。

 そうこうしていると、コボルドの洞窟からコボルドが二体出て来た。


「後ろからコボルドが二体来たわ!」

「こんな時に」


「セルジオは人間を見ておけ! 俺とカリンで倒す」


「私も手伝うよ」



「そっちは任せた」


 どうやら戦士、弓使い、クレリックがコボルドで、戦士、ローグ、魔術師が私たちと事を構える気のようだ。

 いや殺り合う気はないんだけど……。

 見た感じ、大丈夫な人たちかなって、この状況にした原因である留美は一人で思っていた。


 人間たちがコボルドと戦おうとしている時、雷がこちらを振り返って聞いて来る。


「俺たちはどうする?」



 雷、振り向くなよ。

 向こうから見えているのはわからないが、首を振って『そこにいろ』と腕でバッテンを作る。


 雷は首をひねると、正面を向いた。

 ちゃんと分かってくれたんだろうか? 伝わってないだろうな。でも常識的に考えたらわかるよね。ね?


 この絶好の機会に攻撃しないんだから、向こうさんにも留美らが敵じゃないって伝わってくれるはずっ。



 コボルドは一番近くにいた魔術師を狙って殴りにかかる。

 それを全く気にも留めない魔術師。当たり前のように、立候補した戦士が盾で防いだ。そして弓使いが的確に急所を射る。


 すごい貫いた。


 もう一匹は、クレリックが一人で引き付けていた。一匹の戦闘が終わったところで、魔術師が風の刃で切り刻む。

 痛みに叫ぶコボルドだが、クレリックに殴られて絶命する。


 す、すげー。二人抜けててあれかよ。この人たち絶対強いやん。

 対する留美たちは、まだまだ初心者やな……。これが狩られる側か……しょぼん。



「すげー」


 雷がぽろっと感想を漏らす。

 初心者丸出しやな……。でも敵じゃないって言い切れへん。大丈夫……なのか? うー! 早く行ってよもうっ!


 部位を回収するのも手早い。耳でいいらしい。



「さて、いつまでそこにいるつもりだ?」


「お前らがどっか行くまでだよ」


 雷なんか堂々としてるなぁー。って思ってたら、冷や汗ダラダラやん。大丈夫かよ。

 ママはもう表情が抜け落ちてるし。


「そこにまだ仲間が、いるんだろ?」


「さてね」



 パパが見て来るので、頷いておく。すると、スッと立ち上がって前に出ていった。


 違う違う! 隠れとくって意味! こんなことなら、モールス信号とか意味わからんもんを覚える前に、手話覚えとくんやった。



「三人か?」


「そういうあんたたちは五人か?」


 弓使いの女性が矢をしまいながらため息をつく。


「腹の探り合いはやめましょ?」

「襲ってくるならさっき来てたはず」


「でもこんな朝早くからこんな所にいるのはおかしいぞ」


「そうかなぁ? 帰宅中とか、帰り損ねた。とかよくあるじゃん。ね?」


「なるほど。よく見れば、防具もそんなにいいものではないな」


 失礼な!


 五人は武器をしまった。

 会話の聞こえていない三人は不思議に思って、顔を合わせる。


 留美も立ち上がった方がいいかな? そうした方がいいんやろうけど、向こうもまだ隠れてる人居るし。


「なぁ! 武器はしまった。話がしたいこっちへ来てくれないか?」



「とりあえず、攻撃されんことを信じて行こうか」


「でも絶対武器抜くスピードも負けてんで。良い人ぶって側よったらグサッかもしれん」


 雷は少し躊躇いがちのようだ。

 私もちょっと信じられない。だって、話なんかする必要ないじゃないか。


「そんな悪そうには見えんけどな」


 パパは信じるようだ。


「どう思う?」

「あたしは行ってもいいと思うけど」


「うぇー……行くか」




 三人は歩いて近寄って行くから。私も身を潜めて、音を立てないように慎重に近寄って行く。


 三人は剣を振れば届きそうな距離まで来た。



「それで? なんであんな所に?」


「町に帰る途中なんです」


「へぇ? こんな朝早くから?」


 そんな言い方をされると、こっちが悪い気がしてくる。

 雷は困った顔をして。


「昨日帰れなかったんです」


「じゃぁその血濡れたポーチは何? 貴方たちの?」


「…………」


 いやそこ黙り込んだらあかんやろ。

 嘘でも、真実でもいいから、なんか言って! ほらほら、顔が険しくなってるよ!

 留美がもっとけばよかった。なんてやったことが裏目に出るん……。



「落ちてた」


 雷がポツリと言った。


「そう」


 弓使いの女の人もポツリと言った。すると相手の戦士が、雷に向かって剣を抜き放つ。

 私は男が剣に手をかけた時点で飛び出していた。


 雷は剣を抜いた相手を見て固まっている。

 当たり前だ。来ると思っていなかった雷の身体は動かない。ポカンとした表情で剣に視線が行ったまま。


 隣で慌てた両親は雷に手を伸ばしているが、一緒に斬られる未来しか見えない。


 キーン!

 金属音が鳴り響く。

『シャドウステップ』『シャドウワープ』を使いながら、間に入った留美が、剣の軌道を変えたのだ。



「はぁ、はぁ」


 汗が一気に吹き出す。重い。殺す気やった?

 やっぱり敵。


 驚いた男はそらされた剣を身体のそばに戻す。雷は今ので腰が抜けてしまったようで、尻餅をついていた。


「雷立て! やっぱこの人間敵や!」


「まだいたの!?」


「このバカ!」

「人に剣を向けちゃダメでしょ!」


 剣を振った男が戦士に殴られて、クレリックに怒られていた。

 弓使いの女が驚いているが、こっちはそれどころじゃない。



「寸止めしようとしただけだろ。そんな怖い顔するなって」


 人の仲間に手をかけようとして、その表情? 笑って済ませようとする相手に私は睨む。

 まだ尻餅をついている雷に、再度呼びかける。


「雷」

「お、おう」


「やっぱ敵か」


 雷は立つと、剣を構える。すると、相手も武器を構えた。


 あー! もう! 最悪ッ。なんでこうなるの? なんで攻撃して来たわけ!? 寸止めするつもりだった? あのスピードで? ふざけんじゃねぇっての!


 ぶっ殺してやる。



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