第65話 人間なんて大嫌い



 雷が東門についた。

 息を荒くしながら、前だけを見てゴブリンの森を抜ける。必死に逃げすぎて、後ろのことをまったく気にしていなかった。

「やった、助かった」と振り返った先に、誰もいない。


 まさか。雷の背中に冷たいものが走る。


「みんな? おい!」



 森に入るのが怖くて足がすくむ。

 その不審な様子を見ていた門番が、雷に近づき始めた。


「町や!」


 続いてママが。そのすぐ後にパパが、三人は無事に森から出てこれた。


「パパ! ママ! 無事でよかった!」

「雷もな!」


「留美は!?」


 雷が何とも言えない表情になっていく。

 ここに居ないのならば、答えは決まっている。三人の視線の先には森があった。



「嘘やろ? なぁ、来てないの?」

「留美が一番……速いはず……やんな?」


 あの状況で留美が嘘を言うわけがない。そうは思うも、嘘であってくれたらと願う。


「…………くっ」


 雷が走り出す。


「待ち!!」

「待て!!」



 ゴブリンの森に入って行こうとする雷を二人が止めた。

 その顔は諦めにも似た表情である。しかし、信じようという表情にも見えた。


 事実、ここで雷が行ったとしても意味はなかっただろう。

 殺す気でやってきている人間たちはそれなりに手練れのはずで。数だって六人だ。

 来たばかりの自分達が、対抗できるかと言われれば、厳しいと言わざるを得ない。


『全滅』の字が頭をよぎる。


「留美、俺らを逃がすために、囮になったんかな……。あいつ、一人でも逃げるって……チキンやって……くそっ」


 拳を掌に打ち付ける。


「一番速いからこそ、か」

「留美以外は、探知が出来ん。どれくらい近くにいるかも分からんし、もしかしたらすぐ傍にいるかも知れん」



 雷はまだ帰って来ると思いながらも、涙を抑えきれなかった。

 自分が弱いせいで、自分が行こうと頑なに言ったせいで、と。なぜこうも悪い方へばかりいくのか……。


「あんたら、取り込み中のところ悪いが、何があった?」


 空気を読んで待っていた門番が、話しかけてきた。

 もしかしたらただの勘違いかもしれない。確証もないが、森で起こったことを、説明し始める。



 *


 留美がちょっとでも足止めをするしかない。そう思った私は道を外れ、足を止める。


 木の上へ。


 もう心臓のバクバクが止まらない。

 うるさい邪魔だ。落ち着け。留美なら出来る。


 すぐに下に六人のうち一人が通りかかった時に合わせて飛び降りた。


「やぁ!」


 一瞬でも足を止めさせるためと、自分を奮い立たせる二つの目的のために声を上げる。



「っと。いってーな」


 タイミングは悪くなかったはずなのに、全然効いてない。

 このボロナイフより防具の方が優れていたのだろう。


 私の奇襲は、相手のローグの肩にかすり傷を与えれた程度で終わった。

 六人全員が止まり、私に注目している。


 目的は達成した。が、ここからどう離脱するかまで考えてなかった留美はたぶんアホだ。


 彼らが嘲笑っているのがひしひしと伝わってくる。



 大人の男性六人に囲まれるとか、悪意有る無し、武器持ってる持ってないも置いといて。そもそも囲まれるって状況が怖い!

 状況最悪やのに、敵にあるの殺意やしっ。ゴブリンよりは薄いけど。確かに人間から殺意を向けられている。


 なんで?


 彼らの行動が不思議でならなかった。

 とても不合理で。一度の失敗で人生が終わるを楽しむような、その刹那的な行動が、私には本当に理解できない。



 あぁ時間を稼ぐ方法、別にあったやろうか。かなり後悔してる。


 私が斬りつけた男が、急に肩を押さえて叫んだ。


「あぁいてーなー! お前、何してくれてんの!?」



「攻撃……?」


 素直に答えた私を指差して、彼らは爆笑し始めた。


 これ、もしかせんでも留美から攻撃したしたことになってるよな。ゲームみたいに、あかねになるんやろうか。レッドネーム嫌やで。

 殺さんかったらおっけーなんかもしれん。



「前走ってた初心者の一人だよな? ここに一人でいるってことは、囮ちゃん?」

「ははははっ、泣かせるね〜。仲間を助けるために自分が犠牲になりに来たとか。意味わかんなさすぎ。反吐が出そう」

「他の奴らもう出たか?」

「こいつのせいで間に合わんだろう」



 出来れば正面からは戦いたくない。確実に死ぬ。相手も、留美がせこく戦うか。逃げるかのどっちかやと思ってるはずや。


 めちゃくちゃ屑っぽい人たちに、私は少しテンションが上がっていた。

 この人間たちに比べれば、まだ留美の方がマシだと。

 私の方が『正常』で『普通』で『常識的』で『一般的』なんだって。


 私は三人がもう少しで森を抜ける事を確認すると、ナイフをしまって『シャドウステップ』で逃げる。


 元々時間稼ぎしたかっただけやし。



「おい! 逃がすなよ!」

「分かってるって」


 逃げるローグの相手はローグか。なるほど。留美に勝機はない。


 逃げ切るのも難しそう。町まで行けたら勝ちやねんけど。なんとか行こう。頑張れ自分。

 このまま行けたら町まで行けるやん。などと思ったのは流石に甘かった。



「きゃっ、うッ……痛い……」


「つーかまえた!」


 私は逃げてる途中、相手のローグに蹴り落とされた。まさか木の根をジャンプした時に蹴られるとか思わんやん。

 コケるよね。


 どこか他人事のように思いながら。地面に這いつくばった状態ではダメだと、起き上がる。



「ぁああ゙!!」


 男が私にナイフを刺してきた。

 肩から伝わる痛みはさほど感じない。ゴブリンと対峙している時よりも緊張していて、吐きそうなくらい体が熱い。


 震えている身体ではうまく力が入らない。

 押さえ込まれる力もそこそこ強く、刺された場所から一歩も動けないでいた。


「うっ……はっ……あ゙ぁあ゙あ゙」


 男はニヤニヤと気味の悪い笑いを浮かべている。

 すぐに殺す気はないのだろう。悪趣味にも程があるが、そのおかげで私はまだ生きている。



 手に力が入らないならと、私は体当たりした。男の手がナイフから離れていく。肩の傷が深くなるが、今は気にならない。

 そのまま逃げようと足を踏み出すと、『シャドウステップ』を使うより早く、転ばされた。


 相手が近すぎる。


 私は転がるように、離れて『シャドウステップ』をしようとするが……発動しない。


『無理な姿勢』と、『足が地面についてないとダメ』ってこういう事か!



 足場の悪さに慣れていないし、能力低いし、何もかも私の方が不利だ。

 一瞬固まって、起き上がった私の顔に、拳が入った。


 よろけて木に頭を打つ。


「いた……」


 人に、殴られた。

 その事実が頭の中でグチャグチャに思考を乱していく。


 垂れた鼻血も気にならないくらい。私は。人に。互いの合意なしに、暴力を振るうことの是非について、考えていた。



「あららー? 終わり? マジ初心者じゃん。すぐには殺さないから安心しな」


 木に手を置いて、視線の定まらない見開いた目は、完全に気圧されているように見える。

 殴られて固まった留美を、男は足払いと首根っこを引いて転ばす。


「うっ……」



 ………………敵ならば、人を殺しても良い。


 留美の中で、決着がついた。



 我に返った時には、また地面が背中にあった。


 震えは止まった。不安も恐怖もない。

 町までの生還という目標と、この男に一撃喰らわすと言う、サブ目標が立てられた。それが決まればあとは行動するだけ。



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