第98話 帰れない
引き返していると、来る時は見かけなかった果実が目に入った。
「お」
「なんかおった?」
留美の視線が向くのは木の上だ。
「いや、見るからに果物発見した」
私は身軽にジャンプするように『シャドウステップ』で木に登った。
「気をつけやー」とママの声が聞こえてくる。今の留美なら落ちても大丈夫なんやけどなぁ。
返事をせずに『鑑定』。
『マネミカン』
甘い果実。
美味しいっぽい。
なるほど、美味しいか!
プチプチと六個取った。七個目届かぬ……乗れそうな枝もない……。
流石に、羽のように軽いって体重でもないからなぁ。木がどこまで耐えれるのかって試してみる気にもならんし。いやちょっとだけ試してみたい気もするけど…………。
留美はぴょんと、木から降りる。
そこにやってきた弟が、自らの存在を主張するように声を上げた。
「はいはーい、俺食べたい」
「帰ったらにしとき」
「へーい」
ママに諌められて、雷が残念そうに肩を下ろす。留美も手に持ったマネみかんを見てしょんぼり。
パパが顰めっ面であたりを見渡していた。
「留美ちゃんと周り見てるよな?」
「うん。周りはちゃんと見てるよ。なんか感じた?」
「いや、それならいいよ」
パパからの言葉に警戒を強める。
マネみかんに気を取られて奇襲を受けたとか、絶対に許容できひん。留美が留美をしばく。
果実をポーチへ入れる。
パパの声で、雷とママも警戒しだした。
特に何かいるような感じはしないが、留美が見逃している可能性だって大いにあるのだ。人の直感は侮れない。
先程のことを思い出す。
あのオークになんで手こずったか、と言う問題だ。
やっぱり今のところ、攻撃が通ったのが雷だけってのがまずい。パパの魔法は検証できんかったし、ママが打撃するには身体能力的に怖すぎる。
留美のナイフは刺さっても、深い傷にはならん。指一本も飛ばせる気がせえへし、同じ場所を何回も傷つけられるんならいけるかもしれんけど。そんな技術あるわけないし。
パパの攻撃はきっと上手いことやれば、もっと有効に活用できる。でも一回シミュレーションしてからの方がいいやろうし。何よりフレンドリーファイアが一番怖い。
つまり、帰ろ。
歩き出した留美に、三人がついてくる。
「思ったんやけどさ。最近周りのこと全部留美に警戒してもらってたけどさ。俺らもした方がいいよな?」
「確かに」
「留美どう?」
三人が警戒しても、気疲れするだけな気がする……。
「留美もその方が楽やんな?」
「楽かなぁ? 留美としては、変なところで気力とか体力すり減らす方が怖い。特にこんな知らん場所じゃ、何があるかわからんわけやし。適材適所って事で、今は任してくれていいよ。もちろん警戒しといた方が楽やとか、今後のためにって言うなら、警戒しといてもいいよ」
彼らにどっちでもいいと言うのが伝わったらしい。
「わかった。いきなり襲われた時の対策考えとかなな」
「そんなん雷が前に出て盾になるか、パパが相手とこっちの間に壁出現させるしかないやろ」
「お前、俺を盾にする気か」
「留美無理やもん。雷ガンバ♪」
パパがいつもつけている時計の腕に目をやる。しかしそこに時計はなく、「うーん」と空を見上げるのだった。
その様子に留美と雷は一瞬空を見上げる。
「やばいっやばいっ。はよ帰ろっ。日が暮れるっ。
「神隠しコエェ」
「思ってへんやろ」
「すぐ人を嘘つき呼ばわりするのどうかと思う!」
うーん、面白い返しが思い浮かばない……。
「いいから早く早く。いっぱいのコボルドが動き出す前にっ」
急かす留美の後ろでパパがぽつりと言った。
「確か二十時くらいから動き出すんやっけか」
「その情報もっと早く聞きたかったかも」
「そうじゃそうじゃ。そう言う情報は早よ言わんかいっ」
「どうせ時間わからんからなぁ」
夜行性という漠然とした情報よりも、二十時という具体的な数字は確実に役に立つ。それだけを鵜呑みにしたりはしないが。とにかく日が沈む前に急ごう!
気づけば暗闇に染まってくる時間帯、月明かりが朧げだ。
なんでこんな度胸試しをしなければいけないのか。自分の足音すら怖いわ。後ろにいる仲間が一人増えてたらどうするよ。
あっ、考えたら鳥肌がっ……。
洞窟前まで帰ってきた。
「止まって」
「なんか見つけたん?」
「しっ」
雷はムッっとしながら口を
『音聞き』と『空間』で捉えたものは、多くのコボルドたちが苛立って、洞窟から溢れ出てくるところだった。苛立っているところを見ると、何かあったのだろう。
息荒いし、目が血走ってる個体とかいるし、武器剥き出しだし……。絶対苛立ってる。こっわ。
巻き添いを喰らわないために、少し離れよう。
もしかせんでも、今日は帰れなさげ。
手で向こうに行くぞ。と合図すると、三人は頷いてついて来る。
コボルドが多くなってきた。どうしよ。このままやと戦闘になる。イコール、囲まれる。結論、死。
あっ、詰んだ?
ゴボルドが側を通っている。
私たちは息を潜めて通り過ぎるのを待つ。
嗅覚が悪いのか、狼みたいな顔をしている割には、私たちの匂いに気づかない。
その時、遠吠えらしき声が聞こえた。おそらくコボルドのものだろう。
側にいたコボルドも、少し遠くにいたっコボルドも、どこかへ集まっていくようだ。
「グァァアア」
これはオークの声。コボルドの声も各地で上がっている。どちらも複数いるようで縄張り争いをしているのかもしれない。
夜行性のコボルドと昼行性のオークが? そんなバカな。
きっとコボルドがオーク狩ってる方や。ご飯じゃご飯じゃーって。
私は気にせず、今のうちに離れる。
洞窟がギリギリ探知できる位置まで来ると、いったん休憩することにした。今の状況を説明をするためだ。
もちろん周りの注意も怠っていない。
「とりあえず、休憩」
「大丈夫そう?」
「どうやろう。コボルドが洞窟から出て来てたんやけど、どうも苛立ってた感じがした。だから夜になったから出てきたわけじゃないと思う」
「じゃぁ、なんで?」
「んーぅ。オークと戦ってたから縄張り争いじゃないかな? それかお腹空いたから飯じゃーって出てきたか……」
「この崖を登るわけには行かんよな」
パパが崖を見上げている。
いや無理でしょう。見るからに絶壁やん。留美が調べるように岩に触れて、力を入れる。
とれた……。
「無理っす」
転がった岩だった石にぎゅっと力を込める。
「…………」
くーだーけーろー!
留美の手の方が痛い……。
不安な顔をしている三人をなんとか励ましたいと思う。でもなんて言ったら良いのかわからない。気休め? 明るい言葉? こうなるかもとは思ってたけどな? うーん、下手に言うと傷つけそう。
すると、いつも通りのフリをしている雷が、震える声で言った。
「洞窟内突破できんの?」
「洞窟内の奴らがみんな外行ってるならそれもありやけど、結構警戒してるっぽいから無理かなぁ」
「…………」
わかっていて聞いたようだ。
雷は、わざとらしく肩をすくめては、そばに座った。
「とりあえず、水出してくれるか」
「パパのクリエイトウォーター飲めたら良いのに」
喉がカラカラなことに今更気づいて、水の入った桶を取り出した。桶の水は半分より下のラインまで来ている。
水を入れるもの、水筒とか必要やな……。
ポーチがあるんやから、無限に水が出る水筒とかあるかも。
みんなが水を飲み終えると、留美は果実を取り出した。
「あのさ。さっき取ったマネミカンって果物。水分どの程度か知らんけど、ちょっとは水の代わりになるかも。数は六個しかないけど。とりあえず一人一個食べとく?」
「やった」
「お待ちかねでっせー」
「逆に水分持っていかれたりしてな」
「まさか〜」
見た目はみかん、明るいオレンジ色の丸い果実。割ってみると果肉が入っている。
舌なめずりをしそうな顔で雷が千切って口に入れた。
両親もパクリと口へ。留美ももぐもぐ。
みかんの味のついた甘い味。水分が多くて助かる。なのに味もそこそこ濃い。
あぁ、身にしみるー。
「なぁ、留美ならもうちょっと取ってこれへん?」
「ごめん無理。この数をくぐり抜けて取ってくるは難しい」
買っておいた食事を急いで食べる。
あの鼻の悪そうなコボルド達が匂いで気づいたりしないと思うけど、一応早食いで食べた。あの個体が鼻潰れてたって可能性もあるからね。
それにしても。野宿……。
こんなに心細くて、不安になるもんか。いや、コボルドのせいが大半を占めてる気がする……。
寝込み襲われたらどうしよう、とか。
目が覚めた時に誰か死んでたらどうしよう、とか……。
やば、現実逃避したい。
「ん。今なら、果実取ってこれそうやけど取って来ていい?」
「気をつけてな」
「危なそうやったら戻ってこい」
おや、すんなりOKが出た。
少しは止められると思ったのに。
「分かってる」
私は静かに動く。コボルドがいない場所を行く。
常に発動している『音聞き』と『空間』のせいか、頭が痛い。これはかなり酷い頭痛だ。
早めに帰ろう。
果実を見つけた。
『鑑定』
『ミカカン』
強力な毒性を持つ。
オークもイチコロっぽい。
危ねぇー。鑑定してなかったら、留美たち全滅やん!? 鑑定さんマジ神。ありがとー。
さて、十個くらい摘んで行こ。
猛毒らしいミカカンをポーチに入れる。オークに使ったら肉も食べれなくなりそうだし、それは却下かな。
はぁ。とため息を漏らしながら、次の果実を探す。
『鑑定』
『ミカカン』
強力な毒性を持つ。
オークもイチコロっぽい。
お前は今いらないんだよ!
マネミカンをよこせー。マネミカンさんやー、どこにおられますかー。
ちょっと頭痛が激しすぎて、頭がおかしくなって来た。
これってまさか、スキルの使いすぎによる頭痛だったりする?
『鑑定』
『マネミカン』
甘い果実。
美味しいっぽい。
やっと。やっと見つけた。
どれくらい経ったかな? 早く帰らな。心配かけてないといいけど。
私はマネミカンを二十個摘むと、家族のいる場所へ戻っていく。
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