第71話 緊急事態らしい。逃げよ。



 家に帰る途中。私は注意散漫で歩いていた。


 秘密のポーション売りってのも、乙よね〜。

 夜に現れる怪しいポーション売り。あぁ、いい。でもクリスティーナさんにって言うか、表に出してしまったからな。

 今更怪しい夜のポーション売りにはなられへんなぁ。うん、怪しいポーション売りは、やめとこう。今からやるのは信用度が下がりかねへんし。せっかく『売れないわけないもの』とか前払いまでしてくれてんねんもん。クリスティーナさんにはほんま感謝してもし――


「留美!」


 な、なに?! 留美何もしてないよな!?


 挙動不審にならないように、声の聞こえた方を向いて、少し惚けるように首を傾げる。

 当たり前だけど、声の主は聞き覚えのある人物だ。


 何でここにいるって分かったんやろう? 気になって仕方がないけど、声の感じからして、それどころじゃなさそう。

 屋根から降りてきたキラさんが走ってくる。



「店に来たんだってな。それでお前のことを思い出した」


 彼は汗をかいていた。私と追いかけっこしたときは涼しい顔していたのに。

 逃げた方が良さそうかなとあたりを見渡す。


「護衛ほったらかして、どうしたんです?」


「その護衛対象が毒で寝込んでんだよ。今は交代で見張ってる」


 いい日終了のお知らせと思いきや、護衛対象さんが大変らしい。何でそれを私に言うのかはよくわからないけど。

 毒ってこわぁい。

 そんな警戒する? って思ったけど、留美行く時が悪かったんかな……。


「大変ですね」


 仲良くなろうとした割には淡白な返事。

 去りたそうな雰囲気をした留美に、キラさんは一歩踏み出す。


「俺に飲ませた液体、解毒薬って言ったよな」



「ん? はい。解毒薬です」

「まだあるか?」


「一つありますけど……」


 本当に一つしかないし。

 材料も一本しかないから、人に使うのはなぁ……。


「頼む。その一つをくれ」


「今まではどうしてたんです? その人にお願いしてはいかがですか?」


「呼んではいるんだが……」


 だが?

 探し回ってる時間で毒回ってるやろうに。その時間があったらその人到着してそう。留美から解毒薬を奪いたいだけな気がする。


「頼む」


 なんか頼まれた……。仕方ないなぁ、いや、留美は搾取される側にはならんぞ! 何か、なんか……、面倒くさい事、なんかあったら適当に投げとけばいいやんって思われへんような条件…………あっ。


「それじゃ、交換条件でどうですか?」


キラさんの表情が険しくなる。


「いいだろう。何が望みだ」


「白い雑草です」



「は?」

「白い雑草」


 言葉で言っても伝わりそうになかったから、ポーチに手を突っ込む。

 キラさんが少し構えたが、気にせず薬草を一本取り出した。


「これの白いバージョンです」


 キラさんが薬草を手に取り、じっくりと見る。匂いや触り心地も確認しているようだった。


「……分かった。大体どこにあるか教えてくれ」

「雑草と同じです。どこにでも生えてます」

「探してみるよ」


 見た目一緒っぽいし、雑草と同じように、どこにでも生えてそうやし。実際に町でも見つけたしな。

 探せばきっと見つかるよ。


 留美は手に戻ってきた薬草をポーチへ入れた。


「はい」


「今九過ぎ時か、十時にここで」


 走り出そうとしたキラさんに手を伸ばす。


「あちょっ、待ってっ!」

「なんだ。こっちは急ぎだ。くだら――」

「はぁ?」


 やっべ。めっちゃ低い声で『はぁ?』言うてしもうた……。

 たじたじと落ち着きがなくなると、留美は逃走する。動揺した時の自分は、大体何か余計なことを言ってしまうからだ。


「うっ」


 首根っこ掴まれて止められた。

 ひどいぃ……新品の服なのによれる……。


 じわぁと溜まってくる涙を拭いて振り向く。するとキラさんはパッと手を離して離れ、軽く両手を上げた。



「で?」


「ぁ。えっと……あ。はい。物々交換じゃなくて、交換条件です。白い雑草は今度でいいのです。急ぎだって言うから、今はこれあげます」


 ポーチから取り出した解毒薬を差し出す。彼はそれを少し躊躇して受け取った。

 何で躊躇されたのかは、聞かない方が良さそうだ。


「感謝する。見つけたら、留美の部屋まで届けるよ」


 いや、不法侵入。


「次会った時でいいですよ」

「わかった」


 彼が上に跳んだ。


「…………」


 スキルでキラさんが遠のいていくのがわかる。


 やっぱ早いな……。

 けっ、毒もらって動いてくれる人がいるとか、お貴族様は良いよね〜。

 あったかいベットに、薬だってポンッて買えちゃうんだから。お金があれば命も友情も変える。


 …………浅ましいぃ……。貴族の人は貴族の人の苦労があるんやろう。留美はまだマシな方。だから幸せだって思わなきゃダメだ。




 あっ、早く帰らんと。

 走っていると、近づいて来る音があった。


「留美さん! 前、俺に渡してくれた解毒薬ありませんか!?」


「……パニクさん?」


 もう渡しましたよ。

 この流れっで他の二人も来たりせえへんよな。護衛対象の護衛大丈夫?


「おはようございます。解毒薬ならキラさんに渡しましたよ」


「えっとですね! ……え? キラさん? キラさんは今この町にいませんよ?」



「え?」

「俺にできる事なら何でもしますから。お願いします!」


 ……………………………………………………え?


「ご、ごめんなさい。キラさんに渡したのが最後だったんです。私にはどうする事も出来そうにないです」


 ふらっとパニクさんの体が傾く。


「……わかりました。失礼、します」



 パニクさんが消える。

 引き上げるの早かったな。


 えーっと。魔法がある世界やし、格好もマネれたりするんやろうか。でも解毒薬のことはキラさんあたりしか知らんことやし。いや、スキルで盗み聞きとか普通にできるしなぁ。


 どっちか偽物か、どっちも本物か、それともただ行き違いになったか……。

 ん、パニクさんって、取り乱すと俺って言うんやね。ほくほく。


 あー!! 鑑定さん…………忘れてた。



 ……さて、気を取り直して考えよ。

 どっちかっていうと、パニクさんの方が偽物っぽかった。雰囲気的なあれがなんかちゃうかったし。でも身近な人が死にそうになってたら、必死になるのもわかる。

 んー。真面目キラさんも中々偽物っぽかった。いや、ちゃらちゃらしてる普段の方がおかしいんよな。仕事モードと思えば納得。


 そんで最後に、ただの行き違い。連絡手段があんまりないこの世界でなら普通に起こりそう。

 これ以上のことは思いつきませーん!



 …………………………まぁ、いっか。やっぱり考えるのは苦手。

 実はキラさん帰ってきてて、情報共有不足のすれ違い説を押しとこ。


「…………」


 何かに巻き込まれてない事を祈るしかない。…………フラグちゃうからな神様。

 留美は家へ走り出す。



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