第70話 秘密のポーション売り
朝。
ベットから降りると、装備を身につけてさっさと広間へ降りる。
時計は三時五十三分をさしていた。
わー、十分前行動身につき過ぎ……。
「まだ、真っ暗や」
広間でストレッチをして、ナイフとポーチを持っていることを確認。そして唯一知っている、瓶を売っているお店へ向かった。
今回は遊びにいくわけじゃないので、もしキラさんに揶揄われても無視しようと思う。
いつからお店が空いてるのかが分からず、とりあえずあくまで待つ気でいたのだが……。
開いていた。
まだ七時前やのに、こんな朝早くから誰が来るんやろ?
あたりを見渡すと、設備が整っていても人はあまり整っていない。この時間帯はまともそうな人が少ない……。留美はまともな方やで。
カラン。
キョロキョロ。
既に買うものは決まっているから、手短に済ませたい。
「アルさーん? いませんか?」
「今日は留守にしている。何かようか?」
ビクッ。
いつもよりも低く太い声。強面のおじさんがエプロン姿で、奥から出て来た。
ふりふりじゃない普通のエプロンを、服の上からつけている。捲し上げた袖から見える太い腕は、普段から力仕事をしていそうな感じだ。
普通のおじさんと言ってもいいものか……護衛だろうなぁ……。留美は少し遠い目をしてしまう。
あ、反応しないと。
「アルさんに用事はないです。えっと、瓶が欲しいんですけど、三十個くらい下さい」
「サイズは?」
「小さいの三十個でお願いします。あ、やっぱり追加で大きいのも一つお願いします」
おじさんが奥へ引っ込んでいって、私は手持ち無沙汰になった。アルさんがいないらしいこの場所には、二階にも誰もいないようだ。
あれだけキラさんがいたら、ああしようこうしよう、って気合い入れてきたのに拍子抜けしちゃった。
まぁ精神的には緊張しなくていいから、いいのか? 初めましてのおじさんからはピリついた感じは一切感じなかったし。
おじさんが薄い箱と瓶(大)を持って戻ってきた。薄い箱の中には瓶(小)が収納されている。
「小三十個で金貨一と銀貨五十。大一個で銀貨五十枚。合計金貨二枚な」
ポーチから金貨二枚を渡す。
瓶をポーチに入れる……入らなかった。小瓶が八個もあぶれた。
うっそ、もう入らんの?!
きっとゴブリンの物が持ち物を圧迫してるんや。いやそもそも小瓶の数が多いんやきっと。数の容量がアウトになってるとして、どうしたらいいんや。
「ちょっと入らないんで、一度家に帰っていいですか?」
「ああ。こんな朝早くから、起きてる奴はそうはいねぇよ。さっさと行ってきな。てか俺も仕入れ確認しに来ただけだからな」
え、お店開いてるわけじゃなかったんや。申し訳ない。
それに、取りに戻ってきたら、居らんかったら怪しまれる時間帯になってしまう。
「やっぱり手で持って帰ります」
「そうか?」
「はい。ありがとうございます。またきますね」
「在庫殆ど買ったんだ。明日明後日にはまだないからな」
あぁ、そうやんな。在庫……他の人のこと全然考えてなかった。今回は買っちゃったしいいか。
留美は瓶を抱き抱えて笑う。
「分かりました。三日後ならあるんですね」
「買ってくれるのはありがたいが、勘弁してくれ」
「冗談です。六日後には来ますね」
それでも六日後かよと、男は困惑した表情を見せる。
留美は仕入れにかかる時間なんてわからないし。そもそも、この世界の商売がどういうふうに成り立っているのかも、把握できていない。貴族とかいるんやから、ようわからん制度があるかもしれんし。
「ああわかった。次からは多めに仕入れといてやるよ。来なくなるなら、事前に言ってくれよ?」
「わかりました。ありがとうございます」
お店から出た私は走る。
ゆったりしてる時と、慌ただしい時の差が激し過ぎて、体力的にも精神的にもしんどいわ。
『シャドウステップ』で移動しながら人気のない小道へ。
誰もいないな。
いつの間にか『音聞き』を常に使っているようになっていた。不思議だ。
今買った小瓶に欠損ポーション十個、ヒールポーション十個づつ入れた。残りは後で、毒薬と解毒薬を入れる気である。
あっ、袋に入れたら一個扱いになるみたい……。ガバガバ判定たすかる。
ギルド。
静かだ。
朝が早いせいもあって、昼間や夜のような熱気はない。
それでも何人か酔いつぶれた人や、ジーッとこっちを見て来る人はいる。後者の人たち怖い……。
「いらっしゃい、留美ちゃん」
コツコツと、自分の歩く音がやけに大きく聞こえてくる。
クリスティーナさんは定位置にいた。
ずっとあの場所にいる気がする。ちゃんと寝ていたのかちょっと心配……。もっともそんな心配は無用なのだろうけど。
「おはようございます、クリスティーナさん。今日はポーション売りに来ました」
「そうだと思ったわ。用意はバッチリよ」
なんの用意やろ?
だってある時間に来る人数を数えるだけやろ? まぁどうでもいいけどな。
「それは良かったです。欠損ポーション二個です」
「あら、少ないわね」
「初心者狩りとかいう六人に殺されかけて、それどころじゃなかったんです。材料がちょっと……」
嘘だけど本当の事ですよ。
彼は私の言葉を信じたようで、はぁ。とため息をついた。
「なるほどね。文句を言う人がいたらその言葉を貰うわ」
「はい。あ。あと、ヒールポーションです。もし買いたい人がいたら売ってくれませんか?」
「もちろんよ。四個ね」
「ありがとうございます」
売れたらいいな。
「どうせ売れるでしょうから、先に払っておくわね」
「え? え?? いいんですか?」
クリスティーナさんは、目を丸くした留美がおかしなことを言ったように笑った。
「ええ。売れないわけがないもの」
金貨三十二枚が手の中に……。
金貨十枚ってそんなに安い値段じゃないと思うんやけど。まさか、もっと高値で売りつける気じゃ……。そんなまさか、クリスティーナさんがそんな悪どいことするわけ……ないやん。
お金を袋へ入れる。
「では失礼しますね」
「ええ。今日が良い日であるといいわね」
「はい。クリスティーナさんも」
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