第69話 おばちゃんとの勝負(2回目)と町巡り



 家に帰ってきた私たちはとりあえず椅子に座る。もう疲れた……。

 時計を見ればまだ十二時前。一日の半分にもなってない。これからまた出かけて、服を買いに行くのだ。

 明日でいいよもう……って言える状況ならいいんやけど、我慢できないから今日頑張る。


 何か動いているママとパパを尻目に、私はお金タワーを作っていた。


「金貨一枚、銀貨百五十五枚やな」


 どやぁ。

 お金が増えるって嬉しい。お下がりの服じゃなくていいってことや。

 体デカイからって、なんで留美が雷のお下がり気なあかんねん。まぁ、反対になったら、雷がなんで留美のお下がり気なあかんねんっ、ていうんやろうけど。


 ジャラジャラとお金を袋に入れて、両親が準備できたようなのでドアへ歩き出す。



「武器屋覗きたい」

「お金足りるわけないし、研げばまだ大丈夫じゃない?」

「研ぎ方知ってるん?」

「…………」


 留美はふっと不敵な笑みを浮かべた。


「ネット知識の刀方式でいいならやっといたる」


「新しい武器欲しいー」


 無視された……。


「見に行くくらい、いいんちゃう?」

「やんな!」


「ママがそう言うなら……レッツゴーっ! 留美も武器屋行きたい!」

「さっきと言ってることちゃうやんけ」

「ふっ、過去のことなど覚えておらぬ」

「数秒前くらいのことは覚えとけっ」


 扉をドーンと開ける。


 ふむ、雷の防具一撃で壊されたし、剣は壊れへんなんて甘い考えしてられんのも確かや。一番前衛で逃げられへん立ち位置におるから、やっぱ一番装備は充実させておきたい。…………あぁもぅっ、やっぱりお金が全然足りひん! あの初心者狩りめ、せっかくゴブリンに余裕が出てきた時に現れやがってぇぇぇ……。



「言っとくけど、武器屋は見に行くだけならな」


「三人の服買うと銀貨百二十枚飛んでいくとして。残りは一枚と六十六枚か。歯ブラシとか、トイレットペーパーも買わんとな」


 日用品大事。尊厳的な部分で失ってはいけない事。


 うんうんと頷く。

 こっちに来てから、口をゆすぐだけで、歯磨きしてへんかったわ。虫歯が出るぞ〜。



「えー」

「お金残しとかな、スキルが覚えられへんで」


「そうやったー!」


 そうやったー!

 声には出さないものの、留美も雷と同じ反応をしてしまう。


「そういや留美、髪切りぃな。どっかに引っかけんで?」


「えー、最近は髪括るようにしてるやん。大丈夫まだいける」


 ゴムが切れて無くなったら、髪切ろうかな……。

 括ってたとしても髪の毛長いと戦闘時不利になりかねんし。引っ張られるとか、引っ掛けるとか。そん時にバッサリいけばいいやん。

 どうせ短髪にするのは、うまいこと髪切れると思えへんし。



「留美坊主にしようぜ!」


「じゃぁ、雷は短めのオカッパな」


「俺はNOと断れる日本人なのだ」


「じゃぁ留美もってことで…………くハハッ」


「え、なに怖……」


 留美は笑っている口元を隠して、キョトンとしている雷を見る。


「雷が短めのおかっぱ姿思い浮かべてた。むしろ髪増えてね? ……って」

「まぁ、俺今短いしな」


 雷は自分の頭をわしゃわしゃ撫でる。




 道を歩く事、……数十分。

 人通りが多くなってきて、すれ違う人、すれ違う人を警戒してしまう。留美は今日、人間に襲われたのだ。今日人間に殺されかけたのだ。自然と警戒してしまうのは当然といえば当然であった。

『音聞き』も最大限使い、なんなら過去一冴えてる気さえする。


 そんなこと知るはずもない人々からは、なんか睨まれた……。と思うだけである。



「確かこの辺やったよな?」


 探しているのは割引してくれたおばちゃんだ。次もここで買うって約束したし、露天を練り歩いた感じ、あそこが一番安いし安心して買える。正直柄とかデザインとかどうでもいいから、安くて丈夫な服が欲しい。


「あそこやっけ?」

「たぶん」


 三人とも顔はうろ覚えなので、確信が持てない。

 留美はコホンと咳き込んで高い声を意識する。


「おばちゃんっ。また来たよ!」


「……いらっしゃい。いつかのお嬢さんじゃないか。今日は何を買いに?」


 屈んで愛嬌たっぷりに笑う。


「服が欲しいんです」


 よかったー、あの時の人で合ってた。もし間違ってたら、その後の居た堪れない空気の中、留美が何を口走ってたか……。

 おばちゃんが私の後ろへ視線をやる。



「皆ボロボロだねぇ。どれでも一つ銀貨四十枚だよ」


「百二十…………服を三つ買いますから、銀貨百までまけてくれませんか?」


「銀貨百は言い過ぎだねー。そうだ、勝負をしようじゃないか。勝ったら銀貨百十枚でいいよ。これ以上はまけられないね」


「どんな勝負です?」


 おなあさんが銀貨を取る。そしてそれを見せつけてきた。


「表。そして、裏」


 両方の絵柄を見せると、おばちゃんはチンッと弾き、銀貨をパシッと取った。…………え? 今めっちゃ早なかった? 全然おばちゃんって動きちゃうかってんけど。


 目を点にしている私を前に、おばあさんはニコニコして言う。


「どっちだい?」



 私は後ろを振り返る。

 雷はバッテンを作って、両親も首を振っていた。


 やべー、誰も見えへんかったとか。…………二分の一。二分の一ぃぃ?? 銀貨十枚のかかったこの勝負、負けられない。

 銀貨かかってなくても負けなくないっ。


 留美は睨むように目を細めて手を凝視する。


「…………」


 沈黙して見つめる留美を動かそうと、ママが前に出てくる。


「留美はよ答え」


「ちょっと待って、今考えてる」

「すみません、この子……」


「構いませんよ。ゲームに誘ったのは私の方ですからね」


 触れられた手にイラッとして、ママの手を弾く。

 まぁ考える事などないし、どうせ見えなかったのだから運でしかなかったりする。


「表」


 おばちゃんはにっこり笑って手を上げた。おもて、おもておもてぇーぃ!


「正解」

「やったー!」


「おぉー。二分の一当てよった」


 飛び上がって、喜びを後ろにいる三人に示し終わると、留美は再び屈む。砂埃とか立てて不愉快にさせたら、と頭によぎったからだ。


「ありがとうございます!」


「こんな勝負に本気で付き合ってくれる子も珍しいよ」


「勝負事なら負けたくないので」


 留美は嬉しそうに笑った。


 銀貨百十枚を払う。

 たいした違いもないが、私とパパとママは服を選ぶ。そして店を後にした。

 勝負としては完全に乗せられたが、気分がいいからよし!


 服は家に帰ってから着替えるという事で、ポーチにしまっておく。



「またおいで。次は値引きしないよ」

「はい」


 バイバーイと手を振って、道を歩き出す。次は日用品を買うのだ。


 嬉しぃ。新品の服が手に入ったぞーぉ!

 店から離れると、雷がこそって言って来る。


「留美大阪のおばちゃんみたいやったで」


「失礼な事言わんといてくれる? そんなに無理に値切ってへんし。大阪のおばちゃんなめんなよ、この程度ちゃうぞ! ……知らんけど」

「知らんのかいっ」


「値切り文化があるってのは知ってる」

「そーですねー」

「そーですっよー」




 日用品で歯ブラシ、石鹸、木櫛、ランプ、ちり紙など。金貨一枚と銀貨三枚を使った。

 不自由だけど、大体の生活用品は買ったつもりだ。

 人って生きるだけでこんなにお金がいるんやなーって思う。ただ、税金とかはまだ見てない。知らないうちに引かれてたりするんやろうか。



 武器屋も覗いてみた。が、ナイフ一本金貨五枚とかで、まだまだ無理だね〜と、すぐに店を出る。


 お金がないです。




 日が暮れてきた頃、眩しさを堪えながら時計塔を見上げる。十七時前といったところだ。

 改めて見ると、時計塔でっかいなぁ……。



 スキルは明日各自覚えに行くことになった。

 一日で覚えられない事もあるのだとパパに言われ、留美は夜までかくれんぼさせられてことを思い出す。いいんやけどな?


 もしそうなりそうだった場合、一度帰ってこようと決めておく。各自で動くときはほんと、連絡手段がないからめちゃくちゃ不便だ。



 早めの夜ご飯を食べて、家に戻る。

 今日のご飯は少し奮発して、一人銀貨一枚使った。美味しいっ。


 お風呂で疲れが溶けていく。

 体まで溶けそうなくらい……すっきりぃ。お風呂には心身の浄化作用があるんかもしれん。


 ………………。


 死にかけた事など嘘のように、普段というには不慣れなの生活に戻りだす。




 留美の部屋。

 麻痺毒のおかげで生き残れた。量産しとかないと。

 普段の生活に戻れても、心の内側は前のようには戻れない。


 ギルドに渡す欠損ポーションも確保しとかなあかん。最低でも三つ。広げてしまった責任は取らないと。

 留美には毒と回復。どっちも必要や。



 明日は早起きして売るための瓶と、自分用の瓶を買って。ギルドに売りに行こう。

 帰りもなんかソワソワしてる人おったし。……自意識過剰かな? 留美にとってはただのお金稼ぎや。優しさとかじゃない。うん。大丈夫。



 …………三人はまだ起きてるんか。

 早起きするためにも、もう寝よ。起きるのは四時。四時に起きよう。


 あと何回この言葉を言えるやろう? そんな事を考えながらぽつりと呟く。


「おやすみなさい」



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