第62話 人は見かけによらない



 パニクさんは私の言葉を思い出して、手に持っていた白い液体、解毒薬を見た。


「これ、さっき留美さんから預かってました。たぶんこれが解毒剤だと思います」


「落ち着けってジェス、離してやれよ」

「それが解毒剤だという証拠はない」


「殺す気なら、全員に渡しているはずだ」



 変わらず猫耳ローブを着たジェスさんがチッと舌打ちをする。そしてナイフは離してくれた。しかし私の上からは退いてくれないようだ。痛い痛い……。

 先ほどより随分警戒を含んだ灰色の目が、私を見下ろしている。


 ジェスさんが退いても、絶対逃げ切られへんから安心してや。

 はぁ。……自分で言って、自分で落ち込むってこういう事やな。悲しい。悲しい前に、留美いま結構ヤバイ状態な気がする。


 留美は小さく動いて、視線をキラさんの方へ向けた。



「どうします? これ」


「解毒薬かどうかなんて、飲ましてみれば分かるだろ。西上嬢に俺たちを殺して、得する事なんて何もないんだ。逆に生きるのに不利になる。ただキラさんにひと泡吹かせたかっただけだろ」


「まぁ、そうでしょうね……」


 そう! その通り! カムロさんの言う通りやから、退いてー。


 ……重い。 ジェスさん退いてー。

 ていうか、この人いつからおったんやろ。倒されるまで存在にすら気づけへんかった。めっちゃ悔しい。やっぱ気づけんのはこの人かな?


 もっと周りを見て感じて、不意打ちなんて絶対されんようになりたい。

 人間なんかすぐに死ぬ生き物なんやから。


「飲めますか?」


「………」


「飲めませんよね」


 麻痺が強くなっているのか、キラさんは指一本動かせないようだ。パニクさんに抱えられて口に流し込まれる。


 口移しじゃないんだ。



 麻痺って結構やばい? (強)って入ってたからかな? 心臓まで麻痺して動かんくなったら死ぬけど……。それもちょっと実験せなやばそう。

 麻痺さして置いとくつもりが、うっかり殺しちゃった。じゃ、すまない時もあるかもしれんし。

 自分で言ってて何やけど、人間を麻痺さして置いとくって、どんな状況やねん。


 でも見て。留美、他人にナイフ突きつけられて動き封じられてるで。

 こんなこと起こるかもってちょっとでも思ってた? ふふふっ、思ってない。あるかもしれんことを準備検証しといて損はない。



「あの。カムロさん」

「なんだ?」

「なんで西上嬢? 止めてくれません? 語呂が悪くて気持ち悪いです」

「いま気にすることはそれなのか……?」


「…………」


 確かに。空気読めてないな。でも、さいじょうじょう、やで。語呂悪すぎやろ。


 殺すの? いたずらが過ぎたって殺されるの? 可能性はある。……あるけど。……でも、別に良くない? いいよ。喉掻っ切っても、剣でぶっ刺すでも。何それ、面白いっ。


 戻れ戻れ。死にたくないっていう程で話すんや。死にたいって感情に飲まれる前に、思考を追い出す。


「普通に、留美と呼び捨てで呼んでください」


 カムロさんはニカッと笑う。


「了解だ。留美嬢」


「人の話聞いてます?」


 今この人に煽られてんのやろか。嬢とか普通つけんやろ。イヤミか煽り以外考えつかん。

 カムロさんからキラさんへ視線を移す。

 キラさんは解毒薬を飲んで数秒で回復していた。


 解毒薬の方も、即効性高いな。味はどうなんやろ? 見れてよかったけど、絶対怒られるよな。


 観察していた留美を、キラさんがまっすぐ見てくる。

 毒を盛った身としては気まずい。



「留美」

「ひゃぃっ」


 うぅ痛い、噛んだ。


 それと同時に、ジェスさんが私の上から退いた。

 よいしょと体を起こして正座する。


 怒られる準備できましたと、ぎゅっと口を結ぶ。キラさんは、私の顔を覗くようにしゃがんだ。


「そう怯えるなよ。いい不意打ちだ」


 怯えてる? あー。確かに怯えてるかも。

 家族まで被害が行かないか。それが一番の不安。遺恨残すくらいなら、ここで終わらせていいよ。よくないよ。



「怒って……ますよね」


「ん? 怒ってないよ。ご丁寧に、解毒剤までもらってたし。留美の事がますます気に入った」


 え? 毒を飲まされて気に入るとか、この人、頭大丈夫? …………違うな。嘘つくなよ。めちゃくちゃ怒ってるやん。

 ちょーっと怖い笑顔やし。感情ダダ漏れって感じじゃなくて、隠すような感じ……。滲み出てくる人の方が、長く根に持つことが多い。


 気に入った=警戒対象?


 大きくなる心臓の音を抑えるために、ぎゅっと服を掴んだ。

 ダメなやつだ。ちょっと仕返ししようとしただけなのに、冗談で済ませられないほど不愉快にさせてしまった。


 キラさんは私に手を差し伸べてくる。


「立てる?」



「……はい」


 嘘の気遣いが怖い。

 食われるな。気圧されるな。飲み込まれるな。嘘でもいいから気丈に振る舞え。堂々としていろ。


 そっとその手に触れると、やはり怒ってる感覚が感じられる。


 人の手、気持ち悪い。怖い。



「一応聞くけど、俺に飲ましたの、何?」



 ゾクッ 

 身が竦んだ。嫌だ怖い……。


 引っ込めにかかった手を、キラさんは離してくれない。


 体が否応なしに強張り、絶対に嘘は言わない方が良い雰囲気だ。

 わかってるけど。嘘を言う気はないけど。こう言う時ほど、誤魔化したくなる。嘘つきたくなる。でもそれはダメだ。きっと後で後悔する。なのに、殺されればいいのにって思ってる自分がいる。


 気丈に振る舞え。堂々としていろ。


「離してください」


「…………」



 少し間を置いたのち、キラさんは手を離してくれた。その場所を摩って体をずらす。

 不安です、という顔を前面に出して、モジモジしてから口を開いた。


「キラさんに渡したのが……麻痺の薬で。……パニクさんが持ってたのが解毒薬です」


 違う。堂々と言うの!


「言っときますけど、私はキラさんを殺そうとしたとかでは一切ないんで、そこは勘違いしないで下さいね」



 殺そうとしていないという意思をを腕をバツにして、首を横に振りながら全身で表す。

 断言して、オーバーにでも言っておかないと、また疑ってかかられる。


 キラさんの怒ってる感じが少し落ち着いた。

 今すぐどうにかされると言うことはなさそうだ。



「それならよかった。……次は引っ掛からないよ」


 真面目な雰囲気はどこへやら、キラさんがウィンクをした。

 私はゲッソリして答える。


「もうやる気ないですから大丈夫ですよ。毒薬も解毒薬も余るほどないですから」


「あのー。留美さん。そろそろ帰った方が良いのでは……?」


 パニクさんが恐る恐る聞いて来るので、今度こそ、慌てて家へ向かって走る。


「それじゃ、また今度!」

「おい忘れ物!」


「あ、どうもです!」


 投げられた解毒薬の入っていた瓶を受け取ると、ポーチに入れて走り出す。



「留美嬢は楽しい奴だなぁ」


「楽しいって……まぁ面白いやつではあるよな。……はぁ。俺、地面に転がされたの久しぶりなんだけど。あんな来たばっかの迷い人にやられかけるとか。ありえねぇ……」


 顔を覆ったキラさんが落ち込むように屈む。


「ハハ。キラさんに毒薬を飲まそうなんざ考えて実行するなんて頭がイカれてるぜ。脅しにも、一歩も退かねぇーし。……それにしてもキラさん、見ごとに引っ掛かっててハハハッ!」


「笑うな。……でも確かに。あの状況で毒薬を渡してくるとは思いもしなかった」


「人は見かけによりませんね」


「パニクも人のことは言えねぇだろうよ」

「カムロさんこそ、裏で護衛を任されてるとは思えないですよ」


 キラさんは立ち上がると、真剣な表情で言った。


「ジェス。悪いが留美がちゃんと家に戻っていくか見て来てくれ。もし問題があるようなら、いつも通りに」



「……了解」


 ジェスさんが走り出すと、三人は歩き出す。


「ちなみに、最初から麻痺毒飲ませる気だったと思いますよ。中和剤渡されたのって、キラさんが戻ってくる前でしたし」


「そういや、俺の聞き間違えじゃなかったら、中和剤じゃなくて、解毒薬って言わなかったか? あいつ」


「そういえば、そう言ってましたね」


「俺に飲ませた解毒薬。残しといた方が良かったんじゃないか? 麻痺なら死なないし、休めるしー。もしもの時に使えるし。解毒薬なんて、そうは売ってねぇーしーってな」


「でももう使ってしまいましたし、仕方ないですね。それにただの言い間違いの可能性もあります」


 三人はやれやれと雑貨屋へ入っていく。



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