第66話 いつか必ず殺すために



 私は容赦無く相手の顔を蹴る。

 しかし受け止められた。覆い被さってきた男は、私の手のひらをナイフで貫通させる。木の根に固定された。


「うああぁぁあああー!! 痛い! 痛い! 痛いぃっ!!」


 痛みでじたばたと暴れるが、手に振動が届くたびに痛みが増す。木の根に刺さったナイフも抜けない。

 呼吸がうまくできずに、喘ぐ。溢れた涙が耳を濡らした。


 そこへ残りの五人の到着だ。

 相変わらずニヤニヤと笑っているのが、ひどく気に触る。


 人間の皮をかぶった化け物どもめっ。



 私がナイフで刺され動けないように乗られているのを見て、さらに卑しい目が光る。

 息を吸った瞬間に眩暈がした。



「…………あ」



 私は……えっと。痛い。怖い。


 怖いが、化け物が怖いのは当たり前。

 殺されるのが嫌なら、私が逃げるか、殺さないといけない。その方法は?


「やるのは良いけど、早く殺し過ぎるなよ? 俺たちが楽しめねぇだろ」

「分かってるって。俺が捕まえたんだからな!」


 ナイフを取り出した男が笑った。


「傷がない女は久しぶりだなぁ」


 見えてないだけ。ていうか、現在進行形でお前の仲間が傷作ってんだよ。

 怒鳴るわけにもいかず、私は手を引っ張った。どうせ貫かれてるし。切れても問題ないでしょう。


 他人事のように誰かが、私が考えていた。


 興味のない男たちの話が、耳を通り抜けていく。



「っぅ!」


 勝手に涙が溢れてくる。前が見えづらい。


 無理矢理ナイフで止められている手の平を、自ら切り裂いていく。痛いのは嫌い。だけどこの状況が続く方がもっと嫌だ。

 ナイフが手に縦ではなく横だったらいくら、火事場の馬鹿力といえど、力技では無理だったかもしれない。


 よそ見をしていたローグに、ポーチから出した毒薬を振りまく。

 留美が動いたことに反応したローグは、振りまいたと同時にこちらに顔を向けていた。


 ピチャン。



 自分にかかったらどうしようとヒヤヒヤしたが。一口という少量ゆえ、ローグの男にしか、かからなかったようだ。

 男を浮かせて、蹴り飛ばす。

 男の下から抜け出した私は、血を撒き散らしながら、街へと足を進める。


『シャドウステップ』


 私が動いてることをローグの人以外の人は見てたはずなのに、なんで知らないふりしてたんだろう。

 少し気がかりだが、とにかく街に向かって走ることがいまの最善だ。


 また追いかけて来ているのかを確認するために『音聞き』で背後に注意を向ける。


 追っ手は二人。あのローグの人じゃないみたい。距離は離れていってる。大丈夫。でも油断しない。



「おいおい、大丈夫かよw」

「おら、動けって。逃げられんぞーw」

「動けねーのか? 情けねぇーな……」


 彼らにとってはただの遊びなんだろう。

 クっソ痛い。マジで危機一髪やな。害虫死ねばいいのに。



「おい囮ちゃん待てよ!」


 声をガン無視して。スキルで警戒しながらも、顔は前だけ見る。


 サブ目標達成した。本来の目標も時期に達成可能。寄り道する意味はない。

 ローグの適性を持つ人さえいなければ、留美は逃げ切れる……はず。捕まったらダサい。

 あの中でローグの次に早いのは、剣士か。


 ————大丈夫。距離は離れて行ってる。



 手のひらを貫かれ、私が悲鳴という大声を出した時。それに気づいたゴブリンたちが、やって来ていた。その場に止まっている面々が奇襲受けて殺されてくれればいいのにと願う。

 たぶんゴブリンじゃ無理だろうけど……。



「もーー! いだい゙ーーー!! …………クソがッ! 死ね!」


 安心すると、痛みが増してくる。一歩一歩踏み出すたびに、腕を振るたびに、傷跡が痛む。


 じくじく、ジンジン、暑くて、冷たい、どうしようもない痛み。

 痙攣してほとんど指は動かない。いや痙攣もしてへんかもしれん。ぷらーんって気持ち悪い!

 血痕が落ち、私の通った道に痕跡を残していってる。


 傷を負いながらも、私は無事に森を抜ける事が出来た。



「留美!!」


 東門で待っていた三人は、森から出てきた私を見るや否や、走って抱き着いてきた。

 色褪せていた世界が、安心と共に色ついていく。そして、肩と手の痛みが何倍もに膨れ上がってくる。


「あぁあああっ! 痛いって!」


「ご、ゴメン!」

「大丈夫!?」


「めっちゃ怖かっだ〜〜!! 人間嫌いーー!!」


 全力で叫ぶのは生まれて初めてかもしれない。

 ポロポロ流れる涙を拭う。


「グスッ……もっと森から離れよ」


 安心した三人だったが、改めて私の手や肩を見ると、顔が青ざめていく。

 血がポタポタと垂れるのは、見ていて気持ちの良いものではない。はっきり言うと、気持ち悪い。


 雷が喉を貫通した時の方が、何倍もヤバかっただろうけど。それと同等に顔が青ざめている。


 めっちゃ痛いけど、命には関わらなさそうちゃう?

 どっちにしても、固まってへんで、早くヒールしてほしい。


「『ヒール』」



 うおー。手がくっついて行く。気持ち悪っ。


 肩も徐々に治っていき、痛みが引いていく。


 冷静な自分が他人事のように手を眺めていた。

 この程度の穴が空いてたり千切れてんのは、欠損のうちには入らないっと。これなら、ポーション飲む必要はなさそう。



 ちなみに、後ろを追って来ていた人たちは、引き返す場所を決めていたのか森の中へ帰って行っていた。「逃げられたな」と笑っていたから、まじでムカつくッ。

 顔覚えたからな。絶対未来でやり返したる。死ぬように仕向けたるねん。害虫は駆除せんとあかんから。どんないい人になってようが。


 ……この痛みは忘れへん。


 私は根に持つタイプだ。

 死んでくれるんなら、なんでもいい。


 自分でやってもいいし、他人にやらせてもいい。この恨みは、人間の皮を被った化け物の六人が死ぬまで。殺すまで。一生忘れることはないだろう。


 目標。二年以内に殺す。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る