第53話 雷がピンチ!
私はよく響く声で、絶えず叫んでいる雷のいる場所へ向かう。
息が苦しい。頭が痛い。雷、雷、雷っ。
これだけ急いでいるのには理由がある。目と鼻の先に六匹のゴブリンが傍まで来ているからだ。流石に六匹の相手はできる気がしない。
手遅れになんかしてたまるか。間に合えよ。
*
その頃、留美を探しに行った雷は――――。
「留美—! どこや。大丈夫かー!」
ガサガサ。
「留美?」
「グギャ—!」
「ガギャ!」
「うわっ。ゴブリンやん!?」
雷は二匹来たゴブリンを迎え撃とうと剣を構える。しかしゴブリンは二匹ではない。木の上に、横に、前に、合わせて六匹になった。
四匹は剣を構え、二匹は弓を構えている。
完全にパーティーを組んでいた。協力するだけの知性がある立ち回り方だ。
雷はゾッとして血の気が引いた。
ゴブリンたちはすぐに襲いかかって来ず、いじめて遊ぶかのようにいやらしい笑みを浮かべている。
ジリッと足を引く。
「無理無理。ゴブリンのくせに何でパーティー組んでんねん。覚醒でもしいひん限り無理! マジで死にそうやねんけど……」
驚きすぎて一周回って冷静になっていた。
諦めの境地ともいう。
足が震えている。恐れている。ゴブリンを、剣を、弓を、死を。
ゴブリンがジリジリと近づいてくる。
その行動に、ため息をつくと同時に、剣を放り投げて全力疾走しだした。
投げられた剣を避けたゴブリンは、青年という獲物を追いかけ出す。
雷はママとパパを巻き込むまいと、来た道とは違う道へ走る。
結果それが留美との距離を空けてしまうのだが、留美がいると知っていても雷の判断は変わらなかっただろう。
必要な犠牲だった。それだけ。達観しているようで全力で生きようとしていた。
「ウグッ……いってー!」
矢が背中に命中したが、走る速度を落とすわけにはいかない。
落とせば待つのは死のみだ。
自分の背くらいある崖を思い切りジャンプして、体を引き上げる。
「うわっ!? くそっ! いだいっ!」
矢が足を貫いた。
崖を登ってくるゴブリンもいれば、迂回したゴブリンいたようで。青年は即座に方向転換する。
足を貫かれようが歩みを止めない。何故なら、死にたくないから。
涙が流れて来る。何故なら、悔しいから。
死にたくない死にたくない。その言葉だけが脳裏に浮かぶ。
もはや走れず、歩くのはとても辛い。痛い、思うように動かない。でも進まなきゃ。
スピードが落ちた雷に、ゴブリンたちがニタリと徐々に近づいて来る。
本当にいやらしい化け物たちだ。
「ギーギー!」
目の前に迫ったゴブリンは、雷目掛けて剣を振り下ろした。
まだ諦めてたまるかと、見開いた目を剣に固定して、なんとか避けようと身体を動かそうとする。
「雷!」
「グギャ!?」
ゴブリンたちが剣を振るって、雷の体に届く寸前で草陰から留美が現れた。状況のわかっていた留美は、そのスピードに任せて、雷を引きずり倒すようにして避ける。
「イダっ掠ったぁあー!」
ゴブリンはすぐ傍だ。
でもセーフ! い、意外と間に合うもんやな……。
雷は焦ったように叫んだ。
「留美! なんできたんや! お前だけでも逃げろ!」
そんな命令聞けない。
逆に雷だけでも助けるために来たんやからさ。ま、死ぬつもりは毛頭ないけど。
かなり無理するかもしれんけど、考えてる余裕はないかな。無理やったら一緒に死のう?
「口閉じとけよ」
私は雷の胸辺りに腕を通すと『シャドウステップ』を使って、全力で移動する。
背中と足に受けている矢に、気を使うことが出来ず弟が呻き声をあげた。
すまん、気遣う余裕ないわ。てか重っ。こいつ五十キロあるんやッけ!?
何かにぶつかったらごめん!
「アダッ!? 留美幅考えて!?」
「ごめーん!」
思ってる側から木にぶつけてしまったらしい。すまん。
しんどい。重い。明日絶対、筋肉痛やし。下手したら手足壊れてるかも……。
でも人間って命の危機になると、ほんまにリミット外れんねんな。三十キロ抱えられるかって思ってたのに、五十キロの人間持ててる!
普段やったら持ち上げる事すら出来ひんのに。今の留美、スキル使いながら走ってるやん。すごい。褒めて。すごーい!
雷は私の走るスピードのせいで、風になびく毛布のようになっていた。
スキルの移動中どんな感覚なんやろうとちょっと気になる。自分では風は受けないのに、雷はどう見ても風を受けている。
胸に掛かる圧迫感もかなりのものだろう。
一歩。一歩スキルを使用し続ける。
ゴブリンから離れ、遠回りして、雷の剣を回収する。それからママとパパが待機する場所まで戻って来た。
その瞬間、安心に包まれたせいで、全身の力が抜け倒れこむ。
「も無理」
「いってぇええー!!」
私が倒れこむと、矢が刺さった状態の雷も倒れる事になる。
背中から落ちてしまった事で、さらに矢が刺さる事となってしまった。刺さってるのが斜めで良かったよほんと。肋骨はやってそうやけどな。
思考が自分の方を向くと、いきなり血液が燃えるように熱く、体を巡り出した。酸素不足なのか、肺いっぱい吸おうとしてもうまく吸えない。
過呼吸一歩手前だった。
留美は「ゼェゼェ」と他のことにかまっている余裕はなく、足りない酸素を補給しようと一生懸命息をする。
体が、動かん……。しんどい。息が。心臓が、頭が痛い。痛い。痛い。
指先や末端から痺れてくる。
冷や汗が止まらない……。
ママが雷の元で膝をつく。矢を抜こうと掴んだ。
「うぐっ」
「あぁどうしよ!?」
呻き声をあげる雷に対し、母がどうしたらいいかわからずオロオロしていた。私だってわからない。それでも言葉をかけないと。留美が、リーダーやから。
私は体が動かない恐怖でパニックになりそうになるが、雷を見て冷静さを保つ。
「雷、を、ヒー、ルして。それ、はぁ……はぁ。……それから……早くこっ、ここから、……離れよ」
「ママいいよ。思いっきり抜いて」
弟が覚悟を決めた。
「行くで」
やることが決まれば、ママは雷に刺さってる矢を躊躇なく抜く。そしてヒールをかけた。
その間、留美は何度も立ち上がろうとするが、体が重くて立ち上がるどころではない。というか、力が入らず、座る事すらできない。
胴体の筋肉頑張ってよ。
動かせて指と頭くらいだった。心臓もバクバクと煩いほどに鳴っている。まだ息が苦しい。
仕方ないので、頼ることにした。
「パパー。留美おぶって」
「自分で歩き。それに留美をおぶったら、敵が来た時に対応が出来ひんやろ」
そんな留美がわがまま言ってるみたいに言わんでも……。
「雷を運ぶときに無理したから、力が全然入らん……」
「俺のせいで、ごめん」
涙を溜めて、血に濡れた服を握りしている。その様子を見ていると、傷口に塩を塗ってしまったような気がして、罪悪感を感じた。
留美は気にするなと、できるだけそっけなく答える。
「別にいいよ〜」
パパは留美に近づくと、抱き上げてくれる。
暖かい。パパに身を任せて目を瞑る。血の気が引いて、体温が戻って来ていない。
「俺、復活!」
元気やなー。
切り替えは大事やと思うけど、さっきの落ち込みはどうした。
「留美も『ヒール』」
葉や枝で出来た切り傷が治っていく。
「はいポーチ。留美しか手ぇ入れられへんみたいで、これ入れてくれる?」
「あぁ、忘れてた」
いつもは軽いはずの耳ですら、十キログラム相当の重りに感じる。
「行こか」
雷が先頭。次にパパ、最後にママの順に歩いて行く。
仲間増やすべきか……。無理。緊張で戦えへんし、仲間警戒して辺なミスしてしまう。あかん頑張れる。家族だけで行けるように頑張る。留美は頑張れるはずや。
さっきの反省は…………みんなで死ねばいいねんって思ったことやな。……どうしろいうねん。
帰りは一匹と交戦したが、無事に東門まで帰って来れた。門をくぐり抜け、それなりに人のいる道を歩く。
はぁ。よかった。
「先にギルド行こ」
「留美大丈夫か?」
「うん。と言いたい所やけど、しんどい……。一緒に行くけど出し入れは任せた」
「あのごついおかまと話すの緊張するわー」
「話すのは留美がやるよ。それと雷。クリスティーナさんやで。おかまとか言ったらミンチになるで」
「ハハッ。流石にそこまでは……はは。言わんが吉」
あの姿を見て冗談に思えなくなったらしい。
まぁ呼び方は、本人が嫌がるかどうかによるよね……。
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