第87話 教官たち



 目が覚めた。が、まぶたを開ける前に少し頭の整理をする。


 とりあえず、頭痛い。

 で。マッチョの男の人は敵じゃなかったってこと?

 そういえばあのマッチョの人、手加減してたって言ってた。あれで? 手加減であのザマとか……。留美食らったら、死ねる。うん。当たりどころ悪かったら死ぬよあれ。


 いつから仕組まれてたんやろう。

 えーっと、あの人たちはジアさんと知り合い? っぽい感じで。留美で何かの賭けをしていた、と。


 はぁ、整理する事そんなになかったわ。


 そういやあのマッチョ野郎に、麻痺毒かけてやればよかった。そうしたらもっと簡単に殺せ……殺したらあかんのやった。

 …………だる。


 とりあえず留美は、絶対ジアさんに文句言おうと心に決めた。



 目を開ける。

 まず飛び込んできたのは、少年の顔だった。しかも、天使のような白髪青目の少年。


 ……誰?


「…………」


「起きたね。これ何本?」


 指を見せられ、一瞬ひっかけかと思ったけど、普通に答える。


「……三本」


「正解。ほんと、君の執念には驚いたよ。ロックの……あのマッチョなあいつの蹴りを受けて、意識を飛ばさず。なんなら反撃までするなんてね。ヒヨコちゃんにしては健闘したんじゃない?」


 少年に頬を突かれて困惑する。

 起きたばっかりに言うことそれ? 感想を言うタイミング間違ってない? てか誰?


 つんつんやめれ……。


 なにか、言葉返した方がいい?

 留美は体を起こして、口元を隠しながら、おどおどした態度になる。

 私は基本的に人見知りなのだ。でも確認しなければならないことがあるならちゃんと言葉にする。


「仲間を、殺すって言ったから。絶対させるもんかって、思って……あれ嘘ですか?」


「うわ、本当に仲間第一なんだ。普通、相手が格上なら逃げるでしょ」


「逃げようとしたら、捕まりました……」


「あの言葉は全部嘘だから安心して」


 にっこり笑った少年に釣られて、私も笑う。



 ジアさん、何をどこまで話したんやろ? 人の情報を言う人って嫌い。それだけ陰口も叩いてそうな気がするし。


「留美様、痛いところはありませんか?」


 心配そうに見るカナさんは、いつもと違っておとなしい。一応悪いとは思ってるのかも。


 私は立って、曲げたり、跳んだりして見るが、特に痛いところはない。



「えっと、大丈夫です」


「当たり前でしょ。僕が治療したんだから」


 自信ありげに話す姿は、天使みたいに可愛い。まんま子供のようで、頭を撫でて褒めてあげたくなる。

 ただ……留美より年上だろうし、ジアさんとの戦いを見た限り。実力があるのは確実だ。この世界、姿って本当に当てにならない。



「あの、名前を聞いてもいいですか?」


「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね。僕はセレン。クレリック教官の一人さ」


 笑顔でウィンクをする少年。私はちょっと苦手なタイプかもしれない。

 わかります。あざとい系ショタですね。はい。


 大きめの白いワイシャツを着て、黒いショートパンツを履いている。

 膝下までのソックスと丸みを帯びた靴が彼の可愛さを十二分に引き立てていた。むしろあざといほどに。それでもいい。可愛いは正義なのです。


「セレンさんですね。治療してくださって、ありがとうございます」


「気にしないで。これが僕の仕事だからさ。あとセレンくんって呼んでほしいな。さん付けは慣れてなくてね」


「……わかりました。セレンくん」

「よしよし♪」


 セレンくんが嬉しそうに、机に置いてあるお茶を持つ。

 羽とか生えてない? 実は天使じゃない? 可愛すぎやろこの子。


 そこで立ち上がった女性がいた。見るからにおっとりしてそうな女性だ。


「私はエルよ〜、四大魔法と妨害。あとは支援の教官なの。よろしくね〜」



 ほんわかぁ。な性格やのに、この人すごい。めっちゃスキル覚えてるってことやろ?

 なんか最近天才が多い気がする。教官やから仕方ないのか? でも仕方ないって思ったら、留美は努力できんくなりそう。


「エルさんですね。宜しくお願いします」


 ペコっと頭を下げる。


 一見まともそう。まともそうなんだけど、……きっと何処かおかしいはず。見えないから、より怖い。

 こう思うのって、留美の心が歪んでるんかな?


 美しい緑の髪と深い青緑の瞳が、穏やかな森のような彼女に似合っている。エルフとかにいそうな雰囲気だ。

 素晴らしき目の保養。うふふ。


「お。起きたな」


 ドアから出てきたジアさんと、マッチョのロックさんがこちらにやってくる。


 私は立ち上がると、純粋そうな顔でジアさんに走っていく。そして蹴る。

 ジアさんは最小限の動きで三度回避すると、面倒くさそうな態度で言った。



「おいおい、いきなりだな。俺は蹴られる覚えはないんだが?」


「本当にありませんか? ……本当の、本当に?」


 留美はキョトンとした目で見上げ、口元を袖で隠しながら首を傾ける。

 これにはジアさんも一歩下がって、他の人に尋ねた。


「なぁ、なんでこいつ怒ってんだ?」



 本当に覚えていないなら仕方ないけど、嘘だったら……刺す。

 歩いてきたカナさんが、ため息をつきながらジアさんを下がらせた。


「知らせもなくいきなり模擬戦闘をさせたこと。まだこれは許せるでしょう。しかし他人に個人の情報をペラペラと話され、ロック様に留美様のお仲間を殺す。と言わせたこと。寝てる最中に、留美様にエッチなことをした事を怒っているのでしょう」


「おい。前の二つはわかったが、最後のはしてねぇーだろ」


「何をおっしゃいますか。留美様の脚と、胸を触っていたではないですか!」

「見損なったよジア! 留美が可哀想じゃないか。寝てる時に触るなんて最低だね!」


 話を聞いていたセレンくんが笑いながら加わる。


「触ってねぇーよ! 誰がこんなチンチクリンを好き好んで触るかよ!」


 あ。これイジってるやつだ。と理解している留美も、それに乗っかっておく。


「うぅ……、そこまで言わなくてもいいじゃないですか……。ジアさんさいてい……」


 私は涙を流して、およよと地面に座る。留美の行動は演技だが、涙は本物だ。



「あーあ。ジアが泣ーかしたー」

「ジア様、泣かせるのはやりすぎですよ。このゲス」


「俺のせいじゃないだろ」


「まだ言い訳するなんて、もうジアはゴミクズにも等しいクズ野郎だね」

「そこまで言われる、いわれはねぇーよ!」


 本当に茶番でよかった。

 個人情報を話されたのも、冗談でも雷を殺す、なんて言ったのはロックさんだったけど。元凶はジアさんや。この二つはかなり嫌やった。


 殴られたことは、この世界では普通みたいやから、別にどうとも思わんし。むしろ格上と戦う時の訓練になったし、ありがたい。と、思うことにする。

 今後は格上の敵とは戦うことありませんように。あとでちゃんと祈っとこう。



 うーん……。

 やっぱり個人情報漏らすのと、家族殺すぞって脅したのは冗談でも酷いよな。

 二人に攻められてるジアさん見てると、少し胸の内が少しスカッとしてくる。今回は冗談だってことで許そう。根に持つには相手が悪い。


 それで……いつ許そうか迷う。

 空気を壊さないようにしつつ、止めるにはどうするのが一番いい?


 ジアさんは二人から投げかけられる幼稚な罵り言葉を、受け流すことなくいちいち反応している。

 そういうところが、二人にとっては楽しいのかもしれない。



 流石に不憫になってきた。

 そこにほんわかお姉さんのエルさんが、屈んで留美を撫でる。


「ジア〜」


「おう、エル。お前もなんとか言ってやってくれよ」


 味方を得たりと喜んだ顔をするジアさんに、エルさんは変わらぬ笑みを向けた。


「ジア。あなた、留美に謝った方がいいと思うの〜」

「そうだぞ。さっさと謝ったほうがいいぞ」


「お前らみんな敵かよ!」



 何気にみんな留美のこと呼び捨てにしてるし……。

 まぁ、西上って苗字で呼ばれたり、さん付けで呼ばれるのは最近ないしな。こっちに慣れた方がいい。


 最後に涙を一滴流して、袖で拭う。



「グスッ、……別に謝らなくてもいいです」


 許さんけど。

 あとで覚えとけよマジで。


「いや。……謝る。すまなかった」



 座っている留美に視線を合わせるように、ジアさんが屈んだ。

 流石にやりすぎたと反省してくれているようで、視線が下を向いている。そういうしおらしさを見てしまうと、少し戸惑う。あまり向けられたことのない感情だ。


 これ以上やると、この人怒るか不機嫌になるか、留美への印象が下がりそう。

 謝られた。なら次は、許すか許さないか。



「……はい。許し……ます」


「えー。許しちゃうのー!? もうちょっと遊びたかったのにー」


 あ。一発ぐらい殴らせてもらえば良かったかな?

 もう許しちゃったし、いいか。


「いえ、的確な判断です。これ以上ジア様を責めると本気で拗ねて、面倒なことになりかねません」


「…………」


 拗ねそうだったんだ。

 ジアさんが離れていく。


 でもジアさんに腕折られたのは許してへんからな。謝られてへんし。



「さて、私は夕ご飯の買い出しにでも行って来ます。よければ皆様も一緒に食事をいかがですか?」


「いいの!? カナさんの手料理かー、楽しみにしてるね!」

「俺も、ごちそうになろう」

「私も〜。ごちそうになるわ〜」


「分かりました。夕食が出来次第お呼びしますね」


 カナさんって雰囲気変えるのうまいな。良い方にも悪い方にも。……ムードメーカーって羨ましい妬ましい。

 夕食まで時間がある。となれば、スキルの練習一択。


「僕らは何しようか?」

「ゆっくりしてようぜ」

「私は遊びたいわ〜」

「三十後半のババアが何言ってんだよ」


 三十代後半……その見た目で?

 留美はまたギョッとして、エルさんのことをまじまじと顔を見てしまう。彼女の視線はジアさんの方を向いていた。



「バカだなー。ジアってば、女性に年のことは禁句だよー」


 ほどなくして、エルさんからゴゴゴゴーッと聞こえて来そうなほど、黒いオーラが溢れ出す。


 笑顔だが、確実に怒っている。

 今にも魔法をぶっ放しそうな雰囲気に、ジアさんは慌てて両手を前に出した。


「冗談だ。まだまだお前は若い。どっからどう見ても二十代だ」



「……ほんと〜? 嬉しいわ〜」


「あ! 今ちょろいって思ったでしょ!」

「思ってねぇ!」


 収まりかけた雰囲気を察して、茶々を入れるセレンくん悪魔や……。



 ジアさんが自滅型いじられ役なのは驚きやけど、パーティー内での雰囲気ってあるよな。

 昔、パーティー組んでた、って言われても違和感ないくらいには仲良い。でも会話の内容聞いてたら、そんな中いい感じでもないのかな?


 意外なのは、ロックさんが全然喋らないことだ。今は空を眺めながら寝転がっている。

 ああ言うのも、自由奔放って感じ。


 セレンくんはただのあざとい系ショタやと思ったけど、悪魔入っとるな。小悪魔じゃなくて、大人の悪魔やろあれ。人の揚げ足取ったり、陥れたりしてるし。純粋そうな顔しとって、たち悪いやつ。


 エルさんはおっとりぽわぽわ。常に笑顔で、お姉さん的な立ち位置って感じ。……まぁよくわからないってのが正直なところ。きっと怒ったら怖い。



 四人で話しているから、会話に入っていけない。

 早くスキルの練習したいなー。とうぜん蚊帳の外だと思っていたのに、急にジアさんが話しかけてきた。


「おい留美。鬼ごっこか、かくれんぼ、どっちがいい?」



 はい?



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