第72話 雷と木刀での試合……危険やん。
家。時間は九時半を過ぎたところだった。誰も部屋に覗きにきていないか、それが不安。
ゴブリンの武器なんかを部屋の隅にガサッと積んでおく。
そして再び窓から出ると、井戸の側。壁の向こうにある林に足を踏み入れた。
「薬草ー薬草ー、どこですか〜? 毒草、毒草、どっこにっある〜? 解毒草も食べれる果実も出っておいで〜」
適当にリズムっぽく歌う。
これに森は答えるかのように、ザァーっと風が木々を揺らした。ただ揺られただけだ。答えるかのようになだけで、答えてくれたわけではない。
「薬草!」
「薬草!」
「毒草!」
「もっとあっちに行ってみよ」
「毒草!」
「痺れ草!」
「薬草!」
「火傷草!」
「おぉー。やっと見つけた解毒草! でも、まだ小さいから、取らんとこ」
「毒草畑発見!」
「前は、薬草畑あったし、解毒草畑もどっかにあるやろ」
「解毒草!」
結局。薬草十二本、毒草十本、解毒草五本、痺れ草三本、火傷草一本、マナ草四本が取れた。
うーん、数の問題でポーチに入らんのやとばっかり思ってたけど、明らかに出した数より多く入っている。
ゴブリンから剥いだ物のエネルギー的な何かが容量圧迫してたんかな??
もしかして異種族の物は、一つにつき十倍の枠を取る……とか? 留美頭悪いから検証の仕方とか分からへん〜。
井戸。十一時。お金を数えているとパパがやってきた。
「留美」
「ん、おはよー。見て、山で薬草取れた」
「……おー、すごいな。お金数えてんの?」
「うん」
銀貨四十六枚か。スキル覚えにいくには心許なさすぎる。確か五分くらい行ったところに、パン売ってる店あったよな。
パパを置いて広間へ、誰もいない広間を通り過ぎて外へ。留美は金貨でパンを買った。
銀貨九十九枚のお釣りだ。それをそのまま家族の袋へ入れる。
走って戻った留美は、自分の部屋で入っていく。
留美の部屋。
コップに解毒薬の粉を入れ、少し取っておく。それから『鑑定』で注意してみながら水を注ぐ。実験してるようで楽しい。
『解毒薬(微)』になると水を入れる手を止め、少し取っておいた粉を入れる。
ちゃんと『解毒薬』になったことを確認。
量は三個分くらいか。
毒草も削って、同じようにする。
『鑑定』
『毒薬(強)』
なんらかの毒になった。
麻痺毒になったっぽい。
よし。ちゃんと麻痺毒になってる。毒草二本で小瓶四個分出来上がった。
全て麻痺毒なのかもしれない。
バタンッ!
雷が部屋に入ってきた。
「なぁ、木刀で来たし、手合わせしようや」
戦うの好きやな〜。狂剣士にでもなるつもりかー? そんなことを思うのは一瞬だけ。
留美は好戦的な笑みを浮かべると、散らかっているものをポーチに入れていく。
「いいよー。急所あり?」
「次は留美が血まみれになる番やな」
「いやや〜」
お互いに手加減をする気はない。
*
井戸。
「取りあえず、水飲まして」
「木刀へい」
手を差し出した雷の手を見て、留美はさっき出したなと思い出す。
「あ〜、そういや広間に置いた気がする。荷物台の横。れっつごー行ってらっしゃい」
「何でさっき言わんかってん。ちょっと待っとけよ!」
「はいはい」
井戸水を組み上げていく。
これが重いのなんの……。よいしょっ。
雷が戻ってきた。その手には一本の木刀が握られており、反対の手は空だ。
「ちょっと留美のはー?」
「自分で持ってこいや」
雷はニヒャッと笑う。
お前、手合わせしたいんか、したくないんかどっちやねん。
「お前さぁ……」
「冗談やん。持って来てるって」
どこから出したのか。木刀が増えた。三本。
「なぁ、今どっから出したん?」
「イベントリーが出た!」
「はぁ?!」
ずっる! イベントリー留美も欲しい! 一々ポーチに入れんでいいって事やろ? いいなーぁ。要領とかも考えんで良さそうやし、何より荷物を持ってないって相手に思わせれるのがいい。…………まぁ、このスキルが一般的な物じゃない場合だけやけど。
いやむしろその場合、警戒せなあかんから恐怖心の方が増すかも。
「イベントリーがあったら便利やろうなーって思ってたら、いつの間にか出来るようになってた。でも俺鑑定はまだ覚えられてへん」
「留美もイベントリー絶対覚えたるからな」
「俺も鑑定絶対覚える」
「さて、やり合いますかー」
少し離れて。
私はナイフ形の木刀をベルトに差して、剣型の木刀を構える。
雷もこちらを見据えて、剣を構えた。
…………合図は?
「行くぜ!」
「留美も」
二人がお互いに向かって走り出し、風を切る音が耳に届く。
カンッ!!
ジーンと手が痺れる。
当然雷の方が力強く、留美の木刀はかち合った瞬間に弾かれた。無論、そうなる想像はできていたが。下がった私に雷からの追撃が迫る。
焦ってはダメだ。留美は雷の攻撃を待つ。
ブンッ!
躊躇のようなものが一切感じられない。マジで当たったら頭蓋が凹むか、血だらけになってしまいそうだ。
斜めに振るわれたそれを、ギリギリで避けながら懐に入る。
木刀を振るった雷は、留美の行動を目で追えても体が反応できない。
懐に入った留美は、のけぞった身体、そのガラ空きの腹に思い切り木刀を叩きこむ。その瞬間、切り返していた木刀が留美の横腹に当たった。
「イっ!?」
「ぃってー!! ありえへんこいつ! マジでやりやがった!」
「お前もじゃ!」
自分で飛んだようにも見えたが、雷は少し吹っ飛び、地面に仰向けになって倒れた。それを、留美が追撃する。
別に殺しに行くわけではない。まだ動けるから追撃するのだ。
留美は仰向けになっている弟に、上から木刀を顔、いや胴体に振り下ろす。流石に急所を狙ったり、突き刺すのはどうかと思っての判断である。
一瞬の躊躇のせいか、痛みを堪えるように笑っていた雷が木刀を振るう。
カンッ!!
「うわっ」
まさかの、寝転んでる体勢の雷より、振り下ろした留美の方が負けるなんて……。手から離れ、空へ飛んでいった木刀はすでに意識の外にあった。
留美は又もやジーンと痛む手を気にしながら、下がろうとする。が、雷は足払いをかけてくる。
見事に転んだ。
それに勝った、と言いたそうに雷が笑うと、木刀を振り下ろす。
ドガッ!
留美は必死に横に転がる。痛む横腹にちょうど石が当たってすごく痛い。
先ほどまでいた場所を見れば、木刀は地面をえぐっていた。
おい。あれくらったら、留美死ぬって。
「あぶねー」
「くっそっ! もうちょっとやったのに!」
「やっぱ留美は、力では勝てへんな」
「でも反応速度は、留美の方が上やろ」
二人して笑い合いながら、留美は木刀のナイフを二本構え、雷も木刀を構える。
何気に二人して楽しんでいるのは気のせいではあるまい。
「第二ラウンド開始!」
「一瞬で終わらせてやる」
「はっ、こっちのセリフ!」
雷と留美は木刀を振る。
今回は留美が軌道をずらす事で、真っ正面から衝突することはなかった。雷の攻撃を逸らした木刀1をそのままに、木刀2を振るう。
雷は逸らされた事で少し体勢が崩れていたが、木刀2を避ける。
私は木刀2を振ったスピードを乗せたまま、回し蹴りを放つ。すると今度はもろに入った。
身体は毎日柔軟しているから柔らかいし、あとはスピードに任せればいいだけだ。
「くっ」
雷は回し蹴りを食らうと、歯を食いしばってよろける。顔のそばを木刀が通って行ったのがちょっと怖かった。
留美はバランスを崩している所に木刀1を振う。
雷はバランスを崩しながらも、木刀を振り上げる事で、留美の木刀1を弾く。
木刀1は弾かれたが、木刀2で追撃。
その攻撃は、木刀なので斬れる事はないが、服の上を擦っていき、肩から離れる。
「ぅ、くそっ。打撃と摩擦痛った!」
雷は焦って木刀を振り下ろす。留美は横に飛ぶことで避けた。
「おい! 技使うとか反則やぞ!」
「使ってへんわ!」
「喰らえ!!」
雷が悔しそうに『二段突き』を放ち。留美は『シャドウステップ』で距離を取る。
先程まで、なんとなく技なしでやっていたが。雷が留美が技を使ったと勘違いして、技を使ったのをはじめとして互いに技を使うようになった。
あとはヒートアップしていくだけだ。
「二段突きは、食らわな怖ないわ!」
「シャドウステップも、出る時に黒い靄が出んねん!」
「え、まじ?」
「マジやッ!」
泥臭い、マジで泥臭い戦いや。
突っ込んでくる雷を見て、留美はシャドウステップは使わず、ぎりぎりまで走った。
彼の間合いに入った瞬間に、『シャドウステップ』で後ろに移動する。ビュンッ! と風を切る音が聞こえてきたが、雷はそれを予想していたようで、後ろへ『スラッシュ』を繰り出す。
スラッシュを使う時は、武器が光るのだ。
ブンッ!!
うわぁ、やばい音した。死ぬって……。
留美はひざを折って、イナバウアーをする形になって避けていた。そしてその勢いを利用し、バク転をするように顔を蹴り上げる。
「うがっ!?」
雷は痛そうなうめき声をあげ、数歩下がる。木刀も地面に落ちた。
留美は一応終わらせると言う意味で、雷の背後に『シャドウステップ』で回り、木刀ナイフを首に当てる。
「留美の勝ちな」
「蹴るとか反則。死ね」
悪態をつく雷から木刀を離す。
いくらイラついてても、死ねはあかんよな……。
雷が地面に座り込んだ。おもむろに落とした木刀を拾い上げると、思い切り留美にぶち当てる。
「痛った! テメェ゙!」
「本気で蹴る事ないやん」
しょぼんとした声に、頭に上がった怒りが消えていく。
「……いや、本気じゃないとこっちがやられてたし。スラッシュ食らったら木刀でも体が真っ二つになりそう」
「ならんわ」
留美もその場に座る。
こっちに来る前やったら絶対、留美が負けとったやろうけど。
多分これはちょっとした経験の違い。観察の違い。この少しの違いが留美の勝機になっただけ。
少し時間が経てば必ず雷の方が強くなる。なんでもそうだった。最初は留美の方ができても、途中から伸びが止まって、雷が急激に伸びる。のめり込んでいく。
それから留美の手が届かんくらい強くなる。なんでも、いっつもそう。……でも。今回だけは、同じように歩みたい。
置いていかれないように、頑張らないと。
私はポーチから、ヒールポーションを取り出す。
「はい、ヒールポーション」
「サンキュー。見て、打撲痕くっきり」
「やばー。ごめん強くやり過ぎたよな」
留美は横腹を見る。
「あははっ青くなってる♪ 見て、留美もやで」
「さーせん」
「雷左遷、どっか行け」
「拒否」
留美は飛んで行った木刀を取りにいく。
「ポーションってどれくらいで作れんの?」
「材料と時間があれば作れるよ。……うまくいって一日に十個くらい。今んところ、瓶の在庫が一番ネックかなぁ」
「じゃ、遠慮なく飲むわ」
「うん」
ゴクっと飲む雷を見下ろして、木刀を側に乗せる。そろそろお昼かぁ。滲んでいる汗を拭って、木刀をポーチにしまう。
「ポーション色にしてはマズくないな」
「普通よな」
「うん」
「あ。瓶は返してな。数あんまないから」
「ん」
返してと入ったけど、洗えっ。
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