第68話 新たな狩場
ギルド。
酒と食事の香りがする。テーブルにはお昼前から人が座り、いつもより慎ましやかな会話の花が咲いていた。
オークに殴られたらしい男はピンピンしてる……。
騒がしさは低めだけど、内容が全然笑えないっていうね。
血が乾いてパリパリしているのが少し恥ずかしい。攻撃受けたって丸わかりだ。
それでも堂々と歩き、受付本人以外のいない受付の方へ歩いていく。
「クリスティーナさん。ただいま戻りました」
「おかえり。災難だったわね」
情報聞いてすぐに個人特定されてるのね……。そういや、名前書いたわ。
思い出したらまた暗い感情が溢れそうになる。
「全くですよ。あ、換金お願いします」
ニコリと笑顔を浮かべて、ゴブリンの耳を三つ机に置く。
「ところでクリスティーナさん、依頼って一枚受けてる状態で、もう一枚受けれますか?」
「ええ。一パーティー、三枚までよ。言ってなかったかしら?」
言ってない。
ほんと多いな、言い忘れ。
「そうなんですね。破棄することは可能です?」
「破棄する場合は報酬の三割負担することになるから、気をつけるのよ」
なるほど。それも聞いてないぞ。
「わかりました」
「はい。情報料金貨一枚と、ゴブリン三体で銀貨二十八枚よ」
「金貨やって」
「おぉー」
嬉しそうな表情をする私の頭に、パパが苦笑して手を乗せた。
触れる前から。触れた場所から、強く心配と罪悪感のような感情が伝わってくる。
多分それだけじゃないけど。……なんでそんな感じを思ってるのか分からない。
お金が手に入ったって、喜んでくれればいいのにっ。
チャリンと数えながら袋にしまうと、留美は顔を上げた。
「ゴブリンの次あたりに弱くて、おすすめの場所ってありますか?」
「そうねぇ……。やっぱりコボルド洞窟じゃないかしら。とっても入り組んでいて大変だけど、上層ははぐれも結構いるみたいだし。留美ちゃんたちは適性が偏ってないから、相手も王道の方がいいと思うのよね」
王道とは?
「もし下に行かなくて洞窟を抜けると、森があるわ。その地域に生息するのはオークとか、ナーガとかまぁ色々いるから、もう少し強くなってから行くのをお勧めしておこうかしら」
「コボルド洞窟って、どこから出たら近いですか?」
「南門よ。草原をずっとまっすぐ。整備はされてないけど、道らしきものがあるからそれに沿っていけばいいと思うわ」
「ありがとうございます」
ペコっと頭を下げる。
南、ね。オーケイ。コボルド洞窟。上層ははぐれがいる。でも深く潜ると群れがいる。
まだゴブリン倒しときたいよ……。
コボルド…………コボルドなぁ。留美、犬派やねん。
狼はあんまり殺したくない……。もしも可愛かったら、留美はコボルド洞窟をスルーすることを提案するね。毛玉を殺すのはあんまりだ、って。
洞窟抜けたところにおるんはオーク、ナーガ、他は何がおるんやろう。
オークなぁ。あんまり大きくなかったらいいけど。せめて留美と同じくらいやったらいいな。
いや、もうちょっとちっちゃく。ゴブリンと同じくらいが一番いいんやけど……。百センチ? 絶対デカイやろ。お腹ポーン、筋肉ムッキーッン。斧シャキン! いや知らんけどな。せめて防具はつけてないことを祈るわ。
ナーガは半分やっぱ人なんかな?
半分。どっちの半分が人なんやろう。上半分、下半分、はたまたは、横に半分……。性別とかあ――
反応しなくなった留美を、ママが肩を揺らして呼ぶ。
「大丈夫? まだ痛むん?」
「え? あぁいや。大丈夫。ちょっとコボルドとかどんなんかなって考えてた」
「ナーガって、半分人みたいな感じなんですか?」
雷からの質問に、クリスティーナさんはカウンターの向こうをゴソゴソと漁る。そして絵が書かれた紙を置いた。
「大丈夫よ。人型してるけど、人間に見える事はないくらい化け物じみてるから」
「わー。ありがとうございます。こんなんやって」
「控えめに言って、怖い」
「ほんまやね」
両親が苦笑した。
先ほど名前の出なかった種族は、北や西かなと漠然に思いながら留美はさらに質問する。
「北とか西は危険なんですか?」
「いいえ」
クリスティーナさんは少し迷うように指先で机をクルクルする。
「まず、この人間の国は地図でいう北西の隅っこにあるのね。それでこの町が人間族が住む南の最前線。東にもう一つ集落のような町があって、そこが東の最前線よ。つまり、北西は人間族が住む地域が広がってるわけ。たまにゴブリンが歩いてたりするけどね」
「ほぇ……」
「ふふ。お金ができたら一度行って見るといいわ。こことは比べ物にならないほど設備も整っているし、いいところよ。……ただ。ちょっと差別はあったりするから、迷い人だってことは言わない方が無難ね」
は、半分くらい理解した。でも口頭で言われるだけだとわかりづらいなぁ。
とりあえず考えるより行動!
お金たまったら、北に行ってみるのもいいかも。
設備が整ってるってもう言葉だけでいいやん。美味しいものいっぱいある予感っ♪
私が美味しい食事に思いを馳せていると、雷が確認するように言う。
「もっと南とか、東には人間の集落とかないんですか?」
「いる時はいるわね。物資調達が楽になるからって。でもなにせ、生存競争が激しい世界だから。それに、あっても認識されてないなら、ないも同じよ」
「なるほど……」
「あの、この世界って。ずっと西に行ったらそれ以上いけないとかですか?」
考えているクリスティーナさんを前に、留美は周囲を確認する。
並んでない。不振がられてない。
そして、クリスティーナさんはそんなに不機嫌そうじゃない。これ重要。でもこの人って、あんまり感情とか中の雰囲気が伝わってこおへんのよな。
「言うわね?」
「お願いします」
頷いたクリスティーナさんが話し始める。
「この世界は岩山で囲まれてるの」
「そこを登ると、大量の水が流れている滝があるわ。ある程度近づくと、白い霧のかかった空の上から、大量に流れて来ているように見えるだけ。どこから水が流れて来ているのかは誰にも分からないの」
「下を覗くと、暗い闇に水が落ちる音が聞こえるわ。ただ流れている音かもしれないけどね」
「興味本位で止まっていると、この世のものとは思えない声が聞こえきたりするらしいの。巨大な魚が跳ねているのを見たって人もいるけど、落ちた人が塵になったのを見たって人もいるわ。まぁ、声を聞いたらほとんど、死んじゃうくらいヤバいとこってこと」
「興味が湧いちゃわないように忠告しておくと……、死にたくないなら、山の向こうへは絶対行かない方がいいわよ」
脅すような言い方に、ブルってしまう。巨大な魚ってだけでもう嫌だ。怖すぎる。滝って何、どうなってるの。この世界は丸じゃなくて、板状だってことがわかっただけでお腹いっぱい。
留美は覚えた。
山の向こうは行っちゃダメ。
「他に質問はあるかしら?」
私は振り返る。……ないようだ。
ふるふると頭を振って挨拶に入る。
「大丈夫です。では三日後くらいに来ますね」
「わかったわ♪」
「三日!? 聞いてへん!」
今言ったからな。
「いやただの予定やから。そろそろスキル覚えに行こ」
「おお、スキル!」
切り替え早いなぁ〜お前。うじうじしてるよりは、全然いいけど。
「その前に服買いに行きたいわ」
「確かに。もうボロボロや」
「まずは食事やな」
もぐもぐ。焼き鳥うめぇ……。
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