第99話 毒の果実と美味しい果実



 家族のいる場所に『シャドウステップ』で帰ると、雷に剣を向けられて焦った。


 雷曰く、「急に現れたら誰でも驚くし、今の状況やったら、剣向けてしまっても仕方ないって」らしい。


 いや〜。頼もしい限りだよ。

 きっと、留美のいない時は、雷が周りの警戒をしていたんだろう。


 思えばすごいことだよね。スキルもなしに周りを探ってるって。

 やっぱり雷はここでも強くなっていくんやろな。このままじゃ、いつか、このパーティーから去って行ってしまうかも。


 各自マネみかんを二つ食べた。

 今までの食事を考えると、この果物が美味し過ぎて無言で頬張ってしまう。


 パパの魔法クリエイトウォーターで手を洗うと、留美は汚れることも気にせずに、ゴロンと寝転がる。



「やば。留美こんな時やのに眠くなってきた……」


「寝るなら、見張り順決めんとな」


 留美の隣で座っていたママの言葉に、体を伸ばしていたパパが答える。


「俺、徹夜でもいいよ。若くなって体力も戻ったし、慣れてる」

「俺もー」


「却下。明日帰るときに戦わなあかんかもしれんねんで。そんときフラフラやったらどうすんの」


「「……………」」

 

 明日のことを想像してか、男二人はなんともいえない顔になった。


 すぴぃー。

 留美はすでに半分寝ている。


「どうする? 大人組と、子ども組でやる?」


「そうするか」


「留美寝てるし、見張り頼んだ」


 留美が手を上げる。


「起きてる起きてる……」


「寝てるな」



 寝ているのに、ママとパパの声が耳に入ってくる。きっと明日には、夢と同じで何も覚えていないか、朧げにしか覚えていないのだろう。

 夢現つなのはよくあることだ。


「――――――そういうな」


「でも留美と雷ばっかり危険な位置に……」


「それは言わん約束やろ。最初に俺たちが現実を受け入れられんで、怖がってたんが悪かった。二人に危険な位置に置いたのは俺たちだよ」


「そうやね……」


「だから、俺らは俺らなりに二人を守ろう。後衛からでも二人のフォローは出来る。この子らが怪我しんように、ちゃんと守ろう」


「うん。何があっても見捨てない、絶対守る。大切な子らや。前に出て戦ってもらうことになるけど、ちゃんと信じるって決めたからな」



 何やねん。今する話じゃないやろ。涙ぐんでもうたやん。

 なにより。好きでこの位置についたんや。二人のせいじゃない。守りたいのは留美達も同じ。支え合って生き抜こう。


 気恥ずかしいからこれは言えないけど、言葉が難しいなら、行動で伝えれるように頑張ろう。



 私はその後すぐ、深い眠りに落ちた。


 疲労が抜けぬまま、見張りの交代時間がやってくる。実際の時刻なんてわからないから、適当だ。



 交代すると、大人二人も疲れているらしく、すぐに眠りについていた。

 何事もなかったようで、なにより。


 あ。これフラグにならんよな?



「眠い。もうちょっと寝ていい?」


 弟がバカなことを言っている。

 私は半分閉じている目を擦りながら言う。


「あかんに決まってるやろー」


「ぅいー」



 まだ太陽は見えない。ここもうっすらと月明かりがあるだけで、あっちの木々の下は真っ暗だ。

 街灯みたいな明かりがないと、本当に暗い。

 まぁ家の周りは全然ないから、夜になったら真っ暗やけどな。


 本当に『音聞き』と『空間』がなければ、パニックになっていたかもしれない。


 私は怖いのが苦手。虫も嫌い、お化けも嫌い。暗いところでの物音も、ビクビクしてしまう。こんなに嫌で鳥肌が立つのに、めちゃくちゃ眠い……。

 眠気には勝てん……。


 周囲の風景を頭に取り入れ、一人でツッコミを入れながら、寝ないようにする。

 そんな時。


 あっ。コボルドこっち来てる。


「雷」



「ん? 薬草でも見つけた?」

「いや。コボルドたちが、こっち来てる」


「……見つかった?」


 雷が声を顰め、珍しく真剣な顔して言った。

 相手は夜行性だ。数も多いし、音を聞きつけた敵の仲間に囲まれたらお陀仏決定。


 そもそも夜目がきかない人間の留美たちは、暗闇の中での戦闘は、明らかに部が悪い。一匹が相手だったとしても、勝てるかどうか……。いや一匹なら流石にいけると思いたい。


 二人を起こすか?

 いや、相手もこちらを見つけたわけではなさそう。


「隠れてやり過ごそう」

「二人起こす?」


 留美は少し考えてから頷いた。


「いびき出たら一発アウトやし。一応、武器は手に持っとけよ」


「数は?」

「四」

「それはちょっと」

「早く起こして」

「はいはい」



 雷が二人を起こしている間に、私はよくコボルドとの距離を測るように、地面に耳をつけて聞く。

 ドスドスとあまり警戒していない足音だ。

 集団で狩りをするコボルドだ。もしかしたら周囲の警戒を担っている個体もいるのかも……。


「もう朝? まだ暗いで」


「いや、コボルドがこっち来てるらしいから、一応起こした」


「「コボ――」」

「シー」


「声がでかい」


 私たちは岩陰に身をひそめる。

 ぱっと見いるかはわからないと思うけど、狼っぽいからなぁ。なにでこっちを認識してるのか、いまいちわかってない。

 お願いスルーしてって。


 コボルドたちがえらく慎重に動いている。



 祈っていると、別の場所でまた足音が聞こえた。


 ん? これは……人間? なんでこんな暗い時に動いてんの?

 もしかしてこの人たちも帰れなかった人たち……にしては足取りが軽くて、普通に話している。


 慣れてる……のか?



 話を聞いて聞いていたら、コボルドを狩りにきた人たちらしい。


 これは推測でしかないが、洞窟内で狩るのは危険だから、夜になってバラバラに出て来た個体を狩ろうって事なのかも??

 でも今日はちょっと様子がおかしいらしい……と。


 人間の数は五人。四匹のコボルド殺ってくれるかな?




「どう?」


 近くからの声に驚いてビクッと肩を震わす。

 私は岩から頭を離して視線をやると、雷が神妙な面持ちをしていた。一人で状況を理解して観察してたことに少し反省する。


 んー、人間がいることは伝えるべきかな? それとも伝えるべきでないかな?

 少し考え、結局伝えることにした。


「なんか、コボルド以外に、コボルド狩りに来た人間のパーティーがいるみたい。そんでコボルドはそっちに向かってる。距離は……百メートルくらい?」



「そんな遠くまで分かんの? すげーな。てか、結構遠かった」


「遠くないわ。この世界の生物みんなおかしいから百メートルなんか、三秒あれば来れる」


 いや、ちょっと言い過ぎか。さすがにスキル使っても三秒じゃ厳しい……うわぁ、心当たりある人おるんか。

 ツッコミ待ちで雷の顔を見ると、どこか遠くを見るような目をしていた。



「イヤイヤ、ソレはないやろー」


 棒読みで言うような雷を肯定する。


「……そうやね」



「……ないやろー」


 わかったから二回も言わんで良いってば。


「それで? その人間のパーティー大丈夫なん? 俺らも合流した方がいい?」


 合流? なんで? パパの言うことが理解できない。

 家族は無言になった留美が答えを出すまで、黙って待ってくれる。


 あっ。人間のパーティーのことがちょっと心配、か。

 そんで結局自分たちはどうするのか。ってことかな? おそらく、それ聞かされて、どうしたらええねんってことやろ。 

 私は岩肌をすりすりしながら答える。


「合流はしなくていいと思う。人間の数は五人やし、留美たちの味方やとは限らへんし。コボルド狩りに来たんやったらそれなりに対策してるやろう。動いて別の個体に気付かれたら嫌やからな」



「じゃ、いいか」


 雷は私の答えを聞くと頷いた。二人も反論はなさそうだ。


「とりあえず、直近での危険はないかな……」


 私は目を閉じて、そのままスキルで状況を見届けることにする。




 コボルドが変な動きを見せた。

 いきなり木の上に武器を投げたり、そんな感じの行動。何してるんやろう?


 もうすぐお互いが見える位置に行く。

 人間のパーティーのローグは仕事をしているのだろうか? おーい、コボルドに挟まれてるよー。

 なんて思った時。


 パリンッ! パリンッ!!


「きゃー!」

「うわぁあ!?」


「アリナっ」


「くっ、コボルドだ! 陣営を整えろ!」

「な、なに!? きゃっ」

「ルミエール・エクラ」

「やっと見え……」

「おい大丈夫か!」

「お前ら下がれ!」

「わかってるわよ!」


「ウワッ!?」

「こいつら光を使わせない気だ!」

「何も見えねぇ! 明かりをつけろ!」

「敵はどこ!?」

「炎よ。…アグッ………」


「いや、いやー!!」


「皆っ!! うっガハッ……」




 ――――あ。あれ? 全滅? ……いくら奇襲で、地の利はコボルドにあるとはいえ。…………コボルド狩りに来てた人らやんな?

 この短期間で全滅? いや、短時間は関係ないか。


 でも、コボルドが思ったよりも強そう。最初の変な動きになんか意味があったとか? 多分最初の音はランプとかが割れた音やろうし。ってことは、明かりがないと人間は見えないことわかってるのか。冗談きつい。

 見るからに連携取れたような動きやった。…………こっわ。


 留美は目を開いて森の中の薄暗い闇を見る。


 ふぅ……この世界の生き物、知能高すぎんか?



 人間がコボルドにやられた事で、一気に緊張が高まった。あいつら結構遠くから人間達のことを捕捉していた。だから、次はこっちにくるんじゃないかって……。


 緊張で、頭が、顔が熱い。来るな来るな来るな!!

 恐怖をぐっとこらえながら身を潜める。でも、来たら殺してやるッ。落ち着け落ち着け。自然に紛れるんや。戦うより、戦わない方が賢い。


 私は深呼吸をして頭を冷やす。



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