第101話 臆病なのは経験したから



「さて、行くか」


「あ。ちょっとまって、死んだ人の持ち物拾いに行きたい」


 父の顔が強張った。


「死者から物を取る気か?」


「その死者はもう居らんねんからいいやん。なにも、全部自分たちの物にしようなんて思ってないよ? 必要そうなんはもらうけど。このまま置いとくよりいいやろ」


「ドロップ品扱いやったら消滅するかもしれんしな」


「流石に消えへんやろ……知らんけど」


「………………」


 パパは納得できないようで、顔をしかめる。



「三人はここで待っといて。留美一人で行った方が早いし、行きたくない人もいるみたいやし。別に先に帰ってもらってもいいよ。留美なら一人でも帰れるから」


 そんなわけない。ただ自分の意見を押し通すための強がりだ。一対一だとしてもコボルドと戦うのはおそらく……よくて怪我、悪くて死ぬだろう。

 お願いだから待っててー。


 渋るパパをよそに留美は走り出す。


「じゃっ」

「留美!」


 待ってくれると判断した私は、パパの制止を無視して走る。すると、雷が呆れるようにいう。


「留美、この世界に来てから、自由奔放で自己中心的すぎひん? 俺の気のせい?」

「もともとちゃうか?」

「あの子、変な責任感持ってなければいいけど」




 私は『シャドウステップ』で、見つけたマネミカンを取りながら移動していた。

 もうすぐ目的地に着く。採れたマネミカンは十八個。意外と大量だ。

 マネミカンのふりをした、ミカカンと言うか実も大量にあったが、私には鑑定さんという心強い味方がいるので、なんの問題もないのだよ!


 ふっふっふーっ。


 ドヤ顔するのは心の中だけにとどめ、コボルド達が何かしていた木にやってきた。

 私は大体の場所がわかるだけで、ここだと特定できるわけではない。太陽の光が入るようになってきた周囲を見渡す。


「っ」


 朝霜が葉っぱから落ちてきた。

 やめろよっ、ビビるやろっ。


 湿気の高い地面を踏みつけ、滑らないように木の幹に乗る。

 ふむ……特に何かあるわけではない? キョロキョロと見渡す視線を上下左右へと向ける。


 あっ、足跡らしきもの発見。明らかにコボルドのものだ。


 留美は上の方を見ながら歩く。

 確か何か、上に投げていた。



 あった。

 何かの痕跡だ。武器の刺さった跡と、血の痕……。

 何かを殺した?


 周囲を見渡すと、鳥のようなものが落ちていた。真っ二つだ。普通にグロいからモザイクかけて欲しい。


 鳥を置いて行ったんは、小さい獲物より大きい獲物ってことかな?

 土に汚れているそれから視線を外し、人間とコボルドの戦闘があったであろう場所へ進む。



「あそこか」


 血をかぶった草がある。血を吸った地面が赤黒く染まっていた。きっと人間の血だろう。

 一方的にやられていたし。


 少し破損した盾、剣が二つ、弓が一つ、杖が二つ、防具の欠片だろうか、何か鉄の欠片が散乱している。

 矢は折られていて使えそうもない。


 私は周りを確認すると、武器を自分のポーチへ入れていく。入るかなぁ〜?



 うげ……手首……。


 あぁぁあッ! やばい鳥肌ッ! 見てるだけで痛い!



 触る、蹴飛ばす、どうにかこの寒気を克服したいと思うも、結局目を背けるだけにする。

 近くの武器を拾って、私がここへ来た目的のものを探してキョロキョロ……。

 ガラスや何かイヤな匂いのする液体を飛び越えて、中心へ。


 ポーチが二つ落ちていた。

 目的のものを発見し近づいていくと、紐がちぎれているようだ。不思議なのが、汚れ防止がついてるはずなのに、ポーチが血で濡れていること。

 魔法が解けたのかな? 中身がちゃんとあるのかどうか。



 私はその場を離れる前に、膝をついて手を合わせる。



「行こう」


 留美は身を隠すと、ポーチの中に手を突っ込んだ。

「中身を強制取り出し」と唱えて、一分待つ。


 飛び出してくると言うより、ポーチないからドロドロの液体が出てきて、物が形作られていく。

 その出方、なんかキモい。


 言葉にしそうになって、全てが形になるのを待つ。


 ふむふむ。



 ナイフ三本

 ポーション(微)二個

 コボルドの耳七つ

 オークの耳二つ

 水袋六つ

 非常食七つ

 糸が五十メートルくらい

 糸を通す針が三本

 小さなくわが四本

 お金が金貨二枚、銀貨四十

 砥石といしが二

 煙玉が一

 矢が四十九本

 木のツタが二つ


 が入っていた。

 ナイフと、水袋と、砥石と、煙玉が欲しいかも。

 とったらバレるかな? と思いながらも、全部自分のポーチに入れていく。なんて言うか、普通に優秀な人たちだったんだろうなーって印象。


 だってオークを倒せてるし、コボルドの耳も七個も……。もしかしたら、二つの勢力が殺し合った漁夫の利を手に入れた可能性もあるけど。

 それも戦略と言えば戦略やしなぁ。やられたらムカつくけど。



 留美は何食わぬ顔で三人の元へ帰っていく。


 その途中、黄色くてモコモコのなにか。四枚の羽を持つ丸が、木に貼り付けられるように、斧が刺さった状態であった。


 なにこれ。生き物かな?


 私は拾った枝でつついて少し眺めると、グロい中身に気づいてその場を後にする。



「あ。おかえり」

「うん。ただいま」


「何があった?」


 雷が聞いてくるので、私は中にあった物と、そこからとった物を言った。

 パパは顔を歪めるが、この際、気にしない事にする。なんでこんな幸運を喜ばないのか、不思議だ。


 そこから導き出した考えは、人の不幸の上で成り立つ幸運は、気に入らないってことなのかも。ということ。

 間違ってるかもしれないけど、他に思い浮かぶ言葉が見つからない。知識不足で経験不足……。


 私は手に持っていたポーチを突き出した。


「この血濡れポーチ留美のポーチに入らんねんけど。誰か持っといてや」


「えぇ。じゃぁじゃんけんって事で」


 結果は雷とパパが負けた。


「うげぇ」

「帰ろか」


 うげぇとか言うなし。

 不意に手首のことを思い出して、鳥肌が立つ。最っ悪ッ。



 私たちはコボルド洞窟のそばまで来た。


「止まって」


 ピタッと止まった雷が小さな声で言う。


「コボルド?」

「いや、人間六。コボルド洞窟から出てくる。隠れてやりすごそ」


 一度酷い目にあった留美は、町の外で会った人間はみんな敵だとでもいうような反応だ。過剰とも言える反応に雷が呆れた顔をした。


「隠れる必要あんの?」


「この前のこと忘れたん? 狩場変えた初心者狩りかもしれん」


 考えすぎ感が否めないが、一歩間違えていれば死んでいたかもしれない事態にあったばかりだ。警戒するなと言うほうが無理がある。

 あの場面が、留美の脳裏に何度もフラッシュバックしていた。あんな経験二度としたくない。次こそ私が食う側になってやる。



 地面に文字を書く。声に出すと『音聞き』でまる聞こえなんてことになりかねない。音に気づかれているとしても、文字なら内容を聞かれないだけまだマシだ。


『もし見つかったら、雷とママの二人で出て。もし敵やったら距離をとって』

『留美が背後から奇襲して一人は殺す』

『パパはバインドかクレリック優先で殺して』


「その時俺も殺れそうやったら殺るわ」


「うん」


 一応作戦っぽいのを立てたが、気づかれない。もしくは初心者狩りではないのが一番だ。

 もし相手がまともで、こちらに気づいているのなら、私たちこそ怪しいだろう。お願いだからそのまま通り過ぎて欲しい。



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