第50話 謎のひよこを見失った
留美はママと広間でくつろぐ。
「二人は?」
「部屋ちゃう?」
「朝ご飯食べに行きたいから、起こしてくるー」
パパの部屋。
「パパ—、ご飯食べに行こー」
「んー。……うん。先おりといてー」
雷の部屋。
「雷ー。ご飯行こーって、起きてんのかい」
「さっき起きた」
「先に下いってるから。パパに一声かけてきて。今日はママゴブリン行ってもいいって」
「……マジで?」
バタン。
雷の質問に答えずに階段を降りていく。
やることもないので、留美はママの掃除を邪魔したり、手伝ったりする。
「ピヨピヨ」
「うん?」
微かに鳥の声が聞こえて、留美は入り口のドアを開ける。ゆっくりとあたりを見回すと、草のあたりに黄色いのがいた。
もこもこの毛を持ち。つぶらな黒い瞳。硬そうな足。ひよこだ。
ジー。
「確保!」
留美が鳴きながらジタバタと暴れるひよこを、潰さないように両手で掴んで家の中に入った。
とても嬉しそうに母の元へ。
「見てー! ひよこ!」
「迷い込んだんかなぁ?」
「えへへっ」
反応に満足したように、留美はそれを持ったまま二階に上がっていく。
ひたすらにテンションの上がっている留美は、ただひよこをみんなに見せたいだけなのだ。
「ピヨピヨッ!」
雷の部屋をバタンッと足で開ける。弟は防具をつけているところだった。
「見てー! ひよこ!」
留美はキラキラした目で、暴れているひよこをガッチリと掴んでいる。
そんな姿に雷がちょっとだけ引いた。
「留美飼う! 育てて食べる!」
「ピーピーピピヨピヨ!」
「野に返してきなさい」
ぽんと諭すような目で雷は姉に言い、その瞬間に暴れたひよこが手から飛んだ。
「わぁっ!?」
ドダッ。
落ちたひよこから結構痛そうな音がした。怪我はしなかったようで、部屋から一目散に立ち去っていく。
「あっ、待ってよ鶏肉!」
「名前にしては可哀想すぎる……」
ダダダダッ!
「居らんッ。下行ったんかなぁ?」
ドアから出た雷は、廊下を走っている姉を呆れながら眺めた。まるで鬼ごっこでもしているかのように、楽しそうに。ドドドドッと降りていく。
「ママー! ひよこに逃げられた! 降りてきてない!?」
朝から騒いでいる姉を放置して、パパの部屋をノックして階段に向かう。
ふと横に、黄色いもふもふを目の端で捉えた。
「…………」
ちょっと面倒そうにしてから、雷は屈む。
ぶるぶる震えているように見えるひよこに手を出した。
「おいで」
躊躇したひよこだが、人間の言葉がわかっているかのように雷の手のひらに乗った。
階段をトントンと降りて行った雷は、あっちこっち探し回っている留美を尻目に出入り口のドアを開ける。
「早く閉めてっ」
「へーい」
雷は外に出ると、隠すように持っていたひよこを地面に置いた。
「じゃーな。早いうちに離れや」
「ピヨピヨ」
雷は自らの準備のため、家の中に入っていく。
*
装備装着完了! 全員集合!
ギルドに向かいつつ、市街地にあるお店に入った。
中は朝食の時間だからか、ほとんどの席が埋まっている。
幸運なことに、今から出て行く人たちがいるようだ。店員さんが片付け始める。
ちゃっちゃっと物を持って行くのを見ていると、私たちは今しがた空いた席に促されて座った。
「何食べよっかな」
メニューの書いてある天井を眺める。
今日は普通だった。普通ってことは美味しかった? 美味しかったとは言いたくないけど、不味くなかった。
ヤバい頭バグってくる。舌もバグってくる。
朝食を終えた頃には、家にひよこを持って入ったことなど忘れていた。ひよこの未来は明るい。
ギルド。
十時頃だ。いつもより人が少ない気がする。騒いでる人がいないだけ?
何か合ったのかと、クリスティーナさんの元へ向かう。
「俺依頼持ってくるな」
「頼んだ」
雷とママがそれていく。
あの張り紙だらけのなんか怖い掲示板に行くのか。誰が貼ってんのかは知らんけど、もうちょっと整理してくれたらいいのに。
ゴブリン、オーク、カカパボ、ドドマキ、コボルド、ナーガ、スライム、ウルフ、ワーム、ホーク、ダークフォッグ、ゴースト、スケルトン、機械蜘蛛、変異ワーム。張り出されてるってことは、近くにいるってことよな……。
ようわからん名前もちらほらあるけど、ゴーストの名前を見た瞬間オワターって思ったね。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう。やっと四人で来たわね」
「やっとですね……。ところで、何かあったんですか?」
「別に何もないわよ?」
「何だかいつもより静かだから、何かあったのかと思っちゃいました」
私はほっと胸を撫で下ろす。その前で、クリスティーナさんが合点がいったようにギルド内を見渡していた。
「ふふ、この時間はいつもこんなものよ」
「そうなんですね」
「ほい」
帰ってきた雷から依頼の紙を受け取った。
「これ受けます。ゴブリン五匹退治? 多ない?」
「それが一番少なかった」
「……いつまでに終わらさないとダメ、とかありますか?」
「ないわ。少しずつ頑張ってね♪」
「はい」
*
ゴブリンの森の手前。東門。
「なんかもう、留美がリーダーになってるやん」
「じゃぁ誰か変わってくれる?」
三人とも私から目を反らした。
雷よ。やりたかったんじゃないのか? …………まぁ。間違った判断しそうになったら、誰か止めてくれると思ってる。
留美も出来るだけ最適解を出せるように考えるけど、命かける判断は一生したくないな。
森の奥へ進む。
「ゴブいそう?」
「近くにはいないけど。探してみるわ」
屈んで目を閉じる。
『音聞き』
音が反響したりしてるはずなんだけど、スキルだからか音の出どころがすぐにわかる。
スキルの広さと言うか、精度が格段に上がっているのを感じた。
レベルっていう概念は聞いたことないけど、確実に使えば使うほど、あるいは他の要因でスキルは進化するようだ。
全てただの思い込みで、慣れてきたから出来る余裕が生まれた。という可能性もある。
あの『これだから迷い人は』という愚痴も忘れてはいけない。何かは関係してるのだろう。その何かは全く心当たりがないけども……。
パチパチ火の音。
食事してるんやろか? 数は三。なしで。
カンッ! ドンッ 「グッくそっ!」戦闘しているようだ。
別の場所に行った方がよさそうやな。
立ち上がった留美に視線が向く。
「戦闘中の奴は見つけたけど、それ以外はいないみたい。鉢合わせんように向こうの方行ってみよ」
「おー」
気の抜けるような返事を聞いて、森の中を進み出す。
『鑑定』を連打していると頭がバグりそうになる。薬草と雑草どっちも画数多いねん。
『薬草』
「あ。これが薬草。見つけたら言って欲しい」
留美は手に持ったものを三人に見せる。
「いやその辺に生えてる雑草と違いが判らんから」
「あたしも分からんわ」
「分からんな」
「……そーかぁ」
残念。
ポーチに入れて歩き始める。
比較的、歩きやすい道を選んで歩く。後ろで一人が足を止めた。
「なあ、洞窟あんで」
雷が指差した方を見て頷く。
「あるな」
ちょうどゴブリンが立って歩けるくらいの、小さな縦穴に近づいて覗く。その瞬間に矢が放たれて、グサッとかなったら、嫌やなぁ。なんて、嫌な想像が頭に浮かぶ。
中は微かな光が灯っていた。植物が発光しているようだ。
「行かんの?」
「行きたい人〜」
そう問いかけると無言が返って来る。
私も嫌だ。
「暗いし、狭いし、もしゴブリンおっても戦えんってやつやな。あと留美暗いのも狭いのも無理なんで」
「俺も嫌や」
「行くで」
中から音がする洞窟を離れていく。あの中、絶対ゴブリンいる。
帰り道のことを考えて、斜面を降ったりはしない。ただただ危ないから、という理由もあるが。
————見つけた。
「いたで。ゴブリン一匹」
「やろう」
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